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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十二章 繋がる想い、広がる未来
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第四節 秋の食卓、宰相と面談

 九月も終わりが見えてきた、王都(リヴェルナ)――秋の気配は街の空気にも溶け込み、日が落ちるとひやりとした風が頬を撫でてゆく。街中は夏の喧騒を抜け、落ち着きを取り戻していた。人々は穏やかに行き交い、過ごしやすい季節の訪れをそれぞれに楽しんでいる。


 マクシミリアン公爵邸(タウンハウス)でも、日々の流れの中で晩餐の支度が進んでいた。だが今日は、そんな日常に少しだけ変化がある。珍しく長男ジークハルトが実家の公爵邸(タウンハウス)を訪れたのだ。


「まあまあ、こんな時間に珍しいわね」


 マティルダ公爵夫人は嬉しそうに席を立ち、ジークハルトを迎え入れる。


「晩餐の最中に押しかけてしまい、申し訳ありません。少しだけ時間が取れましたので」


 そう言って微笑むと、ジークハルトは慣れた様子で席に着いた。


「マリエッタは大事にしないとダメよ。でも、来てくれて嬉しいわ。――マリエッタは、元気にしていらして?」


「ええ。最近は少し疲れやすいようで――果物をたくさん買ってきて、乾燥させて食べているそうです」


「まあ、それは身体にもよさそうね。うちからも何か届けてさしあげましょう。選ぶのが楽しみだわ」


「ありがとうございます。――きっと、喜びます」


 穏やかに言葉を交わす二人の間に、やわらかな空気が広がっていく。やがて話題は、アルフォンスとリュミエールの近況へと移っていった。


「最近は、授業の修了証をだいぶもらっていると聞いてるよ。二人とも、よく頑張ってるね」


 そう声をかけられ、アルフォンスは素直に頷く。


「はい。少しずつ空いた時間ができてきました。今は、リュミィとお茶をしたり、王宮図書館に通ったり、鍛錬やポーションの調整をしていて――とても、充実しています」


「ソフィア様も、ちょくちょく遊びに来てくださって、マティルダ様とお茶を楽しんでいらっしゃいますわ。私もご一緒させて頂けるので嬉しいですの」


 隣でリュミエールが、穏やかな笑みとともに答える。


 ふと視線を向けると、シグヴァルドとマリナが仲睦まじくデザートを食べさせ合っていた。二人は婚約を機に学園寮から公爵邸(タウンハウス)へ移り、今では毎日一緒に行動していた。以前よりも距離が近くなったその様子は、誰の目にも微笑ましく映っていた。


 そんな会話が続いていた食後、席を立ちかけたジークハルトが、ふと振り返った。


「そうだ、明日は朝から王宮に行く予定だ。アルフォンス、宰相府で渡したいものがある。悪いが顔を出してくれ」


「――はい、分かりました」


 頷いてから、アルフォンスは少し間を置き尋ねた。


「……リュミエールも同行させても構いませんか?」


「ああ、問題ない」


 短く答え、ジークハルトはそのまま食堂を後にした。


 ラウンジで談笑したあと、それぞれ自室に戻っていった。アルフォンスとリュミエールは暖炉の前に腰かけ、静かに紅茶を味わっていた。ティーカップから香ばしい果実の香りが湯気とともに漂い、部屋の空気をゆるやかに満たしていく。


「……ジークハルトさんが、あの場で用件を言わなかったのは――レストール領に関する話だと思うんだ」


 ぽつりと漏らすと、リュミエールはティーカップを傾けながら小首をかしげる。


「何か、お願いしてたの?」


「うん。レストール領での瘴気測定や、土壌・水質の調査。今までの記録の中で、王宮に開示しても問題ない範囲を提出してほしいって」


「……なるほど」


 それ以上、詮索はしなかった。リュミエールは、少しの間を置いてから、別の疑問を口にする。


「……どうして、私の同行をお願いしたの?」


 アルフォンスはティーカップを置き、微笑んだ。


「これから、リュミィと並んで歩いていくつもりだから。もし門前払いされるようなことがあれば――その時は、一緒に付き合い方を考えないと、って思ったんだ」


 短い沈黙ののち、リュミエールはゆっくりと微笑み返す。


「ありがとう」


 その言葉は、部屋の空気をそっと温めるようだった。その後、取り留めのない話を少し交わし――リュミエールは茶器を片付けると、静かに立ち上がり、部屋を後にした。


 王宮と公爵邸(タウンハウス)を結ぶ、あまりにも静かな専用回廊を歩く。真っ白な石畳は、陽の光をやわらかく反射し、冷ややかな気配を漂わせていた。この道を行くのは、もう何度目だろう。初めてのときに覚えたあの緊張は、今はもうない。


 隣で、リュミエールが小さく呟く。


「……聞いてはいたけど。王宮に直結してる通路なんて、やっぱり信じられないわね」


 王族主催の冬の大夜会や、王妃・王女による限られた茶会を除けば――たとえ貴族であっても、王宮へ足を踏み入れる機会はそう多くない。


 門衛に許可証を示し、王宮区画へ進む。宰相府の入口で文官に案内を願うと、ほどなく若い文官が待合室に姿を見せた。


「お待たせしました。宰相府へご案内いたします」


「お願いします」


 頷き、リュミエールと並んでその後を行く。歩みの途中、文官が振り返り口を開いた。


「ジークハルト様は急な会議に入られ、少しお時間をいただきたいとのことです。宰相府付属の図書室をご利用くださいとのことですが……中庭のガゼボも利用可能です」


「図書室でお願いします」


 アルフォンスの返事に、文官は軽く会釈して歩を進めた。


 案内された図書室は、落ち着いた空気に満ちていた。青年が席を外し、静寂が訪れる。本棚の背表紙を並んで眺めながら、自然と会話がこぼれる。


「この本、前から気になってたの。読んだことある?」


「ううん。でも、題名だけは聞いたことがある気がする」


 穏やかな時間が、ゆっくりと流れていく。やがて、再び先ほどの青年が姿を現した。


「準備が整いました。ご案内いたします」


 案内されたのは、事務用の応接室のような質素な部屋だった。ノックの後、「お連れしました」と声を掛け、室内から返答が戻るのと同時に扉が開く。


 部屋には、ジークハルト宰相補佐官と、見慣れぬ男性が待っていた。二人は礼をして立ち止まる。


「楽にしてくれ。ここは事務応接室だ、略礼で構わん」


 落ち着いた声にわずかな鋭さが宿る。


「私は宰相、グラディウス・アストレインだ」


 アルフォンスはリュミエールをソファーへとエスコートし、自らも軽く腰を下ろす。お茶が運ばれ、ひと呼吸置いてジークハルト宰相補佐官が口を開いた。


「今日は、レストール領に関する調査資料を渡すために来てもらった。――ただ、宰相閣下から話しておきたいことがあるとのことで、同席していただいている」


 視線がグラディウス宰相へ向く。グラディウス宰相はわずかに目を細め、アルフォンスを見据えた。


「報告書の印象だけで錯覚していたが……君はまだ少年だったのだな。西方探索の記録を読んだときは、まさか八歳とは思わなかったよ。よくできていた。それに――大湿地帯の報告書はさらに優れていた。その姿勢と努力、評価に値する」


「――ありがとうございます」


 一拍置き、グラディウス宰相は語調をわずかに和らげた。


「レストール領については、こちらでは把握していなかった。辺境伯家からも連絡はなく、備蓄に問題がなかったため、見落とされていたのだろう」


 グラディウス宰相は少しだけ眉を寄せた。


「本来なら、報告の不備は咎められるべきだ。だが今回は、それ以上に重要な意義があると判断し、今回は支援へと方針を転じた」


「王家、マクシミリアン公爵家、ヴァルデン辺境伯家、そしてマリーニュ伯爵家――四家が連携し、レストール伯爵家の支援準備に入っている」


 マリーニュ伯爵領からは乾燥薬草供給の調整、公爵家は乾燥魔道具の優先提供、辺境伯家は生産体制の整備を指揮していることが告げられる。


 そこまで話すと、グラディウス宰相はまっすぐにアルフォンスを見た。


「これは表立った支援ではない。――理由は分かるかね?」


 アルフォンスは少しだけ考える素振りを見せ、リュミエールに視線を向けてから口を開いた。


「私は平民ですので、貴族の内情に踏み込むべきか迷いますが――やはり、レストール家の矜持と、外聞のためでしょう」


 少し緊張を和らげて続ける。


「今後、乾燥薬草の生産は、北西部を起点に自然と広がっていきます。北東部に及ぶのも時間の問題で、わざわざ支援を大きく示す必要はない――そう判断されたのだと思います」


「……持ち得る情報で、その答えが出せるとは大したものだ」


 グラディウス宰相は口角をわずかに上げ、すぐ真顔へと戻した。


「今回、表向きの支援は君に任せたい。資料を読み、現地を訪れ、レストール家を自然な形で支援してほしい――マリナ嬢やシグヴァルドと親しい君であれば、不自然には映らない」


「その話、お受けします」


 返事を聞いたグラディウス宰相は満足げに立ち上がり、部屋を後にする。


 静けさが戻った部屋で、ジークハルト宰相補佐官がメイドを呼び、お茶を淹れ直させた。


「ずいぶん決断が早かったな」


 アルフォンスは笑みを浮かべ、ティーカップを口に運ぶ。


「マリナの実家ですから。手伝うことは、最初から決めていました。リュミィともたくさん話していましたし――マリナとシグが笑顔でいられるよう、私とリュミィで頑張ります」


 微笑みかけると、リュミエールも自然に笑みを返してくれる。


「宰相閣下の話を一緒に聞けて良かったよ。あの内容を声真似で伝え切るのは、ちょっと自信ない」


 ジークハルトは楽しげに笑った。


「君たちの関係性は素敵だ。――マリエッタにも、よい土産話ができそうだ。彼女もぜひ君たちに会いたいと言っていたよ。機会を見て招待させてくれ」


「はい。ぜひ、お会いしたいです」


 そう答えたあと、ふと思い出して尋ねる。


「王宮図書館で、リュミィと少し調べものをしてもいいですか?」


「もちろん。リュミエール嬢は君の同伴であれば、王宮図書館への立ち入り許可がすでに陛下より下りている。――昨日のうちに、ね」


 軽くウィンクを残し、ジークハルトは部屋を出ていった。


 王宮を後にし、公爵邸へ戻る専用回廊を歩きながら、リュミエールがぽつりと呟く。


「……まさか、昨日のうちに陛下の許可を取ってたなんて。驚いたわ」


「ジークハルトさん、昨日『問題ない』って言ったでしょ? どこまで見越していたかは分からないけど――先立って動かれる。だからこそ、僕らは僕らで、必要なことはきちんと言葉で伝えて許可をもらうようにしないとね」


「ふふっ――なるほどね。そこは、読み取れなかったな」


 頷くリュミエールの横顔を見ながら、アルフォンスは思わず笑みがこぼれる。――その歩みは、いつもよりほんの少しだけ、柔らかかった。


本編に出てこなそうなプチ情報1――

 ジークハルトは本文中で、宰相補佐官と付いたり付かなかったりしてる理由は、ジークハルトの立場に問題があるためです。貴族子息は、結婚するまでは家の子息として貴族籍を持ちます。結婚した時点で、貴族籍に残るか外れるかが決まります。

 ジークハルトは宰相補佐官なので、本来であれば子爵位を得ています(局長クラスが子爵位)。しかし、マクシミリアン公爵家長男ということで嫡子扱いとなり貴族籍を外す事ができず、公爵家を継ぐ可能性を考慮し子爵位は名乗りません。そのため、王宮で宰相補佐官として活動しているときだけジークハルト宰相補佐官とし、プライベート寄りの場合は次男ユリウス同様に名前だけとしています。

 他家の貴族は、ジークハルトを原則として宰相補佐官(子爵位)として接します。が、宰相府で次期宰相とも言われている、ジークハルトに無礼を働くのは危険過ぎるため上位貴族でも子爵位として接することはありません。

本編に出てこなそうなプチ情報2――

 以前、リュミエールに無礼を働いていた子爵家次男がいました。あれは次男ということでアウトな案件となっています。次期当主以外の子息は平民になることを恥とは考えない教育を受けています。それは、やはり婿養子で貴族籍に残れる可能性は大きくないためです。平民となっても実家の支援は受けられるので生活レベルは基本的に落ちません。故に、次男以降は実家の支援を確実に受けられるよう身を律します。

 逆に、令嬢は嫁ぐことで貴族籍を維持します。なので、次男よりも令嬢のほうが将来的に上の身分になる可能性が強く残されます。貴族子息はその危険性を回避するため令嬢に無礼を働くことはありません。

 リュミエールがさほど貴族籍に執着がないのはこういった側面があります。伯爵家、男爵家から支援を受けられるので、男爵家出身でも伯爵家相当の生活は可能というわけです。


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