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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第八章 風が巡りて、灯がともるとき
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第五節 感謝のお礼、二人の想い

 朝の空気はひんやりとしていたが、澄み切った陽光が屋根瓦を優しく照らし、領都(ヴァレオル)にはどこか朗らかな気配が漂っていた。


 アルフォンスは身支度を整え、革靴の先を軽く磨き直すと、真っ直ぐにマリーニュ男爵邸へと向かう。


 門の前で門兵に挨拶し、用件を告げる。


「アルフォンスです。リュミエール様にお渡ししたい品がありまして、お取次ぎをお願いします」


 名を聞いた門兵はすぐに奥へ伝令を走らせ、ほどなく戻ってきた青年が頷いた。


「どうぞお入り下さい。お嬢様がお待ちです」


 邸内に足を踏み入れると、どこか懐かしい香りが胸をくすぐった。応接間に通されると、白銀の髪が陽光に透ける少女が、整えられたティーセットの前で待っていた。


「お帰りなさい、アルフォンス。――ずっと待ってたのよ」


「ただいま、リュミエール様」


 自然と向かい合い、笑みを交わす。紅茶の香りが、心の緊張をほどいていく。


「セレスタン様の件、とても嬉しかったの。――でも驚いたわ。あんな偉い方が突然現れて、伯母様たちまで慌てるなんて」


「あれは、僕も驚いたんだ。でも、どうしても伝えたかったんだ。リュミエール様の魔法と、魔力との対話を」


 リュミエールはカップを両手で包み込み、穏やかに言葉を紡ぐ。


「苦しかった時期に、あなたがあの言葉をくれて、私、救われたの。――魔力が暴れて、制御できなくて、泣きたくなるような頃だった」


「でも、『魔力は想いを受け取ってくれる』って聞いてから、少しずつ穏やかに応えてくれるようになって。今は、魔法を使うのが楽しいの」


 その瞳は誇らしさと、かすかな揺らぎを湛えていた。やがて、リュミエールは姿勢を正し、真剣な眼差しを向ける。


「ねえ、もう様を付けないで。私はリュミエール。これからはそう呼んで。だって、私もアルフォンスって呼ぶって決めたから」


 頬を紅く染めながらも、はっきりと言い切る。


「……リュミエール。これからも、よろしく」


 二人の間に、小さくも確かな約束が結ばれた。


 そのとき、軽いノックの音とともに扉が開き、ダルム・マリーニュ男爵が現れる。


「呼び方の件は、リュミエールから話があって、当主として許可してある。好きに呼び合いなさい」


「ありがとうございます」


「いや、礼を言うのは私のほうだ」


 ダルム男爵はゆったりと椅子に腰を下ろした。


「君たち家族と触れ合って、我が家は多くの幸せを得た。特にリュミエールは、双子と過ごすことで心を柔らかく育てられた――」


「そして君と出会い、壁を越えた。〈賢者〉セレスタン様に努力を認められ、自信を得た。それは我々にとっても喜びだ」


 少し声を和らげて続ける。


「妻もね。君の母君ともよく話をしている。友を得たと嬉しそうだし、体調も安定している」


「ありがたいことです。僕は、出会った人たちから力をもらって前に進めています」


 そう前置きし、アルフォンスは切り出す。


「今回は、その感謝を込めて。僕とグラナートさんで開発した貴族向けの魔導冷風機と魔導暖風機をお届けに来ました」


「ほう、それはまた贈り物らしい贈り物だ。ありがたく受け取らせてもらおう」


 昼食は男爵家の温かなもてなしで、午後は庭を散策しながら、魔法や魔道具、これからの夢について語り合った。


 夕暮れが近づくころ、アルフォンスは肩の包みを解く。


「今日は、これを渡したくて来たんだ」


 木製の筐体、魔導双風機。


「これは家族とミレイ婆さん、そしてリュミエールだけに贈る特別な品なんだ」


「ありがとう。とても、嬉しい」


 柔らかな声とともに、彼女の指先がそっと筐体を撫でた。夕空は茜に染まり、二人の距離は少しだけ近づいていた。


 翌朝――。


 工房から届けられた木箱が運び込まれる。


 マクシミリアン公爵領工房製の焼印が押された箱の中には、完成したばかりの最新魔導具が納められていた。高級木材を用いた筐体は、どの館にも映える上品な仕上がりだ。


 アルフォンスは動作確認を済ませると、外套を羽織りマリーニュ男爵邸へ向かう。門番に案内され応接間に入ると、ダルム男爵が現れた。


「ようこそ。早朝からすまないな」


「いえ、本日は完成品をお届けに参りました」


 魔導具を取り出すと、ダルム男爵は目を細める。


「美しい、これは芸術品だ」


「設計は私とグラナートさん、意匠は公爵様が監修してくださいました」


 そこへリュミエールが現れ、にこりと笑う。


「おはよう。このあと伯爵家にも行くのでしょう? 一緒に行くわ」


「え?」


「先触れはもう出してあるの。伯母様も楽しみにしてるわよ」


 二人は並んで街道を歩き、伯爵邸へ向かう。


 アラン伯爵とセラリア伯爵夫人が迎え入れ、魔導具の説明を熱心に聞いた。


「これは素晴らしいわ。部屋に置くだけで映える」


「最初の完成品は、温度調整を忘れてて冷えすぎるため厨房に預けられました」


 セラリア伯爵夫人が笑い、場が和む。


 改良を重ねた魔導冷風機と魔導暖風機は、貴族の生活を支える品として評価され、やがて魔導双風機の名も広まっていくだろう。


「誰もが手にする日が来るかもしれん」


 アラン伯爵は感慨深く呟く。


 別れ際、セラリア伯爵夫人はアルフォンスに微笑んだ。


「あの子が前を向いてくれているのは、あなたのおかげ。本当にありがとう」


 リュミエールは照れたように顔を背けた。


 伯爵邸を辞したアルフォンスは、柔らかな風に背を押されながらミルド村へと向かう。日暮れ前、草屋根の薬屋に辿り着くと、ミレイ婆さんが笑顔で迎えてくれた。


 魔導双風機を手渡し、使い方を説明すると、婆さんは優しく撫でて言った。


「便利な世の中になったねぇ。届けてくれるだけで十分あったかいよ」


 夜は久々に婆さんの家で過ごし、翌朝、見送られながら再び歩き出す。


「元気で頑張るんだよ」


 その声に背を押され、アルフォンスは次の風を目指して進んでいった。


2025/10/29 加筆、再推敲をしました。

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