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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十三章 暴風接近、婚約への道
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閑話 夢メモ談義、魂の火入れ

 冬の冷気が街路を鋭く駆け抜け、吐く息は白く千切れながら空に溶けていく。マクシミリアン公爵領の領都〈バストリア〉の空を渡る風は、遠く雪を孕んだ山脈から吹き降ろすように肌を刺すほど冷たかった。


 公爵邸マナーハウスの一角、中庭を備えた離れに、領都(バストリア)で名を馳せる魔道具工房の工房主たちが姿を見せていた。集まった顔ぶれは、全員が屈強な体躯と濃い髭をたくわえたドワーフ族。ここ最近、ドワーフたちは声が掛からずとも週に一回はここを訪れている。


 離れの晩餐会場へ足を踏み入れると、そこはもはや酒場としか形容できぬ有様だった。壁際には酒樽がずらりと順番よく並び、中央の卓には山盛りの肉が鎮座している。脇に控えるスープや野菜は、まるで申し訳なさそうに小さくまとまっていた。


 席に着いたドワーフたちは、あちこちでガヤガヤと盛り上がり、酒器から手を離すのは継ぎ足す瞬間くらいのもの。


 配置も統一感はなく、いくつかの小さなテーブルに分かれて好き勝手に座っている。一人のドワーフが紙束を片手に、場の喧騒を切り裂くように声を張った。


「お前ら! なんで毎回アル坊から手紙が届くと、声を掛ける前から集まってるんだ!」


「決まってるだろ! 手紙が届いたら来るに決まってる!」

「そうだそうだ! 届けば分かるだろ!」


 紙束を握るのは、王国随一の魔道具師〈赤鉄のグラナート〉である。その周囲で騒いでいるのは、魔道具都市(バストリア)で名を馳せる工房主たち。酒を手に笑い声をあげつつも、彼らの目はグラナートの手元にある紙束に釘付けだった。


「早く()()()を配りやがれ!」

「そうだ! そうだ!」


 酒を飲みながらも、酒器を手放すときのような騒ぎっぷりで叫ぶ彼らの声が、会場に反響する。


 この晩餐会場には給仕の姿はない――。

 酒樽や肉の山を運ぶときだけ、ぽつりと誰かが顔を見せるのみだ。


 ここは、異界の地――〈魔道具工房主集会〉。


 魔道具師たちの熱気と酒の匂い、金属と油の香りが混ざり合い、昼間の静謐とはまるで別世界を形作っていた。グラナートは諦めたように肩を落とし、送られてきた夢メモをテーブルに並べ始める。


 並べられるテーブルは、()()()()()――。

 工房主たちの間で厳格なルールとして定められていた。


 酒も食べ物も、座ることも一切禁止である。


『この食いつき……仕掛けた側だが、正直怖いぞ』


 グラナートは心中で呟きながら、名前ごとに整理された夢メモを丁寧に置いていく。ドワーフたちはまず、自分たちのグループ内でお気に入りの参加者が書いた夢メモに手を伸ばす。酒を傾けつつも、顔を突き合わせ、内容に目を走らせる。


「おぉ、そうきたか!」

「この発想はなかったわい! 天才かっ!」


 歓声と驚嘆の声が小さな連鎖のように会場に広がり、夢メモをめぐる熱気はさらに高まっていった。グループごとの声が、互いに押し合うように響き渡る。


「おお、こいつは面白いな!」

「こんな仕掛けができるとは」

「なるほど、こういう応用もありか」


 ドワーフたちは、酒を口にしながらも視線は夢メモから離さない。手に取った紙の端に指をかけ、細かい文字や図を真剣な表情で追う。テーブルの上には、色とりどりの夢メモが並び、まるで小さな知の森のように広がっていた。


 あるドワーフが思わず膝を叩く。


「こいつは……天才の発想だ! どうやってここまで考えたんだ?」


 その声に周囲が反応し、笑いと驚きが混じったざわめきが生まれる。


 グラナートは、そんな姿を少し離れた位置から眺めながらも、内心で冷や汗をかいていた。


 『仕掛けたはいいが……まさかここまで食いつくとはな』


 それでも、夢メモが引き起こす感情はただの興奮だけではない。熱心に読み込み、意見を交わすうちに、ドワーフたちの中で新たな工夫や改良のアイデアが芽生え始める。


「ここをこうすると、効率が上がるな!」

「いや、こっちの方法ならもっと安全に扱えるぞ!」


 笑い声と喝采の合間に、真剣な討論が自然と交差していく。まさにこの場は、魔道具工房主たちにとっての学び舎であり、戦場でもあった。


 やがて、グラナートの目は一枚一枚の夢メモを追う。誰が書いたものかを確認し、次にどの順番で回すかを考える。熱気に包まれた晩餐会場の中で、紙束の上に並ぶ文字や図は、冬の冷気を忘れさせるほどの熱を帯びていた。


 時間も良くなり、ドワーフたちはゲラゲラ笑いながら三々五々帰路につく。


「よっしゃ!これからは蒸気の時代だ!」

「バカヤロぅ、これからは渦に決まってんだろ!」


 言葉は相変わらずだが、お互い満面の笑み。


 グラナートは、勤めて冷静を守っては居るが、工房主たちと同じように、物作りしたい気持ちは既に振り切れていた。


「はぁ……アル坊はほんとアレだわ。職人を焚き付ける天才だ。しかも――燃料を投げ込むのが次から次へと現れ投げ込んでいきやがる。まったく、たまらんわ」


 グラナートは片付けに現れた侍女たちに礼を伝え、離れの工房に向かった。


「しかしよ……時が経つとジリジリ冷めてく熱ってのは、ほんと厄介なもんだ……焚き付けられて、ようやく骨身に沁みたわ……けどまぁ、そのぶん暴れ方が――ちと、やべぇ塩梅になっちまったか」


 魔道具都市バストリアは現在かなり混沌としている。

 ゼルガード公爵たちは社交があり王都リヴェルナに出払っている。にも関わらず、街中は最高責任者不在のまま祭りに向かい着々と準備が進んでいた。


名前 : 役割/関係性 : 説明/特徴 (Gemini作+補筆)

グラナート・ストーンハルト : 魔道具師 : 王国随一の魔道具師、〈赤鉄〉の異名を持つ、夢メモを配る

アルフォンス : 発案者 : 「アル坊」と呼ばれる、夢メモの送り主、職人を焚き付ける天才


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