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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十章 否定なき風、共鳴の道
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第四節 知識合わせ、ブリーフィング

 朝の空気は、ひときわ澄んでいた。指定された教室に足を踏み入れたアルフォンスは、手に持った木箱を机の上へそっと置く。


 特設講座、二回目。けれど、本当の意味では、ここからが始まりだ。


 箱の蓋を開けると、中にはいくつかの魔道具と、それに付随する説明用の資料。さらに、人数分のメモ用紙とペンが入っている。ひとつずつ取り出し、机の上に丁寧に並べていく。


『こうしておけば、手に取りやすいし、見た目も整う』


 小さく呟きながら、配置を微調整する手つきは、まるで開店前の店主のようだった。軽やかなノックと共に扉が開く。


「アル、記念すべき第一回ですわね」


 入ってきたのは、白金の髪を結い上げたリュミエールだ。今日も凛とした立ち姿に、どこか嬉しげな光を宿している。


「いらっしゃいませ。当店、初のお客様です」


「まあ、それは特別扱いをしていただかなくては」


 くすりと笑い合い、二人で魔道具を並べ、紙とペンを人数分用意する。机の端には、概論書から抜き出した魔道具の基礎資料も添えた。


「なんかさ、二人のお店に来たみたいだな」


 声の主は、金髪の少年シグヴァルドだ。数人の仲間を引き連れ、軽快な足取りで入ってくる。


「残念ながら、一番乗りは私ですわ」


 リュミエールが柔らかく返し、アルフォンスは笑いながら紙とペンを渡していった。開始時間を前に、十二の席がすべて埋まる。


「分からない人いない感じかな?」


 全員の頷きが返る。それは「大丈夫」という意思と、これから始まる時間への静かな期待だった。


「僕も、名前を覚える努力はするよ」


 軽く苦笑してから、アルフォンスは教室を見渡す。


「最初に、知識のスタート地点を揃えたいんだ。錬金術は、僕が実際に読んで試し、積み上げてきたもの。全部できなくても知っておくだけで会話がぐっと楽になる」


 視線を資料に落としながら続ける。


「魔道具は、グラ……グラナートさんに教わったり、概論シリーズを読んで得た知識だ。やっぱり基礎はあると助かる」


 全員の視線が自然と資料に向かう。


 アルフォンスは抜粋して作成した資料を手に取り、事例を示しながら錬金術や魔道具について話しやすくする土壌を作っていく。


 錬金術も魔道具も、その中核に魔法陣という存在がある。魔法陣はさまざまな事象を図として形作り、互いに繋がりながら意味を持たせていく。定型的な部分はあるが、発想の塊という側面が強い。


 錬金術では用途に応じてこれを『錬成陣』と呼んでいるし、魔道具では基盤に描く図の意味合いが強いことから『陣図』と呼ばれている。


「さて、ようやくスタート地点、かな」


 笑みを含んだ声で告げる。


「まず、魔道具の話はブリーフィング形式で進めてみようと思う」


「ブリーフィング?」と誰かが小さく反応する。


「意見を出し合う場だよ。ルールは一つ――人の意見を否定しない」


 はっきりと告げると、数人が頷いた。


「違う意見は、その人の視点であって間違いじゃない。例えば僕とグラだって、方針が一致するとは限らない」


 ふと思い出して口元が緩む。


「完全に一致したのは『温度制御は付けよう』ってやつくらい。冷えすぎて失敗したあの時のやつね」


 小さな笑いがもれる。


「グラは『冷えすぎなら料理長に任せればいい』って丸投げしてたな。失敗もまた単なる一面でしかない。違う側面から見たら成功になる例だね」


 場が和らぎ、表情もほころんでいく。


「意見が割れるのは、目指す〈機能〉が違うだけと言うのが多い。だから今日は、その目的を整理して、どんな道具があったらいいか自由に話そう」


 アルフォンスは机を示す。


「これは一般的な魔道具のサンプル。あの紙束は実在する魔道具の資料。気になるものがあれば、〈どう感じるか〉を話してみて」


 最初は戸惑い気味だったが、アルフォンスが場を任せると、ぽつぽつと声が上がる。最初こそ戸惑いの色が浮かんでいた教室だが、アルフォンスが一歩引いたように場を任せると、ちらほらと声が上がり始めた。


「あの、うちにある調理用の火加減制御具、温度が安定しなくて。真ん中が焦げるんです。すぐに」


「あー、それ分かる。うちのもたまに機嫌悪くなる。火石の入れ替えしたばっかでも、なんかムラ出るんだよね」


「結局、使う前にちょっと叩くと直るのよっておかしくない?」


 皆が小さく笑う。そういう〈あるある〉の共有は、不思議と場を和ませる。


「私は、あれ。ほら、果実を収穫するための魔道具。あれ、もうちょっと果実を優しく扱ってほしいのよ。いちいちキズがつくのよね、皮の薄いのだと」


「それ、うちも母さん怒ってたよ。『取るのは楽だけど、食べるとこ減る』って」


「もしかして、魔道具的に『外れた=収穫』って判定になってて、その先の保持までは設計されてないのかな」


 少しずつ、教室の空気が「講座」というよりも「談話」に近づいていく。


 皆が、自分の生活と繋がった〈リアルな不満〉をぽつぽつと口にしていく。


「家の入口の灯りのやつ、点くタイミング遅いのよ。夜に帰ってきたら、ドア探してる間はまだ真っ暗」


「うちのは逆で、昼でも点く。おじいちゃんが改造したら、逆に感度良くなりすぎて……あれ、近づくだけで『眩しっ!』ってなるの」


「それもう防犯灯じゃなくて威嚇灯じゃない?」


 クスクスとした笑いの合間に、アルフォンスが穏やかに言葉を挟む。


「今みたいな話がすごく大事なんだ。ブリーフィングって、結論を出す場所じゃなくて、気づきを並べていく場。今みたいに『ちょっと困ってる』って声から、新しい工夫が出てくることもあるから」


 紙に何かを書き込みながら、リュミエールが言う。


「果実を優しく扱う。単純だけど、実は技術が要るかもしれませんね。果実が柔らかいって、どう定義するか」


「やわらかいって、圧力かけたときに変形するかどうか?」


「じゃあその感度をどう測る? 圧力センサー付き魔道具?」


「でも、そうなるとコストが上がりそう」


「簡易版の力加減ができるツメとか? それなら小規模農家でも使えそうだよね」


 誰かの一言が、別の誰かの視点と結びつき、新しい枝を伸ばしていく。


 笑いと意見が交差するうち、空気がほどよく温まりきったところで、アルフォンスが手元のペンを置いて口を開いた。


「うん、すごくいい雰囲気。今みたいな話がどんどん出るのが、今日やりたかったことなんだ」


 机に軽く手を置き、皆に視線を向ける。


「じゃあ今出た中で、一人一つ、気になったテーマを選んでみよう。面白そうでも切実そうでも簡単そうでもいい」


 数人が顔を見合わせたあと、メモにさらさらと書き始める者もいれば、小さく「うーん」と唸りながら考え込む者もいる。


「意見が重なっても構わないし、『これは自分がやってみたい』ってものを選ぶ感じでいい」


「ブリーフィングって、たくさんの枝を広げたあとで、それぞれが『どの枝を登ってみたいか』を探す段階に入ると、ぐっと前に進むよ」


 各々が気になった魔道具や話題について、自然とグループになって語り合い始めていた。紙に熱心に図を書き始める者もいれば、机を挟んで言葉を交わす者たちもいる。


 アルフォンスはその様子を、黙って見守っていた。会話の断片が次々と耳に届く中で、彼の表情には穏やかな満足が浮かんでいた。


 やがて、教室の壁掛け時計が、そろそろ終わりの時間が近づいていることを告げる。


「そろそろ、今日はここまでにしようか」


 まだ話し足りなさそうな空気の中、アルフォンスは言う。


「それぞれ、気になる話題や、メモに残したことがあったと思います。持って帰って問題ありません。できれば、なくさない方がいいけど……まぁ、なくしちゃっても、覚えていれば復元できます」


 クスリと小さな笑いがもれる。


「思い出せなくても、また誰かと話してる間に心に残ってたものなら、どこかでまた顔を出してくると思います」


「それって、たぶん、その人にとって意味のあるものなんだろうなって思います」


 メモ帳を閉じながら、数人がうなずく。


「同じメモを持ち帰りたいと思ったら話し合って複写してもいいです。あと、授業時間外でも、たとえばベンチとか、カフェテラスとか時間が合えば、どこでだってブリーフィングはできます」


 その言葉に、どこか嬉しそうな反応が返る。


「気軽に、肩の力を抜いて。今日みたいに、話すところから始まります。でも、唯一のルールは、ちゃんと覚えておいてくださいね」


 アルフォンスはやわらかく、けれど少しだけ真剣な目で言う。


「人の意見は、否定しない。否定の言葉で時間を使うより想いを伝える方に使いましょう」


 教室に、一瞬の静けさが流れたあと、またふわりとした空気が戻ってきた。


 大げさでも命令でもない、その一言が、今日という講座の背骨になっていたのを、皆が自然に感じ取っていた。


 リュミエールがアルフォンスの袖口をツンツンと軽く引き連絡事項を思い出させる。


「そうそう、予定を伝えておかないと。前期は魔道具そのものを考える時間と考えている。これは、『魔道具は使うもの』という意識を変化させたい」


「中期は、作りたい、作ってみたいといった我儘を考えていきたい。えっ? 夢の方がいいのか。では、夢を語り合っていきたいと思います」


「後期は、それらで具現化できそうなものを作ってみようと考えてる。もちろん、みんなは魔道具師ではないから出来ることをして、魔道具師の力を借りようかなと。案は考えてるのでおいおい伝えます」


 一年は長いようで短い。


 それでも魔道具と向き合っていくというのは楽しいかもしれない。参加者はどんなものを実現できたら楽しいか考え始めていた。


特設講座参加者リスト

講師 アルフォンス

補助 リュミエール・マリーニュ男爵令嬢

三年生

 シグヴァルド・マキシミリアン公爵子息(三男)

 クラウス・アルデン侯爵子息(次男)

 ユリシーズ・フェルマント伯爵子息(長男)

 マリナ・レストール伯爵令嬢(長女)

 セリア・ノアール男爵令嬢(三女)

二年生

 テオ・ランザック伯爵子息(三男)

 ディルク・ハウザー子爵子息(長男)

 レーネ・ブリスティア男爵令嬢(長女)

一年生

 ヴェルナー・アスグレイヴ侯爵子息(次男)

 リサリア・ノルド子爵令嬢(長女)

 セオドア・リンドロウ子爵子息(長男)

 ノーラ・ティルベリ男爵令嬢(長女)

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