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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十三章 暴風接近、婚約への道
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第一節 夢の欠片、暴風来襲

 十月に入り、秋も深まり王都(リヴェルナ)に冬の気配が近づいていた。


 王立学園の第三カフェテリアには、特設講座の開始を前に、参加者たちが集まり、いつものように雑談の花を咲かせていた。


 アルフォンスとリュミエールがカフェテリアに入ると、すでに全員が席についていた。穏やかなカフェテリアの空気の中で、アルフォンスは集まりの良さに苦笑を浮かべ、口を開く。


「ごきげんよう。それでは本日の特設講座を始めましょう。最初にお伝えすることがあります。公爵様から伝令が届き、バストリアの様子を伺いました」


「え、もう聞いたの?」


 あまりの展開の速さに、参加者たちは啞然とする。


「実は、――前期の成果メモを手元にあった分だけ、バストリアで会ったグラに渡していたのです」


「そんな! あれ渡したの!?」

「マジか……」


 予想外の事実に、赤くなる者、青くなる者と、一同は慄いた。


「で、そのグラからは宴会が盛り上がり、やる気に満ちていたとのことです」


「……あれで? というか宴会で?」

「どういうこと?」


 ドワーフたちの感覚をどう解釈していいか、参加者たちは困惑する。


「皆さんのやる気をドワーフたちは感じ取ったのかも知れません。理解することは難しいですが……。どうであれ、――ドワーフたちがやる気になってくれたのは朗報です。皆さん、頑張りましょう」


「ちなみに宴会と言いましたが、彼らの感覚では恐らく魔道具工房主の集会です」


「え? 集会って話し合うんじゃないの?」


 あちこちで小声のやり取りが飛び交う中、シグヴァルドが現在のバストリアで起きている状況を説明する。


「今、バストリアでは多くの新しい魔道具が作られている。アルとグラナートの二人してブリーフィングで作った魔道具案のメモを放置して、他のことをして遊んでたが……執事や侍女が整理して、工房に回して作ってもらってる。夏季休暇中は、かなり働かされた」


 アルフォンスは苦笑し、その話にクスクスと笑い声もあちこちから聞こえた。


「さて、連絡が思ったより時間を取りましたが、〈夢メモ〉作りのブリーフィングに入りましょう。そちらは――とりあえず、リュミィ、シグ、マリナで進めてください」


 三人は軽く頷いて了承の合図を返す。


「錬金術希望の人は、こちらの隅に集まってください」


「はいっ!」「お願いします!」


 錬金術希望者は、セリア・ノアール男爵令嬢とディルク・ハウザー子爵子息の二人だった。カフェテリアの隅には、観葉植物でゆるく区切られた一角があり、二人は飲み物を手にそちらへ移動する。


 座学に入る前に、まずは錬金術の実演から始めることにした。アルフォンスはカウンターから用意しておいた果物を運び出し、乾燥用の錬成陣に並べていく。


 静かに魔力を流していくと錬成陣に淡い光が走り、果物はみるみるうちに水分を失っていった。乾燥果物を取り分け、カフェテリアの従業員を呼び皆に配膳するように頼む。


 続いて、箱から鉱石を取り出し、分離用の錬成陣に置き、再び魔力を流すと光が走り、石の中から鉄が分離されて姿を現す。


 二人は真剣な表情で、その様子を食い入るように見つめていた。


「さて、錬金術の実演に対する質問はあるかな?」


 セリア男爵令嬢が手を挙げる。


「それぞれ別の()()()を使ったのは、何故でしょうか?」


 ディルク子爵子息も横でうなずいている。


「この陣図は()()()といって、乾燥、鉱石抽出に特化させた錬成陣で、僕のオリジナルです」


 セリア男爵令嬢は目を丸くし、瞬きした後に食い気味で質問をしてくる。


「錬成陣ってなんですか?……特化とか、オリジナルとかって」


 興奮気味の彼女を、ディルク子爵子息がそっと落ち着かせた。アルフォンスは表情には出さずに、微笑ましい二人だなと感じた。


「錬成陣とは、錬金術の骨格となる魔法陣です。この本に、そのことに触れている箇所がありますから――少し見てみましょう」


 アルフォンスは、〈錬金術基礎概論〉を取り出し、ゆっくりとページを捲りながら説明する。


「この本は、セレスタンさんが執筆されたものです。僕が初めて手に入れた、とても思い入れのある一冊――僕の原点と言ってもいい本です」


 セリア男爵令嬢がそっと手を挙げる。


「あの、……セレスタンさんという方は、執筆家の方ですか?」


 アルフォンスは目を泳がせ『あ、またやってしまったな』という表情になり、軽く息をついた。


「あ〜、うん。セレスタンさんは〈賢者〉セレスタン・ヴァリオールです」


「えっ!? 賢者さま……ですか?」

「まぢかっ……」


 二人から驚きの声が漏れる。


「とても博識で、とても頼りになる素晴らしい人です。本当は、聞きたいことがあるのでお会いしたいところですが――」


「聞きたいことって?」

「会えるの?」


 ひそひそと、小声が交わる。


「このシリーズ、僕は〈概論シリーズ〉と呼んでいます。錬金術、魔法陣、魔道具、付与術――そういったバリエーション豊かな内容がそろっていて、おすすめの本です。ただ、入手はとても難しいです」


「え!? 魔法陣の本もあるんですか! めちゃ欲しいです!」


 ディルク子爵子息がすかさずセリア男爵令嬢の耳元でささやく。


「かぶりものの令嬢、取れてますよ」

「かぶってませんわ」


 アルフォンスは二人のやり取りを横目で見ながら、『この二人セットで見てると面白いな』と考えながら口元に小さな笑みを浮かべた。


「この陣図を見てください。基本形と呼ばれている錬成陣です」


 それは複雑な構造を持ちながらも、先ほど実演で見せた錬成陣よりは、いくぶんシンプルに見えた。


「とても綺麗な魔法陣ですわ。アルフォンス様は()()と言われるのですね。何か特別な意味がありまして?」


 ディルク子爵子息の肩が小刻みに揺れているのは、ひとまず置いておく。


「魔法陣の図案的な感じですね。これ、完全にグラの口癖が感染してます。でも、なんかしっくりくるんで――まぁいいでしょう」


 アルフォンスは錬金術基礎概論の開いたページを指し示す。


「ここに書いてありますが、『この基本形で錬成できたら初心者。その先は自らの手で錬成陣を作る必要がある』ということです」


「基本形で初心者……ハードルがとても高いように思います」


 アルフォンスは穏やかに言葉を繋げた。


「とりあえず、この基本形の錬成陣は六枚用意してありますので、三枚ずつお渡ししましょう。これを参考に模写してみてください。錬成陣を起動できても、錬成陣が描けないと――寂しいですからね」


 アルフォンスは、本のリストを取り出し、二人に渡して説明する。


「錬金術に関する本はこれで一通りか? と聞かれると、自信はないのですが王宮図書館の蔵書もリストに含めましたので、概ね網羅できていると思います」


「王宮図書館……」


「実際に使用できる基本形の錬成陣はこちらで用意します。先ずは、それを起動するために、二人は何をすればよいか考えておいてください――正解はありませんので気楽に考えて下さい」


 アルフォンスは席を立ちカフェテリアの隅から出て、参加者たちに声をかける。


「本日の特設講座はこれで終了です。整った〈夢メモ〉は、署名のうえ箱に入れて下さい」


 ディルク子爵子息とセリア男爵令嬢に目を向ける。


「二人も時間が取れたら、〈夢メモ〉を考えてみてください。錬金術と組み合わせる視点なら、より楽しめるはずです」


 再び参加者全体を見渡す。


「ドワーフのお腹を捻るような斬新なアイデアも募集しています。お疲れさまでした」


 公爵邸タウンハウスへ向かう馬車の中、四人は特設講座の話で盛り上がっていた。


 シグヴァルドが口を開く。


「魔道具案の出だしは悪くないな。自分で書くことに意味を感じている参加者も、何人かいた」


 マリナも頷きながら続ける。


「私とシグは参加者側に回るつもりよ。男子はユリシーズとテオ、女子はわたしとレーネが司会的な立場で進行してみることにするわ」


 リュミエールに視線を向けると、彼女は少し考えてから言った。


「んー、ちょっと現実寄りの傾向が見えたかしら。もう少しだけ、夢を見られる方向にシフトできたらいいと思うわ」


 アルフォンスは笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ、リュミィ。現実寄りになろうとしても、あの参加者たちなら絶対寄り道が始まるから」


 リュミエールはあごに手をあて「確かにそうね」と呟き、二人でくすくすと笑う。向かいの席では、シグヴァルドとマリナが我関せずと、二人だけの会話に夢中になっていた。


 アルフォンスがふと、リュミエールにつぶやく。


「グラたち、楽しんでくれるといいな」

「大丈夫。きっと『お腹が苦しいから勘弁してくれ』って言うわ」


 再び、くすくすと笑い合う声が馬車の中に柔らかく溶けていく――。


 窓の外を流れる秋の街並みも、どこかいつもより優しく見えた。やがて、馬車はゆっくりと公爵邸タウンハウスに到着し、静かに馬車止めに停まる。


 馬車を降りてみると、玄関前には人の気配が多く、いつもとは様子が違っていた。


「あれ……なんだか、ざわついてない?」


 アルフォンスが馬車止めの周囲の雰囲気に気がつきリュミエールに声を掛ける。


「そういえば――今日は、公爵様が王都に戻られる予定だったはずでわ」

「あっ! そうだった」


 馬車を降りた二人は、さっそく近くの従僕に声をかけると、すぐに、礼儀正しく返答がある。


「先ほど、先触れが到着いたしました。旦那様ご一行、王都に入っておられます」


「……先触れ?」


 アルフォンスの表情に疑問が浮かぶ。予定では、公爵様お一人が領都バストリアから戻るはず。――このタイミングで先触れが立つのはおかしい。


「まさか……馬車? 一人なのに?」


 その呟きと同時に、向こうから見覚えのある、大きな馬車が近づいてくる。


 馬車が止まり、従者により扉が開らかれた瞬間――。


「アル兄! あいにきたーっ!」

「アル兄様っ! お久しぶりですっ!」


 勢いよく飛び出してきた小さな影が二つ。


 ミレーユとレグルス――双子が、容赦なくアルフォンスの腹に突撃してきた。


「ぐはっ!? げほっ……って、なに? ぐ、ぅ、ミレーユ!? レグルス!? なんで君たちが」


 顔をしかめながらも視線を上げると、馬車から降りた顔ぶれは――


 満面の笑みを浮かべるゼルガード公爵。

 にこにことした母ティアーヌ。

 苦笑いを隠しきれない父ジルベール。


「な、なんで……なんで全員いるの!?」


 この冬、にぎやかになる未来だけは、――もう決定事項のようだった。


特設講座参加者リスト

講師 アルフォンス

補助 リュミエール・マリーニュ男爵令嬢

三年生

 シグヴァルド・マキシミリアン公爵子息(三男)

 クラウス・アルデン侯爵子息(次男)

 ユリシーズ・フェルマント伯爵子息(長男)

 マリナ・レストール伯爵令嬢(長女)

 セリア・ノアール男爵令嬢(三女)

二年生

 テオ・ランザック伯爵子息(三男)

 ディルク・ハウザー子爵子息(長男)

 レーネ・ブリスティア男爵令嬢(長女)

一年生

 ヴェルナー・アスグレイヴ侯爵子息(次男)

 リサリア・ノルド子爵令嬢(長女)

 セオドア・リンドロウ子爵子息(長男)

 ノーラ・ティルベリ男爵令嬢(長女)


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