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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十二章 繋がる想い、広がる未来
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閑話 父の諦観、王都暴風警報

 十月の声を聞く頃、マリーニュ伯爵領都(ヴァレオル)の空には、早くも冬の足音が漂いはじめていた。風は澄みわたり、城塞の石壁を撫でるたび、干し薬草の香りがほんのりと鼻先をくすぐる。


 北方を護るこの街は、堅牢な防備と穏やかな暮らしが同居する場所。薬草の産地としても名高く、調薬師たちの足音が街路に響くのも、日常の一幕だった。


 その領都(ヴァレオル)の一角にある一軒の家――そこには、ひっそりとした静けさが広がっていた。


 双子が男爵邸へ遊びに出かけたことで、家には静寂が訪れていた。ジルベールは暖炉の前に腰を下ろし、狩猟道具の手入れに没頭していた。鍛えられた手が、使い慣れた革と金属を確かめるように丁寧に動いていく。


 近頃はミルド村西方の大河調査に長く同行していたため、こうして暖炉の前で過ごすのも久方ぶりのことだった。


「エリシア母さんのとこに行ってくる!」


 双子とゆっくり過ごそうと思っていたのに、その気配はもう家のどこにもない。ジルベールは手を止め、小さく息を吐くと、また無言で道具を磨きはじめた。


 台所ではティアーヌが調薬器具を一つずつ手に取り、布で丁寧に磨いていた。その時、屋敷の玄関を控えめに叩く音が響く。


「失礼します。伯爵家からお届け物を――」


 応対したティアーヌの前に立っていたのは、執事見習いの青年だった。礼をとって差し出されたのは、一通の手紙。


「アルフォンス様からのお便りでございます」


 ティアーヌは手紙を受け取り、代わりに小瓶を青年の手に押しつける。


「はい、お礼にこれ。試作品の疲労回復ポーション。感想、お願いね」


 困惑を浮かべた青年だったが、真顔で微笑まれると断る隙もなく、恭しく一礼して屋敷を後にした。


 封を切ったティアーヌは、数行を読んだだけで小さく「まあ」と声を漏らす。


「ジル、これ――」


 ジルベールが受け取り、ざっと目を通す。


「冬季休暇、戻れそうにないか」


 さらりと告げたものの、向けられる視線に気づき、顔を上げた。


「――何だ?」


「ジル。みんなで王都に行きますよ!」


「……はぁ?」


 ぽかんとするジルベールをよそに、ティアーヌは手早く身支度を整えはじめる。


「ちょっと、エリシアのところに行ってくるわ!」


 軽やかに駆け出していく妻を見送りながら、ジルベールは肩をすくめ、暖炉の火に薪を一つ足した。


 数日後――。


 伯爵家(マリーニュ)が用意した馬車に揺られ、アルフォンスの家族たちは王都(リヴェルナ)へ向けて出立した。車窓から流れる景色は、双子にとってすべてが新鮮だった。


「ねぇ、さっきの村、川の作りがちょっと違ってたわよね」


「ん?……たしかに。水門の位置が違ってたし、たぶん排水の考え方が違うのかも」


 ミレーユとレグルスは、見たことや感じたことをその場で言葉にし合い、次々と共有していく。好奇心と観察力の応酬に、大人たちはただ感心するばかりだった。


 ジルベールは外の景色よりも、そんな双子のやり取りをじっと見ていた。


『なんでこの二人は、こんなに飲み込みが早いんだ?』


 問いの答えは見つからない。ただ、二人はいつも見たものを分け合うことで確実に成長している――それが理由なのかもしれなかった。


 ティアーヌは膝の上に手帳を広げ、最近まとめた調薬の資料を見直している。書き足し、考え、また書き直す。その手元の動きは軽やかで、王都(リヴェルナ)で息子に見せる日を楽しみにしているのが見て取れた。


 旅の途中、マクシミリアン公爵邸(マナーハウス)に立ち寄ると、ちょうどゼルガード公爵が寛いでいた。事情を聞いたゼルガード公爵は、にこやかに笑う。


「私もこの後、王都へ移動する用事がある。せっかくだから一緒に行こうじゃないか――皆で行く方が、きっと楽しい」


 こうして伯爵家(マリーニュ)の馬車は戻され、ゼルガード公爵とアルフォンスの家族は公爵家(マクシミリアン)の立派な馬車に乗り換えることとなった。


 公爵家の馬車でも、双子は落ち着きなく瞳を輝かせていた。今回は初めて出会う騎士や魔導士と共に旅をできるのだ。


 レグルスは騎士の一人に近づき、真剣な眼差しで尋ねる。


「ねえ、アル兄は小剣を使ってるけど、あの速度は真似できる気がしないんだ。剣と槍、どっちが合ってると思う?」


 問いに騎士は少し戸惑いながらも真面目に考え、鍛錬法を丁寧に教え始めた。


 ミレーユは魔導士の女性のそばに歩み寄る。


「リュミお姉様の魔法は本当にすごいの。私はまだ祝福の儀も済んでいないけれど、準備するならどんなことから始めたらいいのかしら」


 熱を帯びた瞳に応え、魔導士も真剣な口調で助言を与える。その言葉を、ミレーユは一つも零さぬように心に刻んでいった。


 その様子を眺めていたゼルガード公爵は、何度目かになる小さな驚きと微笑ましさを覚え、口元を緩める。


『この双子は、アルフォンス以上に、貴族社会に風を吹かせるかもしれんな。ジークも聡明だったが――ここまで破天荒ではなかったぞ』


 やがて、ミレーユがふとゼルガード公爵に話しかけた。


「公爵様、公爵家は〈王国の盾〉って呼ばれてますよね。どうして剣じゃなくて盾なんですか?」


「うん? それはね――」


 ゼルガード公爵は少し考えてから、やわらかく答える。


「当時の王国の人々が、我々を()()()()()()存在だと信じてくれたんだ。盾は常に隣に寄り添い、共に立ち向かうものだからね」


「当時の王弟殿下――私の祖先は、きっとその呼び名を喜ばれたと思う」


 その答えに、ミレーユは満足げに頷いた。ゼルガード公爵は、視線をやや遠くに向けて続ける。


「そしてね――君たちのお兄さんとお姉さん。あの二人は、きっと、お互いの()になろうとしていると私は感じているよ」


「えっ、アルお兄様とリュミお姉様が?」


「うん。どちらが前に立っても、もう片方が隣にいて、守ろうとする――盾というのは、本質的に()()()()()()()()()()()()なのかもしれないね」


 その言葉が、馬車の中に穏やかなぬくもりを広げていった。


 ミレーユは小さく俯き、ぽそっと「――私も、誰かの盾になれるかな」とささやく。


 その声に、公爵も、ティアーヌも、ジルベールも、同じように目を細める。


「きっとなれるさ。君たちならきっとね――」


 考え込んでいたレグルスが、口を開いた。


「あのね、異変のときの話で、シグ兄が言ってたの。『苦しいときアルが助けてくれた』って」


 ゼルガード公爵は少し驚き「うん、あの子はそう言うだろうね」と、静かに応える。


「なんでシグ兄はそんなに苦しい状況になったの?」


 その問いに、ゼルガード公爵はふと目を伏せた。短い沈黙のあと、小さく息を吐く。


「人は、間違えるものだよ。どれだけ経験を積んでもね。あの時――私は判断を誤った。それが、シグヴァルドを苦しめることになった」


 馬車がわずかに揺れ、窓の外では紅葉の葉がひらりと舞い落ちる。


「そして――君たちのお兄さんとお姉さんが、シグヴァルドを救ってくれた。直感だけで戦場に駆け出した私の妻を、戦場に間に合わせてくれた」


「私は――あのとき、みなに救われたんだ」


 レグルスは、視線を落としながら呟いた。


「アル兄はね、公爵様のことを頼れる人って言ってたよ。公爵様みたいな大人になりたいなって」


 その言葉に、ゼルガード公爵はわずかに目を見開き、やがて苦笑を浮かべる。


「そうか。そう言ってもらえるなら――私も、顔を上げて歩かなければならないな」


 その声音には、過去への悔いと、これからへの微かな希望が混じっていた。


 王都(リヴェルナ)までは、もうそう遠くない。ミレーユとレグルス――小さな暴風は、王都(リヴェルナ)という舞台へと足を踏み入れようとしている。


 ゼルガード公爵はふと、車窓から見える遠い空を仰ぎ、胸の内で静かに思った。


『――今年の冬は、きっと面白くなる』


名前 : 役割/関係性 : 説明/特徴 (Gemini作+補筆)

■ジルベール : アルフォンスの家族/父 : 暖炉の前で狩猟道具の手入れをしていた。ミルド村西方の大河調査に長く同行していた。

■ティアーヌ : アルフォンスの家族/母 : 台所で調薬器具を丁寧に磨いていた。伯爵家からの手紙を受け取り、王都へ向かうことを決める。

■ミレーユ : アルフォンスの家族/妹(双子) : 王都へ向かう馬車の中で、外の景色や出来事に対する好奇心と高い観察力を示す。リュミについて魔導士に助言を求めた。

■レグルス : アルフォンスの家族/弟(双子) : 王都へ向かう馬車の中で、外の景色や出来事に対する好奇心と高い観察力を示す。騎士に戦闘技術について質問した。

■エリシア・マリーニュ : 男爵夫人/アルフォンスの家族と親しい : 双子が遊びに出かけた先の人物。ティアーヌが会いに行った。

■ゼルガード・マクシミリアン : 公爵 : マクシミリアン公爵邸で寛いでいた人物。アルフォンスの家族を王都まで公爵家の馬車で送ることにした。

■アルフォンス : 王立学園の特設講座担当/息子 : 家族に冬季休暇で戻れないことを手紙で伝えた。シグヴァルドを救った。

■リュミエール・マリーニュ : 男爵令嬢 : ミレーユが魔法について言及した人物。シグヴァルドを救った。

■シグヴァルド・マクシミリアン : 公爵家三男 : アルフォンスとリュミによって救われた。


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