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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第七章 芽吹く想い、練成の光
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閑話 光と花、風の午後

 春の穏やかな風が、伯爵家(マリーニュ)の広大な庭園をそっと撫でていく。木々の葉擦れが奏でるやわらかなざわめきに、遠くの鳥のさえずりが重なり、咲き誇る花々はまるで風と語らうように静かに揺れていた。


 その日、リュミエールはマリーニュ伯爵邸(マナーハウス)の私設練兵場で、いつものように魔法の鍛錬を続けていた。


 〈火〉と〈風〉の魔力を細やかに織り合わせ、その制御を確かめながら、わずかに〈水〉の感触を捉えようと集中する。


 魔力の波が指先から広がっていく感覚を味わいながら、静かに息を吐いた。


「……うん、今日も悪くないわ」


 誰に促されるでもなく続けてきた鍛錬は、もはや日課となっている。だが今日は、少し特別な日だ。汗を拭い、庭園へと向かう足取りは自然と軽くなる。


 隣には、並んで歩く小さな二つの影。アルフォンスの妹ミレーユと弟レグルスの姿があった。


「二人とも、準備はいい? ちゃんと挨拶できるかしら」


 問いかけると、ミレーユはわずかに口元を引き締め、小さくうなずく。


「うん。恥ずかしくないように、リュミお姉様みたいにできるから」


 その声音には、幼いながらも静かな決意があった。普段は控えめで大人しいミレーユだが、芯の強さをリュミエールはよく知っている。


 憧れの姉の振る舞いを意識し、緊張を隠しながらも真似しようとしているのだ。


 一方、レグルスは軽く肩をすくめ、にやりと笑った。


「俺はアル兄の真似はバッチリさ。明るく楽しく。これが家の空気を良くする秘訣だろ?」


 兄の真面目な性格をよく観察しながらも、場を和ませることに長けた彼らしい言葉だった。


「じゃあ、行きましょうか」


 リュミエールはやわらかく微笑み、二人の小さな手を包み込む。


 庭園の一角、陽の光がやさしく差し込む東屋には、すでにセラリアとエリシアが待っていた。漂う紅茶の香りに迎えられ、二人は揃って視線を向ける。


「お待たせいたしました、お母さま。そしてセラリア伯母様。今日は双子をお連れしました」


 リュミエールが丁寧に頭を下げると、双子もぺこりと礼をした。


「はじめまして、よろしくお願いいたします」


 ミレーユは緊張を押し隠し、真っすぐな瞳で挨拶する。その姿に、努力と憧れがにじんでいた。


 レグルスは笑みを浮かべ、「よろしくだぜ」と軽やかに続け、東屋の空気に明るさを添える。


 セラリアは目を細め、慈しむように頷いた。


「まあ、なんて愛らしいのでしょう。アルフォンス君の面影が、はっきりと感じられるわ」


 エリシアも微笑みながら言葉を添える。


「ええ、リュミエールの大切なお友達の弟妹ですもの。まっすぐなところはお父様譲りかもしれませんね」


 ふと、セラリアがミレーユに問いかけた。


「ミレーユちゃん、リュミエールのことはどう思っているの?」


 ミレーユは少しはにかみつつも、しっかりとした口調で答える。


「リュミお姉様を見本に、マナーを教えてもらっています。まだまだですけど、恥ずかしくならないように頑張ってます」


 幼さを超えた言葉に、セラリアは感心したように微笑んだ。


 続いて、エリシアがレグルスへと視線を向ける。


「レグルスくんはどうかしら? お兄様のこと、よく見ているようね」


 レグルスは胸を張って答える。


「アル兄の鍛錬を真似して、体を動かしています。家の空気を明るくしたいんです」


 その軽やかな答えに、エリシアは柔らかく笑みを深めた。


「ふふ、頼もしいわね。お兄様もきっと喜ぶでしょう」


 庭の花々が風に揺れ、ミレーユがふと足を止める。


「この赤い花きれい」


 花びらに触れそうになったその瞬間、リュミエールは膝を折って寄り添い、やさしく諭す。


「その花は〈火〉の魔力に反応するの。触ると熱いかもしれないわ」


 ミレーユは驚きながらも素直にうなずいた。


「ごめんなさい、次は気をつけるね」


 リュミエールは小さく首を振り、二人の手を握り直す。


「大丈夫。一緒に安全な花を選びましょう」


 午後のやわらかな光の下、三人は花々の間に腰を下ろし、静かで温かな時間を分かち合った。


 魔法の鍛錬も、貴族としての務めも大切。けれどこのひとときは、リュミエールの胸に、何よりも深く穏やかな温もりとして刻まれていった。

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