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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十章 否定なき風、共鳴の道
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第一節 王立学園入学式、特設講座の設置

 春を迎えた王都(リヴェルナ)――。


 セトリアナ大河から吹き抜ける風は心地よく街路を駆け抜け、新緑の枝々を優しく揺らしていく。


 石畳の大通りには鮮やかな日差しが降りそそぎ、広場では花々を飾った露店が並び始めていた。通りを行き交う人々の衣装も冬の重衣から薄手へと変わり、どこか軽やかさが漂っている。


 春の新緑を揺らす穏やかな風が、王立学園の広場を抜け講堂を包んでいた。整然と並ぶのは、今年度の入学生十三名。その中には、急遽入学が決まったアルフォンスとマリーニュ男爵家三女のリュミエールの姿もあった。


 壇上に、三年生代表のシグヴァルド・マクシミリアン公爵子息が颯爽と現れた。長身を真っ直ぐに保ち、視線を新入生たちへと巡らせるその眼差しは、凛とした中にも温かな光を宿している。


「新入生の皆さん。入学おめでとうございます」


 深く響く声が、広場に静かな緊張をもたらした。


「ここは、学問と技を磨き、己を知り、仲間と共に歩む場です。ときに競い、ときに助け合い、互いの強さと弱さを知ることで、真の成長は訪れます」


 言葉を切り、視線を少し遠くにやった。


「この学園での日々は、決して容易ではありません。課題は多く、時に己の未熟さに直面することもあるでしょう。しかし、それらを越えた先に、皆さんがこの学び舎で過ごした年月の価値があります」


 再び、新入生一人ひとりと目を合わせるように視線を巡らせる。


「どうか、恐れずに挑戦してください。失敗を恥じず、諦めを選ばず、誠実に学び続けてください。私たち先輩は、皆さんがその道を歩むための手助けを惜しみません」


 そして、力強く結びの言葉を放った。


「共に、この学園の一員として誇れる日々を築きましょう。ようこそ、我らが学び舎へ」


 堂々とした声が広場に響き渡り、広がる拍手はしばし途切れることがなかった。その言葉に、新入生たちは緊張の面持ちの中にも、確かな期待を宿して頷いた。


 続いて、一年生代表として、ヴェルナー・アスグレイヴ侯爵子息が壇上へ進み出た。背筋を伸ばし、真っ直ぐに在校生と新入生を見渡すその姿は、若さの中にも確かな自信と気品を宿している。


「ヴェルナー・アスグレイヴと申します。侯爵家の次男として、これまで剣と学問の両面で研鑽を積んでまいりました。この学園での学びは、私にとって新たな挑戦であり、また皆さんと互いに高め合う好機だと考えております」


 わずかな間を置き、講堂内を見回す。


「困難な場面にあっても、正しく状況を見極め、冷静に行動する。それが私の信条です。共に学び、時に助け合いながら、この学園での三年間を有意義なものにしていきましょう」


 最後に深く一礼すると、講堂内からは自然と拍手が湧き上がった。そして、一人ずつ他の新入生が壇上へ呼ばれていった。


 上位貴族から順に名乗りを上げ、子爵家筆頭のリサリア・ノルド子爵令嬢が静かな声で言葉を紡ぐ。


「私はリサリア・ノルドです。実家の西方探索が多忙のため、学園には頻繁に来られないこともありますが、皆さんと共に学べる日々を楽しみにしています」


 その落ち着きと誠実さに、一同は静かに拍手を送った。


 続いて、男爵家筆頭のリュミエール・マリーニュ男爵令嬢が前へ進み、澄んだ声を響かせる。


「リュミエール・マリーニュと申します。マリーニュ男爵家の出身で、先日の異変のような事態があれば、学園を不在にすることがあります」


 講堂内に小さなざわめきが広がるが、リュミエールは気にもとめず続けた。


「また、私は学園寮ではなく、マクシミリアン公爵家のタウンハウスから通学します。ご承知おきください」


 ざわめきはやや大きくなったが、その凛とした態度が場を引き締めていた。


 最後に、アルフォンスの名が呼ばれる。


「平民のアルフォンスと申します。マリーニュ伯爵領の出身です。冒険者としての活動に加え、錬金術師・魔道具師・調薬師として活動をしています」


 一瞬、講堂内の空気が止まった。平民でありながら多様な技能を持つ。その事実に驚きと戸惑いが混ざる。


 アルフォンスは息を整え、淡々と続ける。


「僕も、リュミエール嬢と同様、学園寮ではなくマクシミリアン公爵家のタウンハウスから通学します。皆様と学び合えることを楽しみにしています」


 その瞬間、ざわめきはさらに広がり、波紋のように講堂内を駆け抜けた。


 空気を切るように、学園長が壇上に現れる。重々しい声が響いた。


「本日は入学式にご参列いただき、誠にありがとうございます。今年度から特別に〈特設講座〉を開設する運びとなっております」


 視線が一斉に壇上へ向く。


「特設講座の講師を務めるのは、一年生のアルフォンス君です。彼は平民ではありますが、マクシミリアン公の推薦を受け、国王陛下の裁可を得て入学しております。特設講座の設置も、裁可を頂いている正式な講座となります」


 広場に、驚きと好奇の空気が一気に広がる。学園長はさらに告げた。


「オリエンテーション最終日、この講堂で〈特設講座〉の初回講座を開催します。初回のみ、全生徒の参加を必須とします。忘れずに出席してください」


 アルフォンスは、わずかに目を見開いたものの、表情を崩さない。だが隣のリュミエールは微かに眉を寄せ、壇上のシグヴァルドはその顔をこわばらせた。


『……なぜ、俺だけ知らされていない?』


 沈黙ののち、シグヴァルドが思わず「どういうことだ? 聞いてないぞ」と、声を上げる。


 予想以上に大きな声が講堂に響き渡り、一斉に視線が集まる。アルフォンスもリュミエールも、驚きに目を見張った。


 学園長は落ち着き払って答える。


「アルフォンス君の講師就任は、マクシミリアン公のご英断によるものです。事前の告知は、本人にも控えました」


 リュミエールが小声で「さすが公爵様。遊び心にそつがない」と、小さくつぶやく。


 アルフォンスは、以前にシグヴァルドとした会話を思い出し小さく呟く。


「あの時、シグが『アルが教えればいい』と言った一言から、こんな展開を仕組んでたのか」


 シグヴァルドは肩を竦め、小さくため息をついた。


「俺だけ外されたのかと思えば、本人も知らされてなかったとは――意味がわからん」


 張り詰めた空気はほどけ、講堂内に微かな笑いとざわめきが戻る――しかし、三人の胸中にはそれぞれ異なる決意と予感が、静かに芽吹き始めていた。


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