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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十二章 繋がる想い、広がる未来
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閑話 集会の宴、新しい夢

 秋風も主張を強め始めた季節、マクシミリアン公爵領都(バストリア)の空を渡る風は、日に日に冷たさを増していた。


 その日、公爵邸(マナーハウス)の一角――外来の客をもてなすために設けられた、中庭を備えた離れに、領都(バストリア)で名を馳せる魔道具工房の工房主たちが姿を見せていた。


 集まった顔ぶれは、全員が屈強な体躯と濃い髭をたくわえたドワーフ族。腕利きで知られる職人ばかりだが、いずれも一癖も二癖もある猛者揃いだ。頑固さも、腕前の証のようなもの。それでも――かの〈赤鉄(しゃくてつ)〉の二つ名を持つグラナートから直々に声が掛かれば、断る理由などどこにもなかった。


 公爵の許しを得て整えられた離れの一室には、すでに樽酒と豪快なつまみが惜しげもなく並べられていた。一見すれば、ただの景気のいい宴席。しかし、卓を囲む工房主たちの表情は引き締まり、酒器を傾ける手つきにも無駄がない。これは酔うための席ではない――そういう空気が、自然と漂っていた。


 濃い香りを放つ酒が満ちる中、グラナートがゆったりと腰を下ろす。その眼差しは、相手の心を測るように重く、声もまた地を踏むように響いた。


「今日はの、わしから頼みがあって呼んだのじゃ。……アル坊――アルフォンスから相談を持ちかけられての」


 その名が発せられた瞬間、卓の周囲にわずかなざわめきが走る。


『――アルフォンス』


 若き魔道具師にして、北方防衛戦で〈王国の盾〉と肩を並べた英雄のひとり。齢こそ若いが、その腕と胆力は、誰よりも確かだと彼らは知っている。


「アル坊は今、王立学園に通っとる。そこで特設講座を開いて、錬金術と魔道具をやっとるそうじゃ」


 その言葉に、数人の工房主が眉をひそめた。


「学園の坊ちゃん、嬢ちゃん集めた机上の遊びじゃろ」


「手ぇ汚さずに職人を気取る奴らの、なんと多いことか」


「貴族なんぞ、魔道具を飾りか暇つぶしとか思っとらんぞ」


「だがアル坊は違う。あやつは現場を知っとる子だ」


 ひとつが口を開けば、ぞろぞろと愚痴が連なる。それぞれの声には苦々しさと、どこか照れくさそうな感情が混ざっていた。とはいえ、文句を言いながらも、酒杯の手は止まらない。


 グラナートはそれを黙って聞いていたが、頃合いを見て小さく笑った。


「まぁまぁ、文句は聞いといた。だがな、アル坊がやっとるのは〈夢語り〉じゃ」


「夢語り……?」


「なんじゃそりゃ」


「余計にわからんこと言うな!」


 低く唸る声や短く噛みつく声が飛び交う。とはいえ、その眼は皆、わずかに輝いていた。興味がないのなら、そもそも口も挟まぬ連中だ。今のこれは、――のめりこむ直前のざわめきにほかならなかった。


「これを見てみろい」


 そう言って、グラナートは分厚い紙束を卓上にどんと置いた。


「これはな、講座で生徒どもが思い思いに語り合って出した、妙ちきりんな魔道具の案だ。一応、何を作りたいか、なぜ作りたいか、きっちり書いとる。――わしにもよう分からんがな」


 その言葉とほぼ同時に、厨房からは香ばしく焼き上がった肉料理が次々と運ばれてくる。鼻をくすぐる匂いに空腹を刺激され、職人たちは一斉に手を伸ばし――ついでのように紙束も、皿代わりに回し読みしはじめた。


 最初は「くだらん」と鼻で笑っていた工房主たちも、ページをめくるたびに表情を変えていく。


「……戦に巻き込まれて記憶をなくした婆さまに声を届けたい、だとよ」


「こっちは日照の短い村に〈陽の灯〉を灯す、か……ほぉ」


「おいおい……この案、案なのか? ポエムなのか? 詩を書いとるぞ。――だが、嫌いじゃねぇ」


 酒が回るほどに、読み上げる声にも不思議な熱がこもっていった。それはただの酔いではなく、――職人の心をくすぐる、小さな火種のような熱だった。


「まっ、あのアル坊が関わっとるなら、半端なもんじゃねぇわな」


 豪快に酒をあおった工房主が、紙束を指で叩く。


「これは、夏前にだべった成果物らしい。で、何でも冬前ぐらいまでは、これよりは読みやすいやつを送ってくるらしいぞ」


「ほう、じゃあこれは〈試作品の試作品〉みてぇなもんか」


「いや、もうちっと言い方あるだろ」


「読みやすくなるっちゅうんなら、今のは読みにくいって認めとるようなもんじゃねぇか」


「事実だろ。――だが、その読みにくさの中に光るもんがあるんだよ」


「お前、酔うと詩人みてぇになるな」


 くだらないやりとりに笑い声が混じり、酒と一緒に場の空気も温まっていく。しかし、その笑いの奥底には「次はもっと面白いものが来る」という、妙な確信が芽生えはじめていた。


 グラナートは、ふっと口の端を上げた。


「――実はな、まだまだあるんじゃよ」


 そう言って、今度は分厚くも整っていない、紙質もまちまちな紙束を、どさりと卓へ置いた。


「これはまぁ、どこまで本気かわからん。けど、奇抜でおもろいもんばっかじゃ。見てみろ。腹よじれるか、目ぇ見張るかどっちかじゃな」


「お、もう一丁きたか」


「見た目からして〈寄せ鍋〉だな」


「おいおい、寄せ鍋に謝れ。あっちはうまいが、こっちは読んで腹こわすかもしれん」


「腹はともかく、頭は回るぞ。こういうメチャクチャな発想が、一番化けるんだ」


「お前、酔うと真面目なこと言いやがるな」


「シラフでも言ってるだろ!」


 またたく間に、興味津々な顔が集まり、紙束はつまみの皿と同じ速度で回し読みされていく。あちこちで笑い声や驚きの声が飛び交い、酒も会話も勢いを増す。


「見ろこれ! 〈自動で飲み干す酒器〉だとよ!」


「――そりゃただの酔っ払いの夢だ」


「いや、夢じゃねぇ、現実にしてくれ!」


「バカ言え! 自動で飲み干されたら、飲む分減るじゃろうが!」


「――おお、確かに! じゃあ駄目だ!」


「駄目じゃねぇ、もっと容量を増やせばいいんだ!」


「そうなると、ただの樽じゃねぇか!」


 笑いとツッコミが酒の肴となり、宴は第二の盛り上がりを迎えていた。酒も話題も尽きることなく、気づけば外の空は茜色に染まり、夕餉の時刻が近づいていた。


 職人たちは、ひとり、またひとりと満足そうに笑いながら帰途についた。


 最後に残ったグラナートは、ゼルガード公爵へ礼を述べるべく執務室を訪れる。深く息をつき、しかし口元には笑みを浮かべて言った。


「いい酒と、いい場所をありがとうよ。アル坊のやっとることは、わしら魔道具師にも火を灯しよる。今後が、実に楽しみじゃ」


 その言葉を残し、屈強なドワーフの魔道具師は重い足取りで――けれど、どこか軽やかに離れへ戻っていった。


 公爵もまた、用件が無事に済んだと見て、翌朝には王都(リヴェルナ)へ馬を駆る心積もりでいた。


『あの〈()()〉を、特等席で見るために』


 宴の様子はすでに執事から報告を受けていたが、グラナートの反応を見て、公爵は渋い表情を浮かべた。


「……ドワーフ連中、焚き付けやがった。あいつらが本気を出すときってのは――ロクなことがないんだが」


 ゼルガード公爵は、王都(リヴェルナ)に吹き荒れるであろう()()でワクワクしていたが、思ったよりも遥かに領都(バストリア)に吹き荒れそうな違う風にクラリと目眩を感じた。


名前 : 役割/関係性 : 説明/特徴 (Gemini作+補筆)

■グラナート・ストーンハルト : 魔道具師 : 〈赤鉄〉の二つ名を持つドワーフ族の工房主。アルフォンスから相談を持ちかけられ、領都の工房主たちを集めた。

■アルフォンス : 主人公/王立学園の特設講座担当 : 若き魔道具師で、北方防衛戦の英雄の一人。王立学園で錬金術と魔道具の特設講座を開いている。

■ゼルガード・マクシミリアン : 公爵 : グラナートに離れの一室を提供した人物。翌朝には王都へ向かう心積もりでいる。


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