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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十二章 繋がる想い、広がる未来
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閑話 秋の午睡、新しいガラス

閑話「カラフェシリーズ」エピソード2

 秋の日差しと柔らかな風が街を包み、マクシミリアン公爵領都(バストリア)は、暑さの抜けた心地よさの中にあった。往来には人々が行き交い、夏とは違う穏やかな活気が漂っている。


 公爵邸(マナーハウス)の執務室もまた、魔導冷風機の設定が調えられ、涼しさを保ちながら快適な空間を作り出していた。その部屋の中央で、当主ゼルガード公爵は難しい面持ちを浮かべ、掌にのせた透明なガラスの塊をじっと見つめていた。


「……これを、アルフォンスが?」


 静かに問いかける声が、控えていた侍女へと向けられる。


「はい。グラナート様とリュミエール様と共に、御三方でお作りになっておりました」


 侍女は落ち着いた声音で答える。


「ふむ……分かった。下がってよい」


 一礼して退室しかけた侍女に、公爵は「――マティルダを呼んでくれ」と声を掛けた。


 ゼルガード公爵は顎に手をあて、思案に沈む。


『ガラスは透明なものだ。しかし……これは透明すぎるだろう――』


 扉が軽くノックされる。「わたしよ」という声と同時に、扉が静かに開き、マティルダ公爵夫人が部屋へと入ってきた。ゼルガード公爵はガラスの塊を手渡しながら、侍女にお茶の支度を指示する。


 マティルダ公爵夫人は塊をまじまじと見つめ、口を開いた。


「これは、ガラス……? 緑色ではないのに、透明感は本物のガラスそのものに見えるわ」


「ガラスの塊だな。アルフォンスたちが作ったらしい。だが、詳細はまだ聞いていない」


 ゼルガード公爵は穏やかに答える。


「色がないと、こんなに透き通るのね。塊が歪だから少し歪んで見えるけど、反対側までよく見えるわ。どうするの?」


「アルフォンスだけが作れるなら、放置だな。もしガラス職人たちも作れるなら――欲しがる者は貴族に限らず確実に現れる」


 新しいものを生み出し、手をかけず人に丸投げしてくるアルフォンスのやり方に、ゼルガード公爵は頭を掻くしかなかった。


 晩餐の席で、ゼルガード公爵がアルフォンスに声を掛ける。


「アルフォンス、昼に渡されたガラスの塊だが、どうするつもりだ?」


 アルフォンスは公爵に向き直り、軽くリュミエールをチラリと見て応える。


「あれを使ってカラフェを作ってみようと思っています。完成したら、リュミィに贈ると約束してますので」


 ゼルガード公爵は予想外の答えに目を泳がせ、コホンと咳払いして話を続ける。


「ほう、プレゼントか……それはよいな。で、あれは量産するつもりか?」


 アルフォンスは頬を染めたリュミエールに脇を突かれ小声で言い訳していたが、質問があったので慌てて応える。


「量産ですか? その予定はありません。ただ、少し面白そうなので、色が付く仕組みなどを調べてみようかと思ってます。グラは興味なさそうなので、情報だけもらって、リュミィと一緒に小物とか作りながらなら、楽しそうなので――」


「あ、そうだ。お願いがあります。ガラス工房で、実際に作っているところを見学できませんか?」


 ゼルガード公爵は微笑みながら頷く。


「見学か……あのガラス塊を工房主に見せて、意見を聞きたいと思っていたところだ。頼んでおこう」


 アルフォンスは「ありがとうございます」とゼルガード公爵にお礼を伝え、リュミエールに顔を向ける。


「リュミィ、ガラス工房の見学は一緒に行こうね。素敵なガラス製品あるかもしれないから楽しみです」


 リュミエールはアルフォンスを見つめ、「楽しみですわ」と柔らかい笑みを浮かべて応える。


 アルフォンスは、量産はしないと言いながらも問題ない範囲でガラスを集め分析と分離を繰り返していた。分離した不純物である酸化鉄、酸化銅、酸化銀は分析で理解できるようになった。


 それ以外にもいくつか不明な物が出たのでグラに確認し、酸化マンガン、酸化ニッケルといった、やはり酸化している鉱物をいくつか分析できるようになった。アルフォンスは、グラにこれら酸化した鉱物って集められるか聞き、集められそうなら集めておいてと頼んでおく。


 ゼルガード公爵は領都(バストリア)に工房を構えている工房主に声を掛け公爵邸(マナーハウス)に集まってもらった。製法は伏せたままガラス塊を工房主に見せて意見を募る。工房主たちは一様に驚いたが()()()()()()()()と考える彼らはそれほど食いつきはしなかった。ただ、各工房で透明なガラス塊から何らかの製品を作り公爵家に提出する件については了承した。


 同時に、工房主に頼んでいた原料サンプルと製品サンプルは全工房主が持参していた。借り受けて工房に運び、アルフォンスがすべての原料を分析し資料化した。


 領都(バストリア)に滞在する期間は短いためリュミエールと一緒に資料整理を進め、並行してグラナートからガラスを工作する鍛冶魔法の〈変形〉に関する手ほどきを受け、アルフォンスは錬金術の錬成陣に落とし込む作業を進めた。


 ガラス工房の見学は、滞在最終日の午前中に設定された。工房を訪れるとグラナートが入口で待っていた。


「ここの工房主はベルハルトって言ってな、顔見知りなんだ。ちょっと様子を見に来たってわけだ。この工房のガラスは魔道具にもよく使われてるし、細工の繊細さじゃ領都でも一番だぜ」


 アルフォンスとリュミエール、グラナートは工房の製造区画に向かい、シグヴァルドとマリナは製品が陳列されている場所に向かった。


 ガラスの製造区画はとにかく暑い。高温で溶かすため、魔導炉自体が一般的な鍛冶工房よりも高温に設定されているためである。あまりの高温に、リュミエールはマリナの方に合流するため製造区画を退散した。


 アルフォンスは魔導炉に原料を入れ、原料が溶けていく工程を興味深く観察していた。


 アルフォンスを見ていた工房主のベルハルトは「暑くないのか?」と、少し離れた位置から質問してきた。


「えっ? あぁ、()()()の魔力で熱を無意識のうちに遮断してたみたいです。……あれ? リュミィはどこかに行きましたか?」


「さっきな、暑さに音を上げて『マリナのとこ行く』って言い残して退散してったぞ」


「しまったなぁ、無意識に熱を遮断してたから気が付かなかった。後で謝っておかないと」


「どうだ? ガラスの原料ってのは、とにかく熱に強ぇんだ。だから魔導炉の温度設定も相当高くてな、作業環境はけっこう過酷だぜ。ここのあとに鍛冶工房へ行くと、むしろ涼しく感じるくらいだ。――で、どうだ? 何か思いついたか?」


 グラナートはガラス工房が過酷であることを説明しながらアルフォンスに感想を聞く。


 アルフォンスは、しばし思考の流れに任せていた。


「……そうですね、工程としては難しいところはありませんでした。魔導炉内の魔力も特に変わったところもありませんし、原料が溶けていくところも問題ありません。錬成陣の図案も浮かびましたから、錬金術の方は〈変形〉含めて王都で進めます」


 工房主のベルハルトに向かい、アルフォンスが交渉を始めた。


「すみませんが、試料として原料を少々と、冷えたガラス塊をいただけないでしょうか? 費用に関しては公爵家に伝えてもらえればお支払いできます。あと、ちょっとだけ実験に付き合っていただけると助かります」


 ベルハルトは快く答えた。


「原料もガラス塊も問題ありません。どちらもたいした量でもないですから、費用はお気になさらずに。……ところで、実験といいますとどんなものでしょうか?」


「僕が原料を少し選定しますので、そちらの原料を使ってガラスを作っていただきたいと思ってます」


 アルフォンスは一回分の原料を用意してもらい、分離に特化した錬成陣を即席で描写し、酸化している鉱物を分離していく。不思議な作業にベルハルトは目を丸くしていたが、グラナートから「当分は内緒にしとけ」と注意を受ける。


 準備の終わった原料は、見た目は少し綺麗になった程度に見えるだけで、大きな変化はしていなかった。ベルハルトは首を捻りながら従業員に指示を出し、ガラスの製造に原料を回した。


「ねぇ、グラ。分離したものなんだけど、酸化しきってない鉄とかあったけど、そんなものなの?」


 アルフォンスの問いかけに、グラナートは答える。


「あー、そうじゃな。放っときゃ酸化するやつもおるが、高温で溶かしてる最中に紛れ込むのもおるんじゃ。鍛冶じゃと、その酸化した連中を後から叩き出す工程が加わっとるんじゃよ」


「それって、ガラス製造の工程に入れられそう?」


「んー、こりゃ難しいのう。別の不純物が紛れ込むかもしれんしな。ま、じゃが……ちぃと面白そうじゃし、考えてみるとするかの」


「話変わるんだけど、さっき無意識にやってた遮熱って魔道具でないよね? 以前の検討でも出てきた記憶ないし」


「ねぇな。『暑くて当然』ってことか? ……たぶん、そんな理由だと思うぞ。だがなアル坊、さっきのは魔法じゃねぇ。陣図に起こそうとしたら相当手間がかかる。おまえ、魔力そのもので遮熱してただろ? 器用すぎだわ」


 アルフォンスは頭を掻きながら「そっか、面倒なのか」と、呟きながらも口角は少し上がっていた。グラナートと談笑していたら、工房主のベルハルトが駆け寄ってきた。


「あれは何ですか! 見た目ほとんど同じ原料だったのに、できたものがまったく違います」


 アルフォンスとグラナートはベルハルトについていき、冷却中のガラスを見に行く。


「ほぉ、こりゃ綺麗に透明だな。やっぱりアル坊が言ってた通り、原因は酸化した連中だったってことか」


「みたいですね。これなら仕組みは作れるのでは?」


「作れるな。乾燥魔道具のときに、簡易の分析用魔法陣回路を作ったろ? あれがなかなか便利でな。あの回路ができてから、いろんな魔道具が改良されたし、新しいのも次々と生まれとる」


 アルフォンスは思い出したようににやりと口角を上げ、グラナートに応える。


「そりゃ、頑張った甲斐あるよね。――干し肉を祭壇に飾る?」


 ガラスが着色してしまう原因は、工房の協力で判明した。


 アルフォンスの興味が既に〈熱遮断魔道具〉に向いてしまったため、着色の研究や原料からの不純物除去は領都(バストリア)の魔道具工房、ガラス工房に任されることになった。


 ゼルガード公爵は、『ほんとあの二人はやりっ放しだな』と内心で思った。


名前 : 役割/関係性 : 説明/特徴 (Gemini作+補筆)

■ゼルガード・マクシミリアン : 公爵 : 執務室でアルフォンスらが作った透明なガラス塊を見つめ、量産化の可能性について思案した。アルフォンスの交渉に協力し、工房主たちを公爵邸に集めた。

■マティルダ・マクシミリアン : 公爵夫人 : ゼルガード公爵に呼ばれて執務室に来た。透明なガラス塊を見てその透明度に驚いた。

■アルフォンス : 主人公 : グラナートとリュミエールと共に透明なガラス塊を作った。リュミエールへのカラフェ製作を約束し、ガラスの色付きの原因解明と不純物分離の実験を行った。

■リュミエール・マリーニュ : 男爵令嬢 : アルフォンスと共にガラス塊を作った。アルフォンスからカラフェを贈られる約束をした。ガラス工房の製造区画の高温に耐えられず退散した。

■グラナート・ストーンハルト : 魔道具師 : アルフォンスらとガラス塊を作った。アルフォンスに鍛冶魔法の〈変形〉の手ほどきをした。アルフォンスの実験を見守り、助言を与えた。

■ベルハルト : ガラス工房の工房主/領都で一番の腕利き : アルフォンスとグラナートが訪れたガラス工房の主。アルフォンスの実験に協力し、原料の分離によって透明なガラスができることに驚いた。

■シグヴァルド・マクシミリアン : 公爵家三男/マリナの婚約者 : ガラス工房でマリナと共に製品陳列の場所へ行った。

■マリナ・レストール :伯爵長女/シグヴァルドの婚約者 : ガラス工房でシグヴァルドと共に製品陳列の場所へ行った。


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