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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十章 否定なき風、共鳴の道
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第五節 揺る水面、即席のお茶会

 昼下がりの中庭。テーブルに軽食を並べて、アルフォンスとリュミエールはゆったりとした時間を過ごしていた。


「このパン、こないだ食べたものより香りが強い気がするわ」


「焼き直しのタイミングなのかも。たぶん、今朝の二番窯で焼いたんだよ」


 そんな何気ない会話に割って入るように、姿勢良く歩いてきた少女が声をかけてきた。


「ごきげんよう、アルフォンスさん、リュミエールさん」


 リサリア・ノルド子爵令嬢。講座に顔を出している彼女の表情は、どこか真剣なものだった。


「少し、午後のお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


 二人は視線を交わし、アルフォンスが頷いた。


「マナーと王国史の課程は修了してるから、午後は空いてます。大丈夫ですよ」


 場所を少し悩んだ末に、三人は学院近くのマクシミリアン公爵邸(タウンハウス)へ移動することにした。天気も良かったので、庭園のテラスに腰を下ろす。


 湯気の立つ紅茶を前に、リサリア子爵令嬢は切り出す。


「西方探索の件ですが、アルフォンスさんが発見した大河、覚えていらっしゃいますよね?」


「もちろん。あれはとんでもないスケールだった。名前、もうついたのかな」


「非公式ながら、いくつか候補が出ているようです。探索隊の中では〈セトリアナ第二水系〉なんて呼ばれたりもしていますわ」


「ふふ、それじゃまるで弟分ね」


 とリュミエールが微笑む。リサリア子爵令嬢も少し笑い、話を戻す。


「いま進められている西方探索なのですが、海岸線沿いの探索がメインというか限界となってますの。それでも、大河の遡上、つまり、内陸の調査もいずれ必要になりますわ」


「それはもう始まってるの?」


「まだですの。地理的にあまりに飛び地すぎるため、在地貴族家で支援や管理を行えないことが分かっております。故に、棚上げとなっているようですわ。でも――」


 リサリア子爵令嬢の声が少しだけ低くなった。


「遡上を諦める選択肢は、王宮も探索隊もありませんの。問題はどう遡るか。遡上方法が確立されていないのですわ」


 アルフォンスは「なるほど」と、相槌を打ちつつ考える。


「河川の遡上という点は、馬など補助獣や魔道具による補助が実績もあり有力視されています。ただ、未開地では実績もなく危惧されていることも事実なのです」


 現状の問題点を整理して話すあたりは、リサリア子爵令嬢らしいなと思いながら話を聞く。


「船単体ですと、帆船にしろ外輪船にしろ元々遡上に向いてはいないため決定打に欠けていますの。状況によっては、専用の船を設計・建造する必要が出てくると見られていますわ」


「でも、新設計も新造もまだ〈可能性〉の選択肢でしょ?」


 アルフォンスが、やや慎重な声音で問い返すと、リサリア子爵令嬢は素直に頷いた。


「はい。その通りです。ですが建造には時間がかかるため、準備段階から関与してくれる人材がどうしても必要なんです」


「わかりました。話の要点はつかめたと思います。ただ、今の段階で船の設計に入るのは早計かもしれません。手段に目を向けすぎて、問題の本質を見誤る可能性があるので」


 アルフォンスは即答を避けて検討する時間を確保する。


「問題の本質、ですか?」


「うん。地形、流速、補助手段、運搬する荷重、使う人員……全部含めて、何が一番足を引っ張っているのかを整理しないと、何を解決すべきかも見えてこない」


「なるほど。さすがですわね」


 アルフォンスは少し考えるように視線を空に向けたあと、改めてリサリア子爵令嬢を見た。


「考える時間をください。そのうえで、いくつか調べたいこともあります」


 リサリア子爵令嬢の表情に、ようやくほんの少しの安堵が浮かぶ。


 その横で、リュミエールがふっと微笑む。


「じゃあ、仮に船を作るとして、どこから作るのかしら。設計図? それとも――」


「その前に、上流に何があるか、かもね」


 アルフォンスの言葉に、二人の視線が自然と集まる。


 会話がひと段落すると、リュミエールが軽やかにティーカップを傾けながら、少し身を乗り出した。


「そういえば、リサリアさん。講座のときに持っていたペン、少し変わった装飾でしたよね? あれ、どこのものでしょう?」


「あら、気づかれました? あれはノルド領の工芸師に頼んだ特注品なんです。握ったときの重心と、滑り止めの加工が少し工夫されています」


 興味を持ったリュミエールが目を輝かせる。そこから、ノルド家の領内にある工房や、魔道具と工芸の融合の話題へと自然に会話が流れはじめた。


 知識と美意識の近さが会話を加速させていく。


 アルフォンスはその様子を横目に見つつ、ティーカップのふちに指を添えたまま、静かに思考を巡らせていた。


 『なんだろう、この違和感』


 船、遡上、地理的制約。論点は明確だった。だが、その奥に何か、曖昧な穴のような感覚が残っている。


 焦りはしていないが、完全な輪郭を捉えきれないもどかしさ。だが、あえてその感覚を押し切るような真似はせず、アルフォンスは思考をゆるやかに漂わせる。


 『即席のお茶会ってところか』


 風がテラスの草花を揺らし、午後の陽射しがテーブルを照らしていた。紅茶の香り、談笑、そして自分の中で形になりきらない違和感。


 静かな時間の中で、思考だけが静かに、深く潜っていく。


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