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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第九章 森の異変、隣に立つ二人
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第一節 歪む森、地のざわめき

 落ち葉を踏みしめる音が、凛と澄んだ朝の空気に溶けていく。黄褐色に染まった林の外れで、アルフォンスは肩の荷を少し持ち直し、調薬店を振り返った。


「いよいよ寒くなるねぇ。こっちも、いろいろ忙しくなりそうだよ」


 ミレイ婆さんは背を丸めながら、最後の荷を手渡してくる。その手はしわに覆われているが、薬草を扱い続けてきた確かな力が宿っていた。


「乾燥魔道具、うまく使えてますか?」


「ふふ、心配することないさね。あれさえあれば、あんたの言った通り村の品として薬草を出荷できる。まさか、本当にここまで持ってくるとはねぇ」


 その声に、アルフォンスは小さく息を吐き、表情を和らげた。


「乾燥を学ぼうと思ったのも、村の薬草を無駄にせず、外へ出せるようにしたかったからです。あの頃はまだ、魔力も使えなかったけれど」


「あんたの想いがなきゃ、ここまで形にならなかったさ。本物さね。さぁて、領都まで走るってんなら、今日は一段と風が冷たいよ。無理しなさんな」


 口ではそう言いながらも、ミレイ婆さんの瞳の奥には、どこか期待の色が宿っていた。


「じゃあ、また来ます。次は、村として出荷できる体制も整えていきます」


 軽く頭を下げ、アルフォンスは踵を返す。身体に風を通す感覚を意識し、魔力を巡らせた。筋肉と骨に力が満ち、地を蹴るたびに景色が流れていく。


 本来なら領都(ヴァレオル)まで徒歩で三日はかかる道のりも、今では一日で駆け抜けることができる。


 最初は興奮と疲労で倒れかけた距離も、今では踏み慣れた感覚へと変わっていた。


 風を切るたび、胸に浮かぶのはひとつの想い。


『やっと、あのときの夢に手が届きそうだ』


 領都(ヴァレオル)に着いたのは、日が傾き始めた頃だった――。


 冷たい風が石畳を撫で、暖炉の煙が高く昇っていく。扉を開けた瞬間、薬草の乾いた香りと、微かに焦げた匂いが鼻をくすぐった。


「おかえりなさい、アル。ちょっと顔が赤いわよ。まさか、走って来たの?」


 調薬台の前で、ティアーヌが呆れたように、しかしどこか嬉しげに振り返る。


「うん。ちょっと急いでたから、つい」


「まったく、普通なら三日はかかる距離なのよ。あまり無茶はしないでね」


「でも、結果的に急いだのが良かったみたいだね」


 ティアーヌは苦笑しながら、壁際の棚へ視線を移した。


「ポーションの在庫、かなり減っているの。北部からの報告も増えていて、怪我人や体調不良が目立つわ。あまり良い兆候じゃないわ」


「魔の森周辺で何か、なのかな」


「確証はないけど、噂以上の〈感触〉があるし、しばらく手を貸してくれる?」


「もちろん」


 きっぱりと答え、少し間を置いて口を開く。


「あとで伯爵様にも相談したいことがあるんだ。ミルド村と乾燥薬草の件で」


 ――数日後。


 アルフォンスはアラン伯爵と伯爵邸(マナーハウス)の応接間にいた。秋の光は薄雲を通して柔らかく、部屋に静かな影を落としている。


「乾燥魔道具の件、ミルド村への展開を加速できれば、ポーション用乾燥薬草の供給基盤を整えられると思います。公爵様への要請をお願いできませんか」


「ふむ、つまり、〈村単位の供給地〉として整備するということか」


「はい。僕が乾燥技術を学ぼうと思ったのも、村の薬草資源を生かすためでした。現地での稼働状況も良好ですし、今なら形にできます」


 アラン伯爵は資料をめくりながら目を細めた。


「筋は通っている。現在、ポーションの消費状況も気になっているので都合もよい。それに、村の自立にもつながる。私からマクシミリアン公に申し出よう」


「ありがとうございます。冬が来る前に、何としても体制を整えたいです」


 伯爵邸(マナーハウス)を出ると、陽は沈みかけ、風は鋭さを増していた。枯葉が石畳を転がり、空気には張り詰めた冷たさが漂う。季節は巡り、人もまた、その中で歩み続ける。


 ただ、胸の奥の想いが揺らがぬ限り――。


 秋の陽が斜面をなぞるように差し込み、まだ冷えの残る朝。アルフォンスとリュミエールは、ミルド村へ向けて峠道を歩いていた。


 道の両側には霧が薄く漂い、木の葉が触れ合う微かな音が、澄んだ静けさの中に溶けていく。風は穏やかだが、その肌触りにはざらりとした冷たさが混じっていた。


「空気が、少し重いわね」


 肩の小袋を整え、リュミエールが足を止める。その視線は、森の奥を探るように揺れていた。


「うん。風の流れがちょっと違う。でも、まずは予定通り、乾燥薬草の確認と収穫だね」


 アルフォンスは頷き、二人はまた歩を進めた。


 村の入り口では、村長が薪を割っていた。二人の姿を見つけると、手を止めて笑みを浮かべる。


「おう、アル坊……いや、もう坊って呼ぶのも失礼かねぇ。リュミエール様もようこそ」


「村長さんこんにちは。薬草の状態、見せてもらえますか?」


「おうとも。ミレイ婆さんも朝から張り切ってるぞ。あいつぁ、あんたたちが来ると五歳は若返ったような顔になるからな」


 村長の背を追い、二人は草屋根の作業小屋へ向かった。中ではミレイ婆さんが乾燥棚の前で薬草を束ねていた。


「やれやれ、いいタイミングだよ。お帰り、アル坊。リュミエール様もよくきたの」


「ただいまミレイ婆さん。乾燥魔道具、ちゃんと動いてる?」


「もちろんさね。仕上がりも上々だよ。風通しも湿度も文句なし。あんたがこれを村に持ち込んでくれて、本当に助かってる」


 アルフォンスは乾燥棚から束を手に取り、繊維の柔らかさと香りを確かめた。


「今日は、この乾燥分をまとめて輸送できるよう量と状態を確認します。新しい採集地も見ておきたい」


「おお、張り切ってるねぇ。ま、風の匂いが少し違うのが気になるけど、アル坊ならちゃんと気づいてるか」


 昼前、アルフォンスはひとり北斜面へ足を向けた。斜面の一角には薬草の群れが広がっているが、その中に、ひときわ色の沈んだ株があった。


 しゃがみ込み、根元に手をかざす。


 魔力の流れが引っかかる――。滑らかに通るはずの魔力が、その場でわずかに滞っていた。土の奥深く、見えぬ層で、何かがかすかにうねっている。


 午後、狩人小屋を訪ねると、ニルスが弓を整えていた。


「ようこそ、アルフォンス。リュミエール様も。山に入るって聞いて、気になってた」


「ニルス、最近獣の動きに変化はありませんか?」


 問いかけに、ニルスは壁の簡易地図を指さした。


「東の谷筋にな、南の獣が入り込んでる。いつもなら戻る時期なんだが、居座りっぱなしでな。上から来るはずの連中も下りてこねぇ」


 指し示された道筋は、本来の生態分布から逸れていた。


「動物たちが避けてる。何かの気配か、場所を感じているのかもしれない」


 やがて夜が訪れ、村の中央広場にしんとした気配が漂う。風がふわりと渦を巻く。


 そこにひとつの姿が現れた――。長い銀髪と青衣をまとう、エルフ族の〈賢者〉セレスタン・ヴァリオール。


「こんばんは。お二人さん、ちょうどよい時にここにいたね」


 穏やかな笑みを浮かべながらも、その声には張り詰めた響きがあった。


「北の大湿地帯で、瘴気の痕跡が再び現れ始めている。正確には、〈残留反応〉と言うべきだろう」


「……瘴気ですか?」


「完全な発現ではない。だが、魔力の地層がざわめき始めている。君が感じた違和感も、その兆候の一部だろう、アルフォンス」


 アルフォンスは息をのむ。あの〈引っかかり〉はやはり――。


「封印か、忘れられた影か。あるいは、土地そのものの記憶が揺らいでいるのかもしれない」


 リュミエールの眉がわずかに動く。


「放置すれば、領内にも影響が及びますか?」


「いずれは。だからこそ、早めに手を打たねばならない。だが、私ひとりでは間に合わないかもしれない」


 翌朝、アルフォンスとリュミエールは急ぎ帰還の支度を整えた。


「村長さん、乾燥薬草の輸送と保管をお願いします」


「ああ、任せな。だがまぁ、その顔つきじゃ、よほど厄介なことが起きてるんだな」


「大丈夫です。次に来るときには、村の体制ももう少し整えてきます」


「期待してるぞ」


 二人が峠を越え、領都(ヴァレオル)へ戻るころ。北の境界、湿地の奥、枯れかけた木々の間で、地面がわずかに沈んだ。


 露わになった土の中から、亀裂の走る石が顔をのぞかせる。そこには幾何学に似た紋様が刻まれていた。


 それは、遠い昔に封じられた〈何か〉が、――土の記憶を通して目を覚まそうとしている。静かなる胎動の始まりだった。


この節からGeminiで最終的な文章の整えをしてみました。まだ、調整中のプロンプトですが。。

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