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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十章 否定なき風、共鳴の道
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第三節 授業の選択、共鳴の風

 アルフォンスは、受ける授業の選択表を前に、しばし眉間に深い皺を寄せていた。王立学園に通うことなど、当初はまったく視野に入れていなかったため、基本的な情報すら持っていない。


「座学はとりあえず全部受けよう。自分の足りない部分も見えるだろうし」


 武術は剣術・槍術・弓術・格闘術から選ぶ形式で、アルフォンスは迷わず剣術に印をつける。魔法は属性ごとの選択となるため、自身の主軸である〈風〉属性を選んだ。


「リュミィ、馬術ってどうする?」


 問いかけながらも、答えはおおよそ見えていた。リュミエールは小首を傾げ、問い返してきた。


「本格的に騎乗戦をするなら必要だけど……いります?」


「……他を優先する」


 そこで話は終わるかと思えば、リュミエールがさらりと付け加える。


「タウンハウスの馬場で乗るくらいかしら。私は、連れてきた相棒(リトル)に乗るわ」


「あの子、リュミィのこと大好きだよね。馬体も大きいし体力あるし脚も強い。そして何よりとても賢い」


アルフォンスは「俺にも、ああいう相棒(リトル)みたいな馬が来てくれたらいいな」と、呟きながら自然と笑みがこぼれる。


 アルフォンスは引き続きリュミエールに「武術は?」と、尋ねる。


「剣術にするわ。短剣あたりがいいかなと思ってるの。アルは小剣よね?」


「うん。使い慣れてる長さだし、しっくりくる」


 大まかな授業に目星がついたところで、リュミエールがお茶を淹れて一息つく。


「実技授業は、担当の教師たちに相談した方がいいと思ってる」


 アルフォンスの言葉に、リュミエールが首を傾げ、「実力的な意味で?」と確認をしてくる。


「増長するつもりはないけど、あの実戦を抜けてきた身だ。普通の学生と同じ扱いは、ちょっと違う気がする。全力出せば授業にならないと思わない?」


「確かに。私も魔法をかなり自由に使ってきたし。授業を邪魔しかねないわね」


 翌日、二人は実技担当の教師のもとへ向かった。


「そうは言っても、君たち十二歳だろう?」


 半ば呆れ顔の教師に、アルフォンスは静かに返す。


「まぁ、そう思うのも当然です。でも運動場で、お手合わせをお願いできますか」


 しぶしぶ応じた剣術教師とともに運動場へ出ると、三年で自主鍛錬していた生徒たちが、物珍しげに視線を向けてくる。


「まずは武術を。剣術でお願いします」


 そうして始まった模擬戦だったが、開始早々、様子がおかしい。剣術教師は、顔を引き攣らせながらも反撃の糸口をつかめず、防戦一方だ。


 生徒であるアルフォンスが、明らかに手加減している。それすら見抜けずに追い詰められているのだから無理もない。


「先生、どう思います?」


 剣術教師は額に汗をにじませ、息を整えようとしながら木剣を下げた。


「十二歳でこれか。錬金術師なんだろ? 戦闘職でもないのに、基礎ができている上に実戦で鍛えられ過ぎている。通常授業のカリキュラムは何の役にも立たないな」


 武術の模擬戦は終了となった。魔法担当の教師はすでに青ざめていた。


「リュミィ、魔法は見せるだけにしようか」


「そうね」


 周囲に声をかけ、安全な場所まで離れるよう促す。風魔法による支援を加えた、リュミエールの炎爆魔法を展開することにした。


「使い勝手が良くて多用してた、あの炎爆に僕の風を乗せる形でいいと思うけど」


「いいけど……あれ、けっこう派手よ?」


 リュミエールが魔力を集中し、炎爆魔法を発動。そこにアルフォンスの風が流れ込む。炎は爆発的な勢いで膨張し、広範囲に熱気と光をもたらす。炎爆魔法は制御されたまま、見事に着地した。


 教師たちも、生徒たちも、言葉を失っていた。


 魔法教師が「王都に、以前こんな噂が流れた時期がある」と、低く呟く。


「公爵領の異変では〈王国の盾〉と共に戦った少年と少女がいたと。まさかと思っていたが、目の前で見せられると信じざるを得ない」


 そして魔法教師は静かに頭を下げた。


「十二歳でこれだけの力、授業じゃその先を教えられない。君たちを、心から尊敬する」


 生徒たちは息を呑み、二人をただ見つめた。それは『新入生』ではなく、何かを背負って帰ってきた者への視線だった。


『やっぱり、戦場で連発してたあれ、周りの騎士たちも呆れてたんだな』


 アルフォンスが少しだけ苦笑しながら考え込んでいると、魔法教師が声をかけてきた。


 リュミエールが丁寧に説明し、ついでに双子に見せた三属性混合のお遊び魔法も披露する。


「これは授業では無理ですね。学園長に相談してきます」


 そう言い残し、魔法教師は足早に教員室へ戻っていった。


 残った生徒たちがワイワイと集まり、興味津々で二人に話しかけてくる。


 自然と鍛錬が始まり、アルフォンスは再び剣で模擬戦に応じ、リュミエールは魔法の制御や応用を実演した。


 そのうち、剣の構えについて語り合っていた男子生徒同士が、軽口混じりに言い合いを始める。


「踏み込み浅すぎるって、それじゃ打ち負ける」


「お前のは硬いだけで、動けなくなるだろ!」


 言葉は強めだが、口元には笑み。喧嘩ではない。


「どっちも間違ってるわけじゃないよ」と、アルフォンスが割って入る。


「お互いに試してみて、――新しい形を作ってみたら?」


「新しい形……!」「うわ、それ超やってみたい!」


 男子たちは目を輝かせ、集まってきて構えを見せ合ったり工夫を語り合ったりし始める。


「いっそ背中合わせで戦うとか?」


「盾持ちが前に出て後衛が刺す?」


 次々と出る案に、場が盛り上がっていく。


「男の子って、ほんと『新しい』って言葉好きよね」


 女子生徒たちは少し引きながらも、どこか楽しそうに見守っていた。


 一人がぽつりと呟く。


「でも、ちょっと楽しそうかも。魔法の方でも何か試してみようかな」


 気づけば、運動場のあちこちに小さな学びの場ができていた。


 剣も、魔法も、言葉も。新しい交流と可能性が、そこには確かにあった。アルフォンスとリュミエールも、その輪の中で肩の力を抜きながら自然に笑っていた。


 これまでになかった、誰かと一緒に試し、誰かと一緒に楽しむという時間。賑やかさが少し落ち着いたころ、ふと空を見上げる。


 風が吹いている。力強く、けれど柔らかく――。


 『誰かとともに何かをやるって、こんなに楽しいことなんだな』


 グラナートと魔導具を作っていた時のことが思い出される。細かい仕様で意見がぶつかって、互いに譲らなくて、けれどそのやり取りがどこか心地よかった。


 『あの時と同じだ。いや、もっと広がっている』


 『同じ方向を目指す人たちがいて、考え方が少し違っていて、それでも否定することなく、声を交わして、何かを形にしていく』


 『それが、絶対に楽しいって今、心から思える』


 風は誰かの声を運び、思いを繋げる。


 否定のない風が交わるとき、そこに生まれるのは、きっと共鳴だ。


 その道の先に、何があるのかはまだ分からない――けれど今なら、信じられる気がする。


 この風が、きっと遠くまで届くのだと。


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