閑話 集会の宴、新しい夢
秋風も主張を強め始めた季節、マクシミリアン公爵領都の空を渡る風は、日に日に冷たさを増していた。
その日、公爵邸の一角――外来の客をもてなすために設けられた、中庭を備えた離れに、領都で名を馳せる魔道具工房の工房主たちが姿を見せていた。
集まった顔ぶれは、全員が屈強な体躯と濃い髭をたくわえたドワーフ族。腕利きで知られる職人ばかりだが、いずれも一癖も二癖もある猛者揃いだ。頑固さも、腕前の証のようなもの。それでも――かの〈赤鉄〉の二つ名を持つグラナートから直々に声が掛かれば、断る理由などどこにもなかった。
公爵の許しを得て整えられた離れの一室には、すでに樽酒と豪快なつまみが惜しげもなく並べられていた。一見すれば、ただの景気のいい宴席。しかし、卓を囲む工房主たちの表情は引き締まり、酒器を傾ける手つきにも無駄がない。これは酔うための席ではない――そういう空気が、自然と漂っていた。
濃い香りを放つ酒が満ちる中、グラナートがゆったりと腰を下ろす。その眼差しは、相手の心を測るように重く、声もまた地を踏むように響いた。
「今日はの、わしから頼みがあって呼んだのじゃ。……アル坊――アルフォンスから相談を持ちかけられての」
その名が発せられた瞬間、卓の周囲にわずかなざわめきが走る。
『――アルフォンス』
若き魔道具師にして、北方防衛戦で〈王国の盾〉と肩を並べた英雄のひとり。齢こそ若いが、その腕と胆力は、誰よりも確かだと彼らは知っている。
「アル坊は今、王立学園に通っとる。そこで特設講座を開いて、錬金術と魔道具をやっとるそうじゃ」
その言葉に、数人の工房主が眉をひそめた。
「学園の坊ちゃん、嬢ちゃん集めた机上の遊びじゃろ」
「手ぇ汚さずに職人を気取る奴らの、なんと多いことか」
「貴族なんぞ、魔道具を飾りか暇つぶしとか思っとらんぞ」
「だがアル坊は違う。あやつは現場を知っとる子だ」
ひとつが口を開けば、ぞろぞろと愚痴が連なる。それぞれの声には苦々しさと、どこか照れくさそうな感情が混ざっていた。とはいえ、文句を言いながらも、酒杯の手は止まらない。
グラナートはそれを黙って聞いていたが、頃合いを見て小さく笑った。
「まぁまぁ、文句は聞いといた。だがな、アル坊がやっとるのは〈夢語り〉じゃ」
「夢語り……?」
「なんじゃそりゃ」
「余計にわからんこと言うな!」
低く唸る声や短く噛みつく声が飛び交う。とはいえ、その眼は皆、わずかに輝いていた。興味がないのなら、そもそも口も挟まぬ連中だ。今のこれは、――のめりこむ直前のざわめきにほかならなかった。
「これを見てみろい」
そう言って、グラナートは分厚い紙束を卓上にどんと置いた。
「これはな、講座で生徒どもが思い思いに語り合って出した、妙ちきりんな魔道具の案だ。一応、何を作りたいか、なぜ作りたいか、きっちり書いとる。――わしにもよう分からんがな」
その言葉とほぼ同時に、厨房からは香ばしく焼き上がった肉料理が次々と運ばれてくる。鼻をくすぐる匂いに空腹を刺激され、職人たちは一斉に手を伸ばし――ついでのように紙束も、皿代わりに回し読みしはじめた。
最初は「くだらん」と鼻で笑っていた工房主たちも、ページをめくるたびに表情を変えていく。
「……戦に巻き込まれて記憶をなくした婆さまに声を届けたい、だとよ」
「こっちは日照の短い村に〈陽の灯〉を灯す、か……ほぉ」
「おいおい……この案、案なのか? ポエムなのか? 詩を書いとるぞ。――だが、嫌いじゃねぇ」
酒が回るほどに、読み上げる声にも不思議な熱がこもっていった。それはただの酔いではなく、――職人の心をくすぐる、小さな火種のような熱だった。
「まっ、あのアル坊が関わっとるなら、半端なもんじゃねぇわな」
豪快に酒をあおった工房主が、紙束を指で叩く。
「これは、夏前にだべった成果物らしい。で、何でも冬前ぐらいまでは、これよりは読みやすいやつを送ってくるらしいぞ」
「ほう、じゃあこれは〈試作品の試作品〉みてぇなもんか」
「いや、もうちっと言い方あるだろ」
「読みやすくなるっちゅうんなら、今のは読みにくいって認めとるようなもんじゃねぇか」
「事実だろ。――だが、その読みにくさの中に光るもんがあるんだよ」
「お前、酔うと詩人みてぇになるな」
くだらないやりとりに笑い声が混じり、酒と一緒に場の空気も温まっていく。しかし、その笑いの奥底には「次はもっと面白いものが来る」という、妙な確信が芽生えはじめていた。
グラナートは、ふっと口の端を上げた。
「――実はな、まだまだあるんじゃよ」
そう言って、今度は分厚くも整っていない、紙質もまちまちな紙束を、どさりと卓へ置いた。
「これはまぁ、どこまで本気かわからん。けど、奇抜でおもろいもんばっかじゃ。見てみろ。腹よじれるか、目ぇ見張るかどっちかじゃな」
「お、もう一丁きたか」
「見た目からして〈寄せ鍋〉だな」
「おいおい、寄せ鍋に謝れ。あっちはうまいが、こっちは読んで腹こわすかもしれん」
「腹はともかく、頭は回るぞ。こういうメチャクチャな発想が、一番化けるんだ」
「お前、酔うと真面目なこと言いやがるな」
「シラフでも言ってるだろ!」
またたく間に、興味津々な顔が集まり、紙束はつまみの皿と同じ速度で回し読みされていく。あちこちで笑い声や驚きの声が飛び交い、酒も会話も勢いを増す。
「見ろこれ! 〈自動で飲み干す酒器〉だとよ!」
「――そりゃただの酔っ払いの夢だ」
「いや、夢じゃねぇ、現実にしてくれ!」
「バカ言え! 自動で飲み干されたら、飲む分減るじゃろうが!」
「――おお、確かに! じゃあ駄目だ!」
「駄目じゃねぇ、もっと容量を増やせばいいんだ!」
「そうなると、ただの樽じゃねぇか!」
笑いとツッコミが酒の肴となり、宴は第二の盛り上がりを迎えていた。酒も話題も尽きることなく、気づけば外の空は茜色に染まり、夕餉の時刻が近づいていた。
職人たちは、ひとり、またひとりと満足そうに笑いながら帰途についた。
最後に残ったグラナートは、ゼルガード公爵へ礼を述べるべく執務室を訪れる。深く息をつき、しかし口元には笑みを浮かべて言った。
「いい酒と、いい場所をありがとうよ。アル坊のやっとることは、わしら魔道具師にも火を灯しよる。今後が、実に楽しみじゃ」
その言葉を残し、屈強なドワーフの魔道具師は重い足取りで――けれど、どこか軽やかに離れへ戻っていった。
公爵もまた、用件が無事に済んだと見て、翌朝には王都へ馬を駆る心積もりでいた。
『あの〈暴風〉を、特等席で見るために』
宴の様子はすでに執事から報告を受けていたが、グラナートの反応を見て、公爵は渋い表情を浮かべた。
「……ドワーフ連中、焚き付けやがった。あいつらが本気を出すときってのは――ロクなことがないんだが」
ゼルガード公爵は、王都に吹き荒れるであろう暴風でワクワクしていたが、思ったよりも遥かに領都に吹き荒れそうな違う風にクラリと目眩を感じた。
名前 : 役割/関係性 : 説明/特徴 (Gemini作+補筆)
■グラナート・ストーンハルト : 魔道具師 : 〈赤鉄〉の二つ名を持つドワーフ族の工房主。アルフォンスから相談を持ちかけられ、領都の工房主たちを集めた。
■アルフォンス : 主人公/王立学園の特設講座担当 : 若き魔道具師で、北方防衛戦の英雄の一人。王立学園で錬金術と魔道具の特設講座を開いている。
■ゼルガード・マクシミリアン : 公爵 : グラナートに離れの一室を提供した人物。翌朝には王都へ向かう心積もりでいる。




