閑話 魔法披露、突然の来訪
秋の気配が庭木の葉先を染めはじめた午後、マリーニュ伯爵家の中庭は、やわらかな陽差しと子どもたちの弾む声に包まれていた。
芝生を行き来するふたつの小さな影、ミレーユとレグルスが、きらきらとした瞳でリュミエールを見上げる。
「リュミ姉、今日はどんな魔法を見せてくれるの?」
「リュミお姉様、またお花がふわって浮かぶやつがいい!」
リュミエールは二人の手をそっと取り、姉のような微笑を浮かべた。
「ふふ、じゃあ今日は特別に、三つの魔法を組み合わせてみせてあげる。〈火〉と〈水〉と〈風〉! 全部よ!」
「やったぁ!」「見てる見てるっ!」
庭の奥では、セラリア伯爵夫人が椅子に腰をかけ、紅茶をゆったりと口にしていた。リュミエールと双子を見守る眼差しは、母のような優しさと誇らしさを帯びている。
リュミエールは一歩進み出ると、両手を広げて魔力を解き放つ。掌に淡い光が宿り、青く澄んだ小さな水珠が生まれた。その周囲を薄紅の炎がふわりと彩り、さらに白銀の風が輪を描きながら包み込む。
火と水は互いを侵さず、風に導かれ調和を保ちながら空へと舞い上がっていく。水は虹色の輝きを宿し、炎は柔らかく舞い踊る。その幻想的な光景に、子どもたちの視線は吸い寄せられていた。
「すごい!」「風と火が喧嘩してない!」
目を丸くする双子に、リュミエールは小さく息をつき、指先を閉じて魔法を収めた。
「どう? 最初は喧嘩ばかりだったけど、最近は仲良くしてくれるようになったの」
「魔法が仲良く、ふふっアルお兄様とリュミお姉様みたいですわね」
ミレーユの無邪気なひと言に、セラリア夫人が微笑み、リュミエールも照れくさそうに頷いた。
そのときだった――
庭の奥から、早足の靴音が近づいてくる。次の瞬間、執事長が珍しく走って現れた。
「し、執事長……!」
ミレーユとレグルスがきょとんと見上げ、リュミエールも驚きの声を漏らす。執事長が走る姿など、誰も見たことがなかったのだ。
「奥様、ご報告が!たいへんにご高名な――」
夫人は執事長の小声を受けて、ぴんと背筋を伸ばした。
「すぐにお通しして。アランにも知らせて。急ぎよ」
その慌ただしさに、双子も思わず顔を見合わせる。中庭の空気が、一瞬で張り詰めた。
やがて、庭の向こうから一人の人物が静かに歩み寄ってくる。白銀の髪が風に揺れ、凛とした気配をまとったその姿は、人の域を超えた威容を帯びていた。
『エルフ族?』
リュミエールがそう感じた瞬間、その人物は優雅に立ち止まり、深く頭を下げた。
「突然の訪問、失礼します。セレスタン・ヴァリオールと申します」
その名に、マティルダ夫人はわずかに目を見開き、すぐに深い礼を取る。
「〈賢者〉であられるセレスタン様。わが家にお越しいただき、光栄に存じます」
リュミエールも慌てて礼をし、双子もぎこちなく真似をした。
「どうかお気遣いなく。まったくの非公式の訪問ですから」
柔らかな言葉に、張り詰めた空気がわずかに和らぐ。そこへアラン伯爵も姿を見せ、急遽お茶会の席が設けられた。
「実は、国王陛下の小さな悪戯もあって、公爵領でアルフォンスくんと出会いました。彼とのやりとりの中でリュミエール嬢のことを知ったのです」
「わたくしのことをですか?」
驚きに目を瞬かせるリュミエールに、セレスタンは穏やかに続けた。
「魔力と〈想い〉で対話しながら鍛錬を続けている、と聞きました。三属性を持つあなたが、どのようにそれを克服しつつあるのか。ぜひ直接お話を伺いたくて」
促されるまま、リュミエールはこれまでの歩みを語る。属性の干渉に悩んでいたこと。アルフォンスから『魔力は想いを受け取ってくれる』と教わったこと。
そして、その言葉を信じ、日々魔力に語りかけるように鍛錬を重ねてきたこと。
「今では、三つの属性が喧嘩せずにいてくれます。少しずつ、複属性の魔法にも挑めるようになってきました」
セレスタンは静かに頷き、しばし瞳を閉じた。
「これは、魔法史の再編にも繋がるかもしれません。私たちエルフにとっても未知の〈理〉です。リュミエール嬢とアルフォンスくんは、いま歴史舞台の幕の裏側に立っている」
双子がその言葉を理解しきれずとも、リュミエールの膝に寄り添い、憧れの眼差しをセレスタンに向ける。
「やがて、その幕が開くときが来るでしょう。リュミエール嬢、どうか探求の心を忘れずに」
そう告げて、セレスタンは陽光の中へと歩み去っていった。
その背を見送りながら、リュミエールは双子の手を握り、小さく微笑む。
「貴方たちのお兄さま、アルフォンスと一緒に、私も進んでみせるわ。だから、これからも見ていてね」
「うん!」「わたしたち、ぜったい応援するから!」
小さな声が、秋の午後の空に高く響き渡った――想いは積み重なり、自信は新たな決意へと姿を変えていく。




