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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第九章 森の異変、隣に立つ二人
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閑話 三人の母親、繋がる想い

 マリーニュ伯爵領都(ヴァレオル)――。


 十月の声が届くころの空は、冬の足音をひそやかに運びはじめていた。澄み渡った風が城塞の石壁を撫でるたび、乾いた薬草の香りがそっと鼻先をくすぐる。


 北方を守るこの街は、堅牢な防備と穏やかな暮らしが静かに共存する場所だった。薬草の産地として名高く、調薬師たちの足音が石畳の街路に響くのは、日常のひと幕にすぎない。


 マリーニュ男爵家の邸宅は、朝から慌ただしさに包まれていた。午前中、ミレーユとレグルスが遊びに訪れたことで、邸内はぱっと明るく華やいだ。


 ダルム男爵もエリシア男爵夫人も、侍女たちも皆、笑顔で語らい、遊ぶ子どもたちを優しく見守っていた。


 以前は、息子や娘たちが使っていた教材を興味深く読んでいたり、マナーに関する質問をエリシア男爵夫人や侍女たちに聞いていた。


 最近は、レグルスは騎士たちと鍛錬することも多くなり、あちこちから仕入れてきた鍛錬法を試している。ミレーユはマナーや魔法教材を復習したり、()()というものをよくしている。


 ふたりで執事や侍女たちに聞きながらダンスの練習をしていたり、純粋に庭園で遊んだり、エリシア男爵夫人とお茶会などもしている。


 息子や娘たちは、家庭を持ったり、王都(リヴェルナ)で仕事をしている。リュミエールも、王立学園に行ってしまったので、二人だけの邸宅は少し広く感じていたが、頻繁に訪れてくれるこの双子の存在が、何よりの喜びだった。


 昼食を終えた二人は、勢いよく伯爵邸(マナーハウス)へと向かった。


「アラン伯父さんに、騎士団の演習を見せてもらう約束なの!」

「セラリアお母様に、お菓子作りの型抜きをお願いされてるますの」


 慌ててふたりを呼び止め、馬車を仕立て兄上のところに送り出す。レグルスは「相棒がいればひと駆けなのに」と呟きながら馬車に乗る。


 内緒にしているが、ふたりに馬を贈るため兄上たちと選定を始めている。それとなく仔馬を見せて相性もチェックしているが、相性の悪い仔馬は未だにいない。動物に好かれるようでよく鳥とも戯れている。


 ふたりが出かけたことで、騒がしかった男爵邸に静けさが戻り、侍女たちは片づけを始めていた。


「エリシア! 私たち、王都へ行ってくるわ!」


 午後にもまた、男爵邸に賑やかな声が響き渡った。


「まぁまぁ、ティアーヌ、落ち着きなさい」


 エリシア男爵夫人は、双子を思わせるティアーヌの親友であり、同じ母としての立場もあってすぐに親しい間柄になった。


 二人の会話は自然で、いつの間にか親友の距離感ができあがっていた。エリシア男爵夫人は体が弱く、邸宅から出ることも少なかった。


 ティアーヌが親友になり楽しい時が増えたのに加え、彼女が調薬師として様子を見てくれるようになり、随分と動けるようになったことも感謝している。


「なんでまた王都に行くことになったの?」


「アルが、どうやら忙しいらしくて、冬季休暇に戻れないみたいなの。戻れないなら、会いに行けばいいでしょ?」


 あまりの短絡さにエリシア男爵夫人は呆れ顔で答えた。


「まぁ、そうね。確かに会いに行けば会えるわね――」


「でしょ? それに、やっぱりマティルダ夫人にも直接会って話したいと思ってるし」


 エリシア男爵夫人はふと、以前ティアーヌがマクシミリアン公夫人マティルダ様からの手紙をもらって感動し、ぜひ会いたいと言っていたことを思い出した。


「マクシミリアン公夫人は、シグヴァルド様を助けてくれた二人に感謝する手紙でしたよね?」


 ティアーヌは頷きながら身を乗り出して力説する。


「そう、マティルダ夫人が戦場にたどり着く時間を稼いだ二人に感謝していると。でも、私が感動したのは、母として、シグヴァルド様のため駆けつけてくれた二人に、感謝するという言葉。母親として、共感できる言葉よ――」


 まくし立てたティアーヌだが、一拍ほど間を置き、少し苦しそうな顔で続けた。


「複雑ではあるけど、――親友のために動いたアルとリュミエールをとても誇らしく思ったわ」


 エリシア男爵夫人も少し寂しそうな顔をし、「私も、二人を誇らしく思うわ」とティアーヌの想いに同意する。


 エリシア男爵夫人とティアーヌは見つめ合い、そして、エリシア男爵夫人が言葉を紡ぐ。


「確かに良い機会ね。二人の婚約の話をマクシミリアン公夫人に根回しするタイミングにもなるわ」


 同じことを考えていたティアーヌは嬉しそうに応える。


「そうよね! マティルダ夫人に協力してもらえれば確実性も増すわ。手紙でそれとなく伝えたけど、感触は悪くなかったから、話を進められると思う」


「えっ? マクシミリアン公夫人と文通を続けてるの?」


 驚きに思わずお茶を吹きそうになったエリシア男爵夫人は慌てて咳払いをした。


「してるわよ? 邸内が本当に明るくなって、毎日が楽しくて仕方ないみたい」


 さすがティアーヌだと思いながらも顔には出さず、何事もなかったようにお茶を啜り、話を続ける。


「じゃあ、準備を進めましょう。手続きや宿泊先は任せて。後で私たちも王都に移動するから、そのスケジュールを流用すればすぐに整うわ」


 ティアーヌは席を立ちエリシア男爵夫人に軽く抱きつき言い訳をする。


「助かるわ! 前は冒険者として移動してたから勝手は分かるのよ? でも、ミレーユとレグルスを連れて乗り合いはちょっと厳しいかなって思ってたの」


 エリシア男爵夫人はクスッと笑いながら相槌を打つ。


「それこそ、ふたりが目をキラキラさせながら同乗者たちに話し掛けてる姿しか思い浮かばないわ」


 こうして、驚くほどあっさりとアルフォンスの家族が王都へ向かう準備が整っていった。


2025/10/29 加筆、再推敲をしました。

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