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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十章 否定なき風、共鳴の道
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第二節 錬金の夢、魔道具の未来

 初春のやわらかな陽光ひざしが、講堂の高窓から静かに差し込んでいた。座席に並ぶ生徒たちは、ざわめきの中にも期待と緊張を抱き、今か今かと講座の始まりを待っている。


 壇上に立つのは、先日入学したばかりの一年生、アルフォンス。平民でありながら国王の裁可を受け、マクシミリアン公爵家の推薦で入学し、しかも講師として全校生徒の前に立つという異例の存在だった。


 注がれる視線は好奇と探りを帯び、講堂のざわめきは容易には収まらない。座席を埋める五十九名の生徒はすべて貴族の子弟であり、その視線を壇上のアルフォンスは一身に受けていた。


 今年の王立学園の構成は、先日入学した一年生が十三名、二年生が十九名、そして三年生が二十八名となっている。


 最上級生の人数が多いのは、先日卒業した第二王女ソフィアの代に例年より多くの入学生がいた余波といえる。王家の懐妊に関する情報が流れると子どもが増える――自然の摂理と言える。


 王立学園は、災厄と言われた疫病の余波もあり数年は生徒が減ることからカリキュラムの見直しなどに着手していた。


 時間になり、アルフォンスは一歩前に出て深く一礼し、落ち着いた声で口を開いた。


「はじめまして。僕はアルフォンスといいます。平民ですので、気軽に呼んでいただければと思います」


 講堂に響く声には、不思議と張り詰めた空気を和らげる力があった。


「初回は全校生徒が参加するということで、何をするか少し考えました。参加型は現実的に難しいと判断し、今回は通常の講座形式にいたします。そこで思いついたお題が〈錬金術と魔道具の夢〉というものです」


 そのまま机上の木箱を開き、銀と青の金属を組み合わせた小型の魔道具を取り出す。


「僕がこの場に立っている原因と言ってもよい魔道具がこの〈乾燥魔道具〉です。現在、まだまだ薬草の乾燥が優先されていますので実際に知ってる方は限られています。調薬師ギルド、冒険者ギルドに関わる方々と治療に関わる方ですね」


 丸く赤い〈日焦の実(にっしょうのみ)〉を並べて起動させると、淡い光が実を包み、じわりと表面が乾き始めた。


「今回は、先取りして薬草ではなく果物を乾燥させてみましょう。今回、用意できた果物は〈日焦の実〉です。とある冒険者に譲っていただきました」


 その言葉に、講堂内に不思議と声が響いた。


「それ、〈焔隼の翼(えんじゅんのつばさ)〉のセシリアさんが――」


「え? 有名なあの」


 ざわめきが一瞬広がり、アルフォンスは苦笑を浮かべる。


「想定外なのですが、冒険者の名前が出てしまいましたね。ご存知の方がいるとは思いませんでした」


 後方の女子生徒が手を挙げた。


「うちの領の特産なんです。〈日焦の実〉は、最近になって、セシリアさんがよく大量に買っていかれるのです。ついこの間も沢山購入されていかれましたの」


「なるほど、乾燥させたものは彼女の大好物ですからね。仕事も捗ると、早々に魔道具を入手したと自慢してました」


 講堂の空気がやわらぐのを感じながら、アルフォンスは乾燥し終えた果実を小分けにし、前列から順に配っていく。


「味見してください、乾燥果物は保存性が良く携帯に便利です」


 口にした生徒たちの表情が、ふっとほころぶ。


「……とても甘いわ」


「……味が濃い」


「これ、本当に魔道具で作ったの? 誰でも作れるの?」


 私語が自然に広がる様子を確かめ、アルフォンスは次の実演へと移った。


「この魔道具が誕生したのは、錬金術によって品質を損なわずに乾燥させる方法が確立できたからです。今回は錬金術による乾燥の実演をお見せします」


 机上に錬成陣を展開し、〈日焦の実〉を錬成陣に置き、魔力を注ぐとゆるやかに水分が抜け色が深まっていく。


「この乾燥魔道具は、錬金術の乾燥工程を魔道具に落とし込んで作られています。魔道具の製作に協力してくださったのは魔道具師のグラナートさんです」


 その名に、講堂がまたざわめく。王国で最も名の知られた職人の一人だ。乾燥した実は再び配られ、次はポーション作りへ。


「かつては、調薬師が薬草を手入れして水薬を作っていました。今でも重要な技術ですが、ポーションを作る本質は〈魔力封入〉の工程です」


 薬草を乾燥させながら話を進める。乾燥薬草を通常の工程で水薬に加工していく。


「乾燥させた薬草から水薬を作る工程は従来より楽になります。つまり、従来より水薬の生産性が高くなり品質も安定しています」


 続けて錬金術による短縮工程を披露する。


「錬金術を利用した場合、薬草からでも乾燥薬草からでも手間はさほど変わりません」


 完成した水薬に〈魔力封入〉を繰り返しポーションに仕立てていく。魔力を注ぐたびに、小瓶が淡い光を宿して卓上に並んだ。


「ポーション作りで重要な魔力封入ですが、錬金術でこの工程を飛ばすと品質が落ちます。今も、昔も、そしてこれからも調薬師が鍛えていく技術です」


 声が引き締まり、講堂の空気が自然に静まった。


「僕は伯爵領で、母や、リュミエール嬢と共に何度もポーションを作りました。公爵領へのポーション供給も、故郷ミルド村からの乾燥薬草があってこそ成り立ちました」


 視線の先で、リュミエールが静かに頷く。


「乾燥薬草の供給が増えたことで、伯爵領の調薬師たちがフル稼働で多くのポーションを前線に届けてくれました」


「マリーニュ伯爵領は一丸となって、あの異変と戦いました。それは僕の誇りです」


 沈黙。だがそれは、ただの静けさではなかった。思いを重ねる者たちの呼吸が、同じ温度を帯びていた。


 アルフォンスは基盤を取り出し、再び話を戻す。


「魔道具の要は、この基盤です。ここに魔法陣を描き、魔力回路を刻んでいきます」


 描きながら工程を説明し、試作品の冷却魔道具を起動させる。ひんやりとした空気が漂い講堂の暑さが抜けていった。


「夏用に作ったのですが氷室のようになってしまい、真夏でも震える羽目になりました」


「グラナートさんと僕は、すっかり温度を調節する必要性を忘れた結果です。なので、停止しますね。氷室になると困るので」


 小さな笑い声が混じった。


 最後に、アルフォンスは懐かしむように言葉を選んだ。


「錬金術との出会いは、一冊の本からでした。図を写し、読み漁る時間は夢中でその延長に魔法陣の本が届き、父に体を動かせと笑われたのも覚えています」


 幼き日の記憶が、声の奥ににじむ。


「子供の頃、採った薬草を乾燥できたらと思っていました。祝福の儀を終え、錬金術で乾燥を試み初めて成功した時の喜びは、今も胸に残っています」


 視線の隅で、リュミエールが嬉しそうに頷いているのを見て心が温かくなる。


「しかし、それだけでは足りないと気づいた。誰でも扱える形、それが魔道具でした」


「魔道具にしたい。それを願って魔道具都市〈バストリア〉を訪れマクシミリアン公爵邸の門を叩きました。そして、魔道具が完成したとき、子供の頃の夢は叶いました」


 少し口元を緩める。


「グラナートさんに次の夢を語ったとき、夢想だと笑われました。同時に、こうも言われました。魔道具の始まりは、ほとんど夢想からだと」


 そのまなざしは、壇上から一人ひとりへと注がれる。


「だから、――僕はまだ進めると信じています」


 講堂を包むのは、耳を澄ませ、考えを巡らせる者たちの沈黙。


 やがてアルフォンスは一礼し、柔らかく告げた。


「次回の特設講座は予定通り、指定教室で行います。夢を多く持つ人が、集まってくれると嬉しいです」


 その瞬間、講堂の空気がほんの少しだけ温度を上げたように感じられた。


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