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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十一章 動き出す縁、芽吹く想い
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閑話 賢者の報告、未来への布石

 フェルノート王国 王都〈リヴェルナ〉 王宮――。


 控えめながらも威厳を備えた会議室に、ヴァルディス・フェルノート国王、グラディウス・アストレイン宰相、そしてその傍らに宰相補佐官であるジークハルト・マクシミリアンの姿があった。静寂の中に、書類をめくる紙の音や微かな呼吸が響く。


 向かいの席には、大湿地帯から戻った〈賢者〉セレスタン・ヴァリオールが静かに腰を下ろしている。彼の前には、整然とした書類の束が置かれ、整頓された机上に光が反射していた。


 セレスタンは手元の鞄から分厚い報告書の束を取り出し、丁寧に卓上へと並べる。書類が机に触れる音が、会議室の静けさをさらに際立たせる。


「王都へ向かう折に、騎士や魔導士、調薬師らへ声をかけました。報告があれば、私が王宮まで届けますと。すると――予想を超える数が集まりまして」


 淡々と語りつつ、報告書を分類していく。最初に触れたのは薬草に関する報告だった。


「薬草の採集量が、生産需要に追いついていないようです。とりわけミルド村は、既に王国随一の乾燥薬草産地となっておりますが、これ以上の供給を望むなら――採集体制の強化が不可欠でしょう」


 ヴァルディス国王は額に軽く皺を寄せ、深く頷く。


「ふむ……村の規模に比してよく持ちこたえているとは聞いていたが、限界が見え始めているか」


 グラディウス宰相が穏やかに頷く。その横で、補佐官のジークハルトが手元の記録帳に静かに書き留めていた。書き付ける音もまた、静かな緊張感を帯びている。


 セレスタンは次の資料に視線を移し、さらりと告げる。


「また、ミルド村の西を流れる大河については、特段の異変は確認されておりません。これは朗報と言えるでしょう」


 いくつかの確認事項を経て、報告書の読み上げは終わった。セレスタンは一呼吸置き、次いで本題に入ると告げる。


「ここからは、私個人としての観測報告となります」


 穏やかな口調のまま、しかし言葉の重みを増しながら語り出したセレスタン。その視線は、遠く大湿地帯の未踏領域を思い描くように静かに泳ぐ。


 彼が足を運んだのは、大湿地帯のさらに奥――これまで誰の探索も及ばなかった未知の領域だった。


「植生も動物相も一変しており、もはやミルド村側の入り口とは別世界です。探索は世代を跨ぐ長期計画となるでしょう」


 言葉を切り、次の報告へと移る。


「マリーニュ伯爵領北部で異変が起きた折、戦場のさらに奥にて――遺跡らしき構造物が発見されたとの報せを、マリーニュ伯爵から受けました」


 ヴァルディス国王とグラディウス宰相が顔を見合わせる。空気が一瞬だけ張り詰め、報告の重みをそれぞれが噛み締める。


「現地を確認しましたが、確かに遺跡と断じてよいものです。ただし、今は復興が最優先で、調査は手付かずのまま。現状では後回しでも差し支えありません」


 その言葉に、ヴァルディス国王とグラディウス宰相は短く視線を交わす。言外に、戦略的判断と現状優先の方針が瞬時に共有される――静かな、しかし確かな瞬間だった。


「では、優先度は低いと見てよいな」


「ええ。ただし――より深部で、明確な遺跡とは言い難いものの、構造物を思わせる石組みや装飾片を複数発見しております。こちらは後日の再調査が望ましいでしょう」


 質疑応答がひと通り交わされ、セレスタンは新たな報告書を手に取る。ページをめくる音が、室内の静けさに溶け込む。


「そして、極めて重要な点が一点」


 声の調子がわずかに低くなる。その重みが、周囲の空気をひときわ引き締めた。


 報告を一息で締めくくると、セレスタンは表情を和らげ、深呼吸する。まるで、重大な告知を終えたことに安堵するかのようだった。


「本日この場を訪れた主目的は、この大湿地帯内部で確認された遺跡痕跡について、正式な調査隊の編成許可をいただくことにあります」


「……君の目で見て、それに値する価値があると判断したのだな」


 ヴァルディス国王の声音には、揺るぎない信頼が滲んでいた。眉間の皺にも、決意と慎重さが刻まれる。


「本来なら、感応力に優れるアルフォンスを伴いたいところですが……彼は今、学園での課程の最中。すぐというわけにはいきません」


 そして、ふと笑みを浮かべる。その笑みに、軽やかさと同時に、少しの期待が混じっていた。


「偶然にも、大湿地帯で彼と会いました。夏季休暇での帰省途中、レストール家の令嬢と共に訪れていたようで――調薬の相談のためだとか。もともと問題意識を抱えていたところに、絶妙な巡り合わせだったのでしょう」


 グラディウス宰相がわずかに眉を上げる。眼差しに、情報の重みを測る慎重さが浮かんだ。


「瘴気との関連があるのでは、という話も出ています。彼の師であるミレイ殿も、先の王宮での瘴気騒動に関わったと聞いたそうです。宰相、何か心当たりは?」


「現時点で断言はできませんが、調査を進めましょう」


 セレスタンは深く頷き、言葉を重ねる。その背筋の伸びと視線の鋭さが、事態の重大さと自らの責任感を静かに物語っていた。


「ありがとうございます。いずれにせよ、アルフォンスはいずれこの瘴気という問題と深く関わることになるでしょう。先を見据え、王宮の資料を事前に閲覧できる機会を与えるべきだと私は考えます」


 ヴァルディス国王は目を細め、机に軽く手を置きながら、じっと考え込むように沈黙した。その後、ゆっくりと頷いた。


「彼とは先日、お忍びで会った。王宮図書館の話をしたら、目を輝かせていた――まるで子供のようにな。よかろう、特別閲覧の手筈を整えよう」


 セレスタンは軽く頭を下げ、静かに感謝の意を示す。


「感謝いたします。土壌調査の結果を受け取りに来る予定もあります。その折にお声掛けいただければ、顔を出すでしょう」


 グラディウス宰相は書類を手元に揃えながら、短く頷いた。


「そうだな。――君の言う通りだ、先の道筋は整えておくべきだ」


 すべての報告を終え、セレスタンはゆっくりと立ち上がる。その姿に、責務を背負う覚悟と、次なる使命への静かな決意が感じられた。


「では、私はこれより大湿地帯へ戻ります。次に参上する時は――報告ではなく成果を携えて」


 重厚な静けさを残して、椅子を引く音が会議室にひとつだけ響いた。窓の外の陽光が揺れる中、空気にはわずかな余韻が残り、会議の余波が静かに広がった。


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