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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十二章 繋がる想い、広がる未来
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閑話 前公爵の葬儀、現公爵との邂逅

閑話「戦姫シリーズ」エピソード2

 フェルノート王国北東部にあるヴァルデン辺境伯領都(グリムバルト)にある辺境伯邸(マナーハウス)は、王都(リヴェルナ)から届いた一通の書簡が原因で騒然としていた。


「わたくしは、絶対に葬儀に参列いたしますわ」


 銀白色の髪と澄んだ灰青(ぎんあお)色の瞳を持つ少女が、鋭い眼光で大人を睨みつけている。その体からは、目に見えるほど濃厚な魔力がゆらりと立ち上っていた。


 娘の興奮に気づき、イザベラ辺境伯夫人は努めて冷静に諭す。


「マティ、落ち着きなさい。参列するなと言っているわけではありません。ただ、葬儀そのものに時間的に間に合わないと言っているのです」


 しかし、マティルダは動じることなく、その言葉の矛盾を指摘した。


「お母様、何を言っているのですか。領都から王都まで、馬を飛ばせば()()もあれば十分です。間に合いますわ」


「その日数で馬を休ませず走らせれば、馬を潰してしまいます。マティ、あなたは馬を犠牲にしてまで、王都へ向かうことを良しとするのですか」


「その心配はありませんわ。()()()()連れていけば、問題なく予定通りに到着します」


「はぁ……最初から冷静でしたのね。結局、犠牲なく王都へ向かえるなら許す――そう誘導されてしまったようですわ」


「ローランド様の葬儀、わたくしは参列しなければならないのです。たぶん、泣いてしまうと思いますが、それでも行かなければなりません。『必ず会いに来ます』と言った言葉を、成し遂げなければならないのです」


 マティルダは戦場へ向かうかのような真剣な眼差しで、イザベラ辺境伯婦人を見つめ返した。イザベラ辺境伯婦人は娘の瞳の奥に宿る強い意志を読み取り、静かに頷いた。


「分かりました。エドは遠征中、帰りを待っていては間に合いませんものね。わたくしも同行いたします――少々領地の馬は減りましょうけれど、なんとかしましょう」


 マティルダはイザベラ辺境伯婦人に抱きつき、その胸に顔を埋めると「ありがとうございます」と涙を流し始めた。


「マティ……ごめんなさいね。あなたに負担をかけてしまったようで――母として、わたくしは失格でしたわ」


 マティルダは「行かないといけないのです」と、繰り返すように小さく呟きながら、首を左右に振る。


 イザベラ辺境伯婦人はすぐに執事や侍女に、王都リヴェルナへ向かう準備を大至急整えるよう指示を出した。騎士団には五名の護衛を命じた。侍女が「二名は同行させてほしい」と食い下がり、イザベラ辺境伯婦人は騎乗戦闘ができる者であれば、と二名の侍女の同行を許可した。


 最後に執事長を呼び、イザベラ辺境伯婦人は迷いのない声で告げる。


「話は聞いていましたね。わたくしたちは王都へ向かいます。エドの愛馬は()()ですから、後から追ってきても間に合うはずです。――ルートは最短で参ります。そのように伝える伝令を、ただちに出しなさい」


 街道を進む騎馬の一団は、異様な光景を呈していた。多くの馬が人を乗せず、ただ集団で駆けている。移動を最優先するため荷物を最小限にした結果、食料や野営道具は不足気味だったが、遠征の多い辺境伯家にとって、それはさほど苦にならない程度の不便でしかなかった。


 王都リヴェルナまであと一日というところで、エドリック辺境伯が追いついてきた。先代から譲り受けた愛馬である魔馬は、通常の軍馬の倍近い速度で走り続けることができる。走り込むほどに調子を上げ、気をつけなければ街道に混乱を招きかねないほどの力を秘めている。


 エドリック辺境伯はカラリとした表情で、イザベラ辺境伯夫人とマティルダに話しかける。


「ベラ、いきなり王都に向かうと伝令がきたときは驚いたぞ。それに、全員が騎乗移動するために馬を三頭も連れていくとは、大盤振る舞いだな」


「ふふ……マティが真剣な顔で、葬儀に参列すると駄々を捏ねましたのよ。それに、そもそもの話として、マクシミリアン前公には大変お世話になったのです。参列せぬなど、ヴァルデン家としての()()が立ちませんわ」


「わかっている。その場にいたら、私も同じ決断をしただろうさ。違うのは、マティを私の前に座らせて移動していた、というくらいのものだ。ローランド殿は我が家にとって恩人でもある。マティをあれほど慈しんでくれた恩を、参列することでしか返せないのが残念でならない」


 しょんぼりと俯き、「お父様、勝手をしてすみませんでした」と呟くマティルダに、エドリックは優しく語りかける。


「マティ、言っただろう? 我が家はマクシミリアン前公に恩義がある。お前の決断のおかげで、三名で参列でき、辺境伯家としての矜持が保たれる。お前は自分が()()()()()()()()()、それが未来の扉を開いてくれるのだ」


「そしてな、葬儀に参列し棺を見れば、お前は泣くだろう。絶対に泣く。それがマティだから仕方がない。無作法など気にするな。いや、むしろその辺りに捨てておけ。お前にとって大事なことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もう会えない。だからこそ、悔いなく見送れ」


 マティルダは真剣な表情で父親の言葉を受け止め、力強く頷いた。


 マクシミリアン前公の葬儀は王宮で執り行われることになっていた。多くの貴族が参列のため王都(リヴェルナ)に集う中、粛々と準備は進められた。しかしその中に、ヴァルデン辺境伯家の姿はなかった。


 やがて葬儀の礼拝堂に人々が集まり、開始の刻を迎える。荘厳な鐘の音が鳴り響く中、礼拝堂の扉が突然開き、エドリック辺境伯と彼の家族が足を踏み入れた――。


「陛下、遅参して申し訳ありません。ヴァルデン辺境伯家の参列をお認め頂きたい」


 驚きを隠せないヴァルディス国王だったが、すぐに表情を和らげ、エドリック辺境伯に応じた。


「エドリック、よく来てくれた。時間的に無理だと思っていたのだが――葬儀への参列、許可する」


 その瞬間、エドリックの背後から一人の子どもが駆け出した。


 マティルダは駆ける。泣きながら、両手を前方の棺に回し、抱きつく。声にならない嗚咽が漏れ、感極まった気持ちが身体を震わせる。


 その瞬間、彼女の内側で何かが弾け、膨大な魔力が奔流となって礼拝堂に溢れ出した。燭台は揺れ、旗ははためき、空気は重く振動する。人々の足は地に絡め取られたかのように動かず、誰も身動きできない。警護の騎士も同様で、礼拝堂で動いているのはただ一人、泣き伏しているマティルダだけとなった。


 しかし、その静寂の中に、ひとつの動きが生まれた。まだ少年と言っても過言ではない男の子が、必死に歯を食いしばり、両手を拳にして、一歩、また一歩と意地で前に進む。棺の横に立ち、間近でマティルダを目にする。――その瞬間、無防備に見惚れてしまっている自分に気づき、すぐに腹に力を込め、声を振り絞った。


「――その魔力の奔流を止めろ!」


 ゼルガードの叫びが響くと、奔流は次第に静まり、礼拝堂を覆っていた異様な空気が消えていく。


 マティルダは涙を拭い、一つ深呼吸をした。身体に武人の威圧を取り戻すと、ゼルガードを見据え、低く、しかし力強い声で告げる。


「わたくしは『また会いに来ます』とローランド様と約束しました。それを叶える前に訃報を聞き、無様を見せてしまいました。ローランド様に笑われぬよう、葬儀に参列させていただきます」


 そのまま、堂々と両親のもとへ歩み出すマティルダに、礼拝堂はざわめきに包まれた。


 ――葬儀が終わり、広間にはまだ重く湿った空気が残っていた。


 エドリック辺境伯はヴァルディス国王の前に進み出ると、ヴァルディス国王とゼルガード公爵に深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


「葬儀では、娘が無礼を働き申し訳ありませんでした」


 マティルダもそれに倣って控えめに頭を下げる。


 ヴァルディス国王は静かに二人へ語りかけた。


「マティルダ嬢、ローランドに寄り添い泣いてくれたこと、私は嬉しく思う。王国の盾――盾には寄り添う意味がある。マティルダのおかげで、ローランドは安心して旅立てただろう」


 続けてヴァルディス国王は弟であるゼルガード公爵に視線を向けた。


「ゼル、あの場でお前もよく動けたな。盾という過酷な立場に置くしかないが、頼むぞ」


 ゼルガードは胸に手を当て「兄上の力になることこそ望むことです」と、軽く礼を取る。


 辺境伯一家は王宮を辞してタウンハウスに引き揚げると、翌日には辺境伯領へと旅立っていった。


 短い邂逅であったが、ゼルガードの心の中にマティルダの姿が焼き付いた。――そして、マティルダは『ふふ、魔力の奔流を気力で抜けてきたゼルガードは中々に面白そうだわ』と考えていた。


名前 : 役割/関係性 : 説明/特徴 (Gemini作+補筆)

■マティルダ・ヴァルデン : 辺境伯令嬢 : 銀白色の髪と澄んだ灰青色の瞳を持つ少女。ローランドの葬儀への参列を強く望み、奔流のような魔力を無意識に放った。ゼルガードに興味を抱いた。

■イザベラ・ヴァルデン : 辺境伯夫人 : マティルダの母。娘の意志を尊重し、王都への最短での移動を準備した。

■エドリック・ヴァルデン : 辺境伯 : 遠征中だったが魔馬に乗って王都へ追いついた。ローランドを恩人として慕っている。

■ローランド・マクシミリアン : 前公爵(前当主) : 故人。マティルダに「必ず会いに来ます」と約束されており、彼女に慈しまれていた。葬儀は王宮で執り行われた。

■ヴァルディス・フェルノート : 国王 : ローランドの葬儀に参列。エドリック辺境伯とマティルダの参列を許可した。ゼルガードの兄。

■ゼルガード・マクシミリアン : 公爵/王弟 : 葬儀の場でマティルダが放った魔力の奔流を意地で抜け、彼女に止めるよう叫んだ少年。マティルダの姿が心に焼き付いた。


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