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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十一章 動き出す縁、芽吹く想い
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第七節 帰る場所、変わらぬ温もり

 大湿地帯での滞在を終え、アルフォンスたちは多くの騎士や調薬師たちに見送られながら、ミルド村への帰路についた。再会を果たしたセレスタンは、あの日のうちにすでに発っており、今ごろは村に着いているだろう。


 帰り道は行きよりも歩調が揃い、余裕が感じられた。道すがら薬草を採集し、森で小動物を狩って夕食の食材を確保する――それぞれの表情には充実した色が宿っている。


 やがて、懐かしい村の景色が見え始めた。馴染みの馬たちは鼻を鳴らし、馬房の奥からは嬉しそうな嘶きが響いた。


 すぐにミレイ婆さんのもとを訪れ、無事の帰還を報告する。大湿地帯で得た知見を語りながら、心づくしの夕食に舌鼓を打つ。温かな料理の香りが旅の疲れを静かにほぐしていった。


 宿に戻り身支度を整えると、自然と全員がラウンジに集まった。和やかな談笑の後、アルフォンスが口を開く。


「さて、明日からは帰路に入る。まず領都へ戻って二日滞在、その後は公爵領で二日滞在、そして王都へ。騎乗で進める予定だが、変更希望があれば聞くよ」


 リュミエールが軽く手を挙げる。


「公爵邸での滞在、少し延ばせないかしら? 予定通りなら数日余裕があるの。王都のタウンハウスで休んでもいいけど、きっとグラナートさん、首を長くして待っていると思うの」


 アルフォンスは笑みを浮かべた。


「確かに。特設講座の資料もせっかく持ってきたのに、滞在が短くて話す時間が少ないのはもったいないね」


 シグヴァルドも話に加わる。


「そうだ、マリナはグラナートにまだ会ってないし、例の魔道具の案も相談してみたらどうだ? 実家でも役立つだろうし」


「えっ、でもそれって私の個人的なことですよね?」


「いやいや、役に立てば資産になる。俺も手伝う」


 アルフォンスとリュミエールは黙って見守る。視線で互いの考えを確認し、アルフォンスが静かに加わった。


「グラに相談するのは大いにアリだよ。だってシグなんて、冷たい飲み物をいつでも欲しいって言いだすから冷却保管箱作らされ、暑すぎるからって魔導冷風機まで作らされたんだ。相談なんて軽い軽い」


 リュミエールの肩が小さく震えたが、アルフォンスは気づかぬふりをした。


 顔を赤らめたシグヴァルドが「おい、それをここで言うか」と声を荒らげるが、横でマリナ伯爵令嬢はクスクス笑いながらシグヴァルドを見つめる。


「それじゃあ、お願いしようかな。シグ、手伝ってくれるんでしょう?」


「ああ、もちろん!」


 短いやりとりの中に、確かな信頼と互いの安心感が感じられた。表情は皆、晴れやかで、旅の疲れも忘れさせる温かい時間だった。


 翌朝の早い時間――。


 アルフォンスたちは村長とミレイ婆さんに見送られながら、領都(ヴァレオル)へ向けて馬を進めた。魔道具の件については「グラナートに相談する」という方針だけ決め、細かい内容は公爵領に戻ってから話し合うことにした。


 途中の休憩で、リュミエールは同行していた騎士と侍女を呼び寄せる。


「マリナたちの件は、伯爵家には報告しなくて大丈夫。公爵家への報告もできれば時期をずらしてほしいの」


 正式な権限はないが、事情を知る彼らにとって、この頼みはすぐに意味が理解できた。リュミエールは微笑みを添え、家令も巻き込むことを簡潔に告げる。


「公爵様には、私から直接報告します。そのときにうまく立ち回れるよう、家令にも話しておきます」


 騎士と侍女は頷き、了承の意を示した。再び馬を進め、夕刻前には領都(ヴァレオル)の門が視界に入った。


 まずは伯爵邸(マナーハウス)へ赴き、帰還の報告と、セレスタンとの合流、王都(リヴェルナ)での資料受け取りの段取りを伝える。用件を終えた四人は、軽やかな足取りで男爵邸へと向かった。


 晩餐を終えると、アルフォンスたちは工房へ移動し行動予定のすり合わせを行った。リュミエールはマリナ伯爵令嬢に向かい、朗らかに宣言した。


「マリナ、この二日間は双子と遊び倒すから、覚悟しておいて!」


 あまりに堂々とした言葉に、場が笑いに包まれる。お茶を飲みつつ、他愛ない話に花を咲かせた後、アルフォンスは実家へ、シグヴァルドは伯爵邸へと戻っていった。


 本当に二日間、リュミエールとマリナ伯爵令嬢は双子と全力で遊び尽くす。旅の土産話や即興の魔法実演、模擬戦の披露まで。母ティアーヌは終始穏やかな笑みを浮かべ、二人の様子を見守りながら、ときおり談笑していた。


 やがて、領都(ヴァレオル)を離れる日が訪れる。支度を終えたアルフォンスに、母ティアーヌが静かに声をかけた。


「リュミエールとのこと、どう考えているの?」


 唐突な問いに、しばし沈黙が流れる。アルフォンスはゆっくり口を開いた。


「前は、平民と貴族じゃ無理だと思ってた。でも、ある程度の暮らしなら、ポーションと魔道具の収入でやっていけると気づいたんだ」


 リュミエールが身分にこだわらないなら、それでいい。だが、努力で貴族になれるなら、挑んでみたいとも思った。


「まだ貴族って何なのか、ちゃんとは分かってない。でも、リサリア・ノルド子爵令嬢から聞いた西の大河周辺の話。あそこに食い込めたら、在地貴族の上位貴族だって夢じゃない気がしてる」


「気づけば僕は、国王陛下や公爵様、領主の伯爵様に本当に良くしてもらっている」


 だからこそ、リュミエールとの未来を考えたとき、彼らに協力を願える立場に自分がいるのではないかと感じた。


「僕は、リュミィとずっと一緒に歩んでいきたい。もう、それ以外の未来は望んでいない。自覚してる。高望みとは思ってない。でも、母さんはどう思う?」


 ティアーヌは優しく息子を抱き寄せた。


「人を好きになるのに、高いも低いもないわ。リュミエールは、ちゃんとあなたを選んでいるのよ」


 そして、真っすぐな瞳で続ける。


「リュミエールが何を望んでいるのか。何を一緒に越えていけるのか。これから歩いていくために、何をしなければならないのか――ちゃんと話し合いなさい」


 その言葉を受け、アルフォンスは静かに『リュミィと話をしよう』と、心に決めた。


 ティアーヌはしばらく黙って息子を見送り、心の奥で微笑む。


「子どもが大きくなるのは、早いものね」


 視線の先に立つのは、もう幼い手を引く必要のない青年だった。好きな人に『好き』と言える勇気を持ち、未来を築こうとしている。


「本当に、いい子に巡り会えたわ。本来なら、関わることのないはずだったのに」


 そして心の奥に、別の想いがよぎる。もし、ミレーユやレグルスがもう少し大きくなったら。いや、今でもきっと伝えられるだろう。


「あの子たちには教えてあげないと。あなたたちが生まれたから、お兄さんは運命の人と出会えたのよって」


 ふっと微笑みを浮かべ、そっと一人の名を呼んだ。


「エリシア。前々から話してた婚約の件、進めても大丈夫みたいよ」


 アルフォンスは、想いを言葉にした――その言葉は、心の中で温めていた想いを現実へと押し出し、行動に変えていく力となるのだった。


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