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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十一章 動き出す縁、芽吹く想い
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閑話 カラフェの記憶、贈り物の約束

閑話「カラフェシリーズ」エピソード1

 マクシミリアン公爵領都バストリアでシグヴァルドとマリナの婚約が整った翌日――。


 昨日はシグヴァルドとマリナの婚約が発表され、邸内はどこか華やかな空気に包まれていた。だが、今日の公爵邸(マナーハウス)は、朝の喧騒も収まり、静かで落ち着いた朝を迎えている。


 アルフォンスはいつものように早朝から起床し、軽く鍛錬を済ませてからラウンジへと戻り、乾燥果物を冷却保管箱に詰めるいつも通りの朝だ。ふと、『あのカラフェはリュミィが随分気に入ってたな』と思い出し、しばし思案する。


 冷やした紅茶を口にし、アルフォンスは特設講座の魔道具案を整理して時間を潰していた。扉が軽くノックされ、リュミエールが顔を覗かせ「あら? アルだけですの?」と声を掛けてきた。


「今のところ僕だけだよ。乾燥果物が良い感じに冷えてるから、お茶にしようよ」


 リュミエールは静かに頷き、侍女に紅茶の準備を頼んだ。


 アルフォンスはリュミエールから、王国のガラス事情について教えてもらった。王国のガラスは高価で美しいが、脆く壊れやすいため、貴族は定期的に新しいものに買い替えるのが常だという。


 また、王国のガラスは基本的に緑色で、工房ごとに色合いの差が生まれ、同じ色のものは珍しいらしい。この色合いの違いが格差を生み、美しい色を出せる工房に人気が集中する――なかなかに厳しい世界だと、アルフォンスは感じた。


 扉がノックされ、シグヴァルドとマリナが入室してきた。アルフォンスは二人に挨拶をすると、マリナにカラフェの分析をさせてほしいと頼む。マリナは快く了承してくれた。


 マリナの部屋から、冷却保管箱に入れられた状態でカラフェが運ばれてくる。箱の中を覗き込むと、内部には緩衝材が取り付けられ、カラフェが丁寧に保護されていた。


「緩衝材が入っているね。すごく丁寧に仕上げられているけど、王都で頼んだの?」


 マリナは首を振り「実家から送られてきたときからです」と、大事に運ばれてきた心遣いが嬉しかったと熱心に話す。


 アルフォンスはカラフェを取り出すと、ふと思い出したことを質問した。


「ねぇ、マリナ。このカラフェ、水を入れても壊れたりしないの? 王国のガラスは水分に弱いから、普段はあまり使わないだろう?」


「お母様からの手紙には、『この帝国から入ってきたカラフェはかなり長持ちするみたい』と書かれておりました。真偽は定かではありませんが、おそらく問題ないかと存じますわ」


 アルフォンスはマリナの許可を得て、カラフェに土属性の魔力を流し、成分を分析してみた。


「ケイ砂と炭酸ナトリウムは王国のものとほとんど変わらない感じだ。ただ、不明な成分が二、三種類ほど混じっているね。マリナ、ありがとう。とても勉強になったよ」


 マリナは目を丸くして「えっ? もう終わったのですか?」と驚きをあらわにする。


 アルフォンスは侍女に視線を向け、「悪いんだけど、ガラスを多めに用意するように執事さんに伝えてもらえるかな」と、研究用の資材を頼んだ。


 領都(バストリア)への滞在は当初二日の予定だったが、リュミエールの提案で五日まで延長されていた。


 マリナとシグヴァルドは、マリナの魔道具案をまとめるため、グラナートに助言を求めることになっている。一方、アルフォンスとリュミエールは、特設講座の成果物をグラナートに見せ、講座の方向性や工房主たちをどう焚き付けるか相談するつもりだった。


 しかし、アルフォンスたちとグラナートの話し合いは一向に進まなかった。


 特設講座のメモを読み進めるたびに、グラナートは腹を抱えて笑い転げ、いくつか面白そうなネタは内緒にされてしまう。クラウス侯爵子息の〈遡上に役立つ魔道具〉やレーネ男爵令嬢の〈優しく収穫する魔道具〉は中身もしっかりしており、グラナートも感心していた。


 だが、マリナ伯爵令嬢の魔道具案を見た瞬間には、思わず噴き出し「案より先に本人来とるわ」と叫んでしまう。


 アルフォンスは苦笑し、『回収するの、すっかり忘れてたな』と仕方ないことと割り切ることにした。


 グラナートは「すまん、これ全部見るには三日はかかるわ。腹筋は労わらんと」と豪快に笑いながら工房を後にした。アルフォンスとリュミエールは顔を見合わせ、「笑う前提!」とくすくす笑いながら後片付けをする。


 翌日、頼んでおいたガラスが届き、工房に持ち込んで成分分析を始めた。


「ケイ砂と炭酸ナトリウムはカラフェのものと少し感触が違うのは本当みたいだ。あとは不明なものが二、三種類か……ガラスごとに少しバラつきがあるな」


 扉が軽くノックされ、顔を覗かせたリュミエールが「アル、ここにいたのね」と工房に入ってくる。アルフォンスの隣に座り、ガラスの山をじっと見つめた。


「ガラスをお願いしていたけれど、どうしたの?」


「マリナのカラフェがあまりに綺麗で、つい興味が湧いちゃったんだ。王国では緑色の出来で価値が変わるけど、あのカラフェは一線を越えてる気がする」


「ほんと、あのカラフェはとても素敵。マリナに手紙お願いしちゃったの。取り寄せできないか聞きたくて」


「じゃあ、僕がリュミエールに気に入ってもらえるガラスでカラフェを作ってあげるよ」


 リュミエールは頬を染め、はにかみながら「楽しみにしているわ」と微笑むと、熱くなった頬に手をかざし風を当て、「それで、これをどうするの?」と訊ねた。


「そうだね。ガラスの主成分であるケイ素と炭酸ナトリウムは残して、それ以外の不明なものを分離してみようと思う」


 アルフォンスは錬成台に移動して錬金術の準備を始めた。リュミエールも錬成台の椅子に座り、特等席で観察することにしたようだ。


 アルフォンスは錬成台に分離に特化させた錬成陣を展開し、ガラス片を錬成陣に並べていく。心を落ち着かせ『不純物はそこに居なくていいから出ておいで』と想いを込め、静かに魔力を流していくと錬成陣に淡い光が走り、少しずつ分離が進んでいった。


 扉が静かに開き、グラナートが入ってきたが、アルフォンスは分離作業に集中していて気づかない。


 ある程度のガラスが分離され、不純物と思われる不明な物質が集まったところで、グラナートはそれを手に取り、軽くつぶやいた。


「ふむ……これは、酸化鉄だな。鍛冶をしていると、ちょくちょく邪魔してくる厄介者だ」


 アルフォンスはギョッとして振り返り、「びっくりした、グラ……いるならそう言ってよ」と口を尖らせた。


 グラナートは特に気にした風もなく応える。


「居るっていったら、それはそれでびっくりするんだから、どっちも変わらんだろう」


「まぁ、そうなんだけどさ。で、『酸化鉄』って何?」


 グラナートは摘んだ不純物の鉱石を手の上で転がしながら説明する。


「鍛冶をしてると出てくる酸化した鉄だな。鉄を鍛えているのに、脆くしようとする厄介者だ」


 グラナートは、別の不純物を摘みじっと見て「これは、酸化銀、でもってこれは酸化銅だな」と、事も無げに不純物を見抜いていく。


 アルフォンスは首を傾げ、「なんか、みんな酸化してるのばっかりだね」と疑問を口にする。


「まあ、基本的に酸化してるものが多いからな。鍛冶もこいつらを追い出す手順を踏むのが常識ってもんだ」


 不純物には興味を示さず、リュミエールは残されたガラスを摘みながらアルフォンスに声をかけた。


「ねぇアル、こっちに残ったのがガラスの成分なのよね? とっても透き通ってて綺麗よ」


 リュミエールの言葉に、アルフォンスは驚いてガラスを見る。そして、さらに驚いた。


「えっ? ほんとだ、透き通ってる……ってことは、取り出した酸化鉄とかが濁らせてたってこと?」


 アルフォンスが首を傾げると、グラナートは「わしを見ても答えは出てこないぞ」と静かに言った。


「そんなこと知らんし、別に興味もねぇんだ。気になるなら調べりゃいいだろ」


 グラナートは「じゃ、マリナ嬢と約束があるからもう行くぞ」と工房を退室していった。


 アルフォンスは、綺麗になったガラスの一部を侍女に渡し、「公爵様に渡しておいてください」と頼むと、残りのガラスを棚に置き、錬成台を片付けた。


 アルフォンスとリュミエールは工房から併設されているラウンジに移動した。リュミエールは侍女にお茶をお願いし、アルフォンスは棚から乾燥果物を取り出し机に配膳する。


 ティーカップから紅茶の香しい匂いが立ち込めるなかリュミエールがガラスの塊を触りながらアルフォンスに尋ねる。


「ガラスって、どうやって形を作っているのかしら?」


 リュミエールが首を傾げ、指先で表面をそっとなぞった。


「溶かして型に流し込むんじゃないかな?……今度、一緒にガラス工房を見学させてもらう?」


 アルフォンスの提案に、リュミエールは目を瞬かせ――「楽しみですわ」とふわりと笑みを浮かべ、優しく応えた。


アルフォンスの物作りが本編に入れずらくなり、閑話に追い出されました。この「カラフェシリーズ」の目標は「リュミエールに素敵なカラフェを贈ること」なのですが、そこまでに全十話となったので章末に付けて公開を予定しています。


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