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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第七章 芽吹く想い、練成の光
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第五節 送別会、国王の悪戯

 王都リヴェルナでの焔隼の翼(えんじゅんのつばさ)の休暇も、終わりが近づいていた。その締めくくりとして、ユリウスの提案で送別会を開くことになり、午後に冒険者ギルドへ集合することとなった。


 送別会前の午前中――。


 アルフォンスは魔法士のセシリアと共に、王立図書館を訪れていた。


「そういえば、アル。()()()()()()、それに()()()の違いって知ってる?」


 ふいに差し込まれた問いに、アルフォンスは本から顔を上げ、瞬きをする。


「えっと、ちゃんとは知らないです」


 セシリアは頬杖をつき、小さく笑った。


「じゃあ、ちょっとマメ知識ね。魔法士は、平民を含む()()()()()()魔法使いのこと。私たち冒険者もここに入るわ」


「魔道士は、主に貴族出身で、王宮や在地貴族に仕える()()()()の所属者。魔導師は、その魔道士たちを育成できるほど鍛えたいわば師範格ね」


「なるほど、響きは似ていても、立場は全く違うんですね」


「でしょ? ()()使()()って言葉は全部をひっくるめられるけど、実際はあまり使わないの。ざっくりしすぎてるから」


 そう言ってセシリアはページをめくり、ふと笑みを向けた。


「ちなみに私は()()()()だけど、冒険者だから()()()。肩書きなんて案外あいまいなものよ」


 講義と読書が自然に溶け合い、心地よい静けさが流れた。


 送別会が開かれる午後――。


 冒険者ギルドに集合した焔隼の翼(えんじゅんのつばさ)の面々は、軽装のまま馬車に乗り込む。アルフォンスは腰を下ろすと、ふと既視感にとらわれた。


 丁寧に磨かれた木目のパネル。上質な革張りの座席。落ち着いた色のカーテン。


『この内装、公爵家の馬車と同じ?』


 ただの偶然だと首を振る。


 だが、貴族街の門に差しかかったとき、門番が通行証の確認もなく一礼して道を開けた瞬間、予感は確信に変わった。


『これは、上位貴族の通行許可』


 馬車は石畳を滑るように進み、花壇と木立を抜け、見覚えのある白亜の邸宅を目前に止まる。


『ここ、公爵家のタウンハウス!?』


 扉が開くと、そこに立っていたのは公爵家の初老の執事だった。


「お帰りなさいませ、ユリウス様、アルフォンス様。送別会の準備は万端に整っております」


『お帰りなさいませ?』


 驚愕に目を見開くアルフォンスの隣で、ユリウスは涼しい顔で肩をすくめる。後方のリオやセシリア、ドランらも、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。


 ユリウスが静かに振り返り、「俺としては、身分を隠していたつもりはない」と穏やかな声で言う。軽く肩をすくめ、柔らかく微笑みアルフォンスに声を掛ける。


「――ただ、アルフォンスには貴族としてじゃなく、仲間として見て欲しかった。ただそれだけの理由で詳しくは名乗らなかった」


 その一言で、場の空気がわずかに和らいだ――。

 リオが息をつき、アルフォンスを見やる。


「そういう事情なら、もっと早く教えてくれていれば良かったのに」


 セシリアがくすりと笑みを浮かべる。


「でも、知ってしまえばこそ腑に落ちることもあるわね。アルフォンスは礼儀の所作や判断の速さとかは平民のそれではなかったわ」


 ドランは腕を組み、短く頷いた。


「貴族の庇護を受けているなら、それ相応の理由があるってことだ。俺たちはその眼を疑わないし、アルフォンスの資質は十分に応えている」


 カイルも穏やかに続ける。


「ユリウスが選んだ人間を、俺たちが疑う理由なんてない。ユリウスの人を見る目は確かだからね」


 その言葉に、アルフォンスは視線を伏せ、小さく頭を下げた。


「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました――」


 仲間たちの眼差しは、冷たくも、過剰に持ち上げるものでもなかった。ただひとつ、ユリウスの判断を信じている。その確かさだけがあった。


 ユリウスは仲間たちを見渡し、ゆっくりとアルフォンスの肩に手を置く。


「気負うな、アルフォンス。これが、今のお前と俺たちの立ち位置だ。背筋さえ伸ばしていれば、それでいい」


 その言葉に、アルフォンスはようやく肩の力を抜き、しっかりと頷いた。


 送別会は、暮れなずむ庭園で賑やかに幕を開けた。石畳に囲まれた広い中庭には色とりどりのランタンが灯され、夜風が草花を揺らしながら甘やかな香りを運んでくる。


 長く設えられたテーブルには、見目も鮮やかな料理が並び、銀の皿には山海の珍味が惜しげもなく盛られていた。


 焔隼の翼(えんじゅんのつばさ)の面々は杯を交わし、冒険の思い出話に花を咲かせている。アルフォンスもまた、いつの間にか輪の中にいた冒険者ギルドのギルドマスターと挨拶を交わし、会話の流れに身を任せていた。


 その時だった。――ふいに、空気の温度が変わる。


 熱さでも冷たさでもない。だが、確かに肌が粟立つ。背筋に緊張が走った。


『これは、殺気じゃない。でも息苦しい』


 感知の術が微かに反応する。

 近くにいるのは、公爵?、もう二人?

 刺すような緊張感に、妙な親密さが混じる。

 経験的に察する、()()に近い――。


 気づけば、アルフォンスは立ち上がっていた。自然と足が動き、ほとんど本能で礼の姿勢を取る。脳が理解するより早く、体が()()を察していた。


 その瞬間、隣でユリウスが小さく「伯父さん……」と呟く。


 ユリウスの言葉でアルフォンスの思考が現実に追いつく。


 ――国王陛下。


 そして、その隣に立つ威厳ある青年。あの青灰色の瞳は公爵家の長男、ジークハルトだ。誰かが静かに息を呑む。宴のざわめきが、水面に石を落としたように静まり返った。


 だが、その張り詰めた空気を破ったのは、驚くほど自然な声音だった。


「堅苦しいのは苦手でね。今宵は()()()ということにしてくれないか、アルフォンス君」


 朗らかであり、鋼の芯を感じさせる声。そこには確かな()()の色があった。


 フェルノート王国を束ね、〈賢王〉と称えられる男――。

 ヴァルディス・フェルノート国王陛下。


「恐れ多くも、お目にかかれて光栄です」


 アルフォンスはどうにか震えを抑え、深く一礼する。

 ヴァルディス国王は穏やかに頷いた。


「そんなに堅くならなくていい。今日は君に会いに来たのだから」


 席へ戻るよう促され、控えめに腰を下ろすアルフォンス。その横で、ゼルガード公爵はやれやれと肩をすくめている。


「どうしても登城させてくれないから、こちらから見に来るしかなかった。そういうわけでね」


 兄の言葉に、公爵が苦笑を交えて返す。


「もとはと言えば、兄上が『事前に情報を与えすぎると素の姿が見られん』などと仰るから」


「まあ、そういう好奇心もたまには良いだろう? 西方探索の件、大湿地帯の件、どちらでも君の名は何度も目にし耳にしている。グラナートからの報告書も読んだし、私的に少し調べさせてもらった――」


「西方大河と大湿地帯の発見、まさに王国史を塗り替える一歩だよ」


 ヴァルディス国王は杯を傾ける。その目は微笑みを帯びながらも、国王としての明確な()()を含んでいた。


「それにしても、大発見の後は宮廷にも顔を出さず、公爵家で魔道具作りか。なかなか面白い青年だね」


「すみません。あの、魔道具作りが面白くてつい」


「いやいや、謝ることはない。君のような若者こそ、今の王国に必要なんだ。好奇心と実行力、そして謙虚さを併せ持つ者は、貴族であれ平民であれ貴重だ」


 会場の空気が、少しだけ和らいだ。


 ユリウスはその様子を見守りながら、胸の奥でそっと息を吐く。


 父上の狙い、見事に的中だな――。

 この場でアルフォンスを陛下に紹介する。それは功績だけでなく、人格も含めて信頼に足る者だと示すこと。


 公爵としての誇りであり、未来への後押し。

 ユリウス自身も、それを理解して動いている。


 ただの弟分じゃない。王国の未来を担う何かが、この少年にはある。


 国王は杯を置き、軽やかな声で告げた。


「では、次は王宮に遊びにおいで。王宮の図書館も案内するからね」


 アルフォンスは目を丸くし、慌てて立ち上がって深く頭を下げる。


「はいっ、ぜひ!」


 国王は満足げに微笑み、ジークハルトと共にゆるやかに会場を後にした。――やがて、庭園のランタンが静かに揺れ、宴のざわめきが少しずつ戻っていく。


2025/10/29 加筆、再推敲をしました。

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