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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十一章 動き出す縁、芽吹く想い
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第八節 風の帰路、誓いの門出

 秋の気配が街道の木々を淡く染めはじめる中、四騎の馬は落ち着いた速度で長距離を進んでいた。


 馬上にはアルフォンス、シグヴァルド、リュミエール、そしてマリナ伯爵令嬢の姿があった。旅路の終わりが近いというのに、空気は明るく、子どもたちは笑みを交わしながら軽やかに会話している。


 外周を固める五騎の護衛騎士。その内側には、武装の立ち居振る舞いから女性騎士と見紛う侍女二人が、主たちに寄り添うように控えていた。


 そのとき、アルフォンスの瞳が鋭く光る。


「……戦闘陣形。前方に不審な気配。冒険者ギルドで報告のあった盗賊、活動中だ」


 騎士たちは即座に反応し、シグヴァルドが素早く指示を飛ばす。


「突撃陣形。前衛三騎、俺とアルが左右を固める。二騎は中衛で遊撃、侍女はマリナたちの直衛に専念!」


  指示を横目に見ながらアルフォンスは探知の精度を高め状況把握を進め報告する。


「気配は十五。盗賊側が優勢、防衛側は冒険者六名。突撃して構わないか?」


 シグヴァルドは「許可する。……行け!」と、指示の実行を伝える。


 陣形が整う前に、前衛の騎士、アルフォンス、シグヴァルドが風のように飛び出した。疾駆する先陣の騎士三騎は矢のように敵陣を突き刺し、その衝撃は盗賊にとって悪夢以外の何ものでもなかった。


 瞬く間の蹂躙――数分のうちに、戦場には圧倒的な支配が広がる。


「……公爵家の騎士だと?」


 逃げ惑う盗賊の一人が、息を呑むように呟く。


 戦闘は一方的で、戦闘支援の魔法を使う暇すらない。たった三騎の連携が寸分の狂いもなく、敵を完全に制圧していた。


「殲滅完了」


 シグヴァルドは少し物足りなさそうに息を吐く。アルフォンスは馬上から軽く頷き、近くの冒険者へと馬を寄せポーションを渡しながら声を掛ける。


「伯爵領所属の冒険者、アルフォンスです。状況を確認します。負傷者は?」


 冒険者のリーダーと思われる男性がアルフォンスの問いに答える。


「三名、軽傷ですが、このポーションは風印の……」


 アルフォンスは気にもとめず「使ってください」と伝え、所在なげに立ち竦んでいたやや年嵩の商人風の男に顔を向け「そちらは?」と、問いかける。


「きゅ、救援依頼なんて出してないぞ! なんだ、その押し売りみたいな態度は!」


 商人と思われる男が文句を口にするが、アルフォンスは淡々と忠告する。


「心象悪くなりますよ?  僕が冒険者を名乗れるから話しているだけで、どう見ても騎士団でしょう」


 男が周囲を見渡すと、控える騎士たちの無言の威圧に、瞬く間に顔色を失った。


「……失礼しました」


 アルフォンスは「まぁ、及第点ギリギリってところですね」と評価し、冒険者たちに視線を移す。


「後処理はお任せします。シグ、行こう」


 騎馬の一団は風を切り、街道を駆け抜けていく。


 その後方に取り残された商人に、冒険者のリーダー青ざめた表情で話し掛ける。


「ま、マジでやばかったぞ。風印の錬金術師に楯突くとか、ありえないぞ……」


「しかもあの騎士たち、公爵家の騎士団だよな。まさか、シグって呼んでたのは、三男のシグヴァルド様ということか――」


 ざわめきが残る中、アルフォンスたちは領都(バストリア)の門へと帰還していった。


 領都(バストリア)の門をくぐると、街の人々がすぐに気づき、笑顔で声援を送ってきた。アルフォンスは手を軽く振りながら、胸の奥に静かな感情を抱く。


 不思議だ――帰ってきたと、そう思える場所。

 こうして守りたいという想いが、少しずつ、自分の中で育っていく。


 公爵邸(マナーハウス)に戻り、旅装を解いて湯へと向かう。湯殿でシグヴァルドが、ふいに真剣な顔をして口を開いた。


「俺、マリナと一緒にいると、落ち着くんだ。でも、どこか焦る――」


「その気持ち、言葉にしてみたら?」


 短い沈黙ののち「……分かった」と呟き、シグヴァルドの表情が少し和らぐ。


「そこから先は、今じゃなくてもいいよ」


「はぁ? 言葉にしろって言ったくせに!」


 口を尖らせてそっぽを向く彼に、アルフォンスは吹き出した。


「その顔、久しぶりだな」


 心から楽しそうに笑う。その笑顔に、シグヴァルドもようやく肩の力を抜いた。アルフォンスは、シグヴァルドに良い機会とゼルガード公爵の思惑を伝えることにした。


「公爵様、たぶんシグの婚約者を決めようとしてる。あくまで想像だけどね」


 シグヴァルドは目を細め「そういうことか」と呟き、目を瞑り思いふける。


 しばらく湯船で温まり、湯から上がったシグヴァルドは一度自室へ向かい、アルフォンスはラウンジで冷却保管箱に乾燥果物を仕舞っていた。部屋には柔らかな午後の光が差し込み、静かな空気が漂っている。


 軽く扉をノックする音と共にリュミエールが入室した。アルフォンスは顔を向け、低めの声で告げる。


「シグ、自覚したみたいだ」


 リュミエールは小さく肩を竦め、微笑みを浮かべた。


「こっちは、公爵様に呼ばれてたわ」


 互いにくすくすと笑いながら、湯気の立つティーポットを囲んでお茶の準備を進める。その静かな時間を切り裂くように、ゼルガード公爵とマリナ伯爵令嬢が入室し、ソファに腰掛けて軽く談笑した。


 少し遅れて、マティルダ公爵夫人が入室し、皆と挨拶を交わす。そのとき、最後に姿を現したシグヴァルドを見て、ゼルガード公爵がゆっくりと口を開いた。


「シグヴァルド。婚約者が決まった」


 眉をひとつ上げるシグヴァルド。その横でアルフォンスは目を見開き、思わず声を漏らした。


「えっ!? シグに婚約者!? 先、越された!」


 リュミエールは笑いを堪えきれず爆笑し、マリナ伯爵令嬢もつられて笑う。シグヴァルドは軽く頭を抱え、照れくさそうに肩をすくめる。


 やがてシグヴァルドは目を伏せず、父に向き直った。


「マリナと婚約したい。これからも、ずっと隣にいたいんだ」


 その言葉に、ゼルガード公爵は一瞬目を見開き、次いで静かに頷く。


「誇らしく思う。自らの意志で、心を託せる伴侶も友も得たこと。それこそ、公爵家の誇りだ」


 シグヴァルドの瞳は揺るがず、まっすぐ父を見据える。


「父上と母上を見て育ったのですよ。苦難を共にし、心を通わせる姿――僕もそうありたいと思った」


 その瞬間、マティルダ公爵夫人は感極まったように息子を抱きしめ、柔らかな手で頭をぐりぐりと撫でた。部屋の空気は、幸福と温かさで満たされる。


 アルフォンスは少し距離を取りつつも、真面目な顔で声をかけた。


「シグ、本当におめでとう」


 リュミエールも微笑みを浮かべ、マリナとシグヴァルドに向かって優しく言葉を紡ぐ。


「マリナ、シグ。心からおめでとう。これからも家族ぐるみで仲良くしてね」


 その柔らかな祝福の言葉に、シグヴァルドは首を傾げ、少し戸惑った表情を見せた。


「えっ? いつの間に両家になったんだ?」


 アルフォンスはその様子に微笑を漏らし、リュミエールも小さく肩を震わせて笑う。部屋中に、静かな笑いと温かい空気が広がっていった。


 皆が笑い合う中、ゼルガード公爵はソファに腰を沈め、口元に微かな笑みを浮かべながら小さく呟いた。


「……全部、持っていかれた」


 隣に座っていたマティルダ公爵夫人は肩を震わせ、声を抑えながら笑う。


「いきなり婚約者びっくり大作戦、でしたか?」


 ゼルガード公爵は軽く頭をかき、吐息まじりに応じる。


「それなりに構想も練って、タイミングも狙っていたんだが……まさか、全部まとめて先手を打たれるとは」


 笑いながらも、目は少し誇らしげに光る。


「だが、これだけは認めざるを得ない。こんな素敵な娘が嫁に来てくれるなら、文句などあるものか」


 マティルダ公爵夫人がにこりと微笑む。


「誇り高く、気高く、そしてちゃんと公爵家の若君を叱れる娘よ?」


「ああ、メリットしかないな。ぐぬぬ――」


 最後の呻き声に、また笑いが広がる。部屋の空気は温かく、くすぐったいほどに柔らかい。


 こうして、笑いと祝福の渦の中で、シグヴァルドとマリナの新たな一歩が、静かに、しかし確かに踏み出された。


 その頃、マリーニュ伯爵領都にある男爵邸――。


 応接間には、香り立つお茶と静かな光が満ちていた。初秋の陽が窓辺のカーテンを淡く照らし、室内に柔らかな影を落とす。ティアーヌとエリシア男爵夫人は、揃ってティーカップを手に取り、穏やかな笑みを交わしていた。


「エリシア、アルがね、とうとう心を決めたみたい。リュミエールと生きていきたいんですって。はぁ、子どもの成長って、本当に早いわ」


 ティアーヌの声には、誇らしさと少しの感慨が混じる。手元のティーカップの湯気が、ゆるやかな午後の空気に溶けていく。


「まぁまぁ、それは嬉しい知らせね。ふふ、セラリアお義姉さんにも早く知らせなくちゃ」


 エリシアも笑みを深め、窓の外の街路を流れる陽光を眺めた。子どもたちの成長や、縁の不思議さに思いを巡らせているようだった。


「まぁ、婚姻は卒業後になるから、今のところは婚約ね。マクシミリアン公にお願いすれば、きっとすぐに許可も下りるでしょう」


 ティアーヌはそっとティーカップをテーブルに置き、香りを楽しみながら微笑む。心の中に、祝福と期待が静かに膨らむのを感じた。


「それにしても、あの子、どうしてあんなに引きが強いのかしらねぇ」


 ふたりは目を合わせ、くすりと笑う。互いの笑みに、未来に控える希望や喜びの欠片が軽やかに交わされた瞬間だった。


 静かな午後のひととき――。未来へと続くひとつの節目が、当人たちの知らぬところで、そっと、しかし確かに動き始めていた。


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