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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第七章 芽吹く想い、練成の光
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第四節 王都散策、盗賊団討伐

 〈焔隼の翼(えんじゅんのつばさ)〉の面々と共にギルドを後にし、王都(リヴェルナ)の石畳を踏みしめて歩く。北方の灰色がかった石とは異なり、淡く明るい色合いの石が陽光を受けてきらめき、視界も心も晴れやかに広がっていく。


 思わず、アルフォンスの口から素直な言葉がこぼれた。


「皆さん、強いんですね」


 先頭を軽やかに歩いていた斥候の少年、リオがくるりと振り返り、にっと笑う。


「ん? 気づいたか。〈焔隼の翼〉はAランク、そこそこ知られてんだぜ?」


「……Aランク」


 アルフォンスは思わず足を止める。王国で名を馳せる実力者たちと、こうして肩を並べて歩いている自分が、不思議でならなかった。


「驚きました。でも、皆さんがあまりに気さくで、そんな風には感じませんでした」


「そりゃまあ、今は観光中だしな。仕事中の顔を見たら、きっと驚くぞ」


 穏やかな口調で応じたのは、隊のリーダー、ユリウス。落ち着いた物腰の奥に、研ぎ澄まされた芯が垣間見える。


「仕事の顔、あんたには見せたくねえな~。リーダーもセシリア姉さんも、マジで怖ぇから」


 リオが肩をすくめると、紅髪の魔法士セシリアが振り向き、笑みを浮かべた。


「……何か言ったかしら、リオ?」


「いえいえ、何も! セシリア姉さん最高!」


 くだらないやり取りに、自然と笑いが広がる。強さの裏にある仲間同士の信頼が、そこかしこから伝わってきた。


 市場の一角を抜けたとき、アルフォンスの視線が色鮮やかな果実の山に吸い寄せられる。


「これは初めて見ます」


「お、目がいいな。〈日焦の実〉ってやつだ。王都でも滅多に出回らねぇ」


 とリオが胸を張る。


「今が旬ですね」


 落ち着いた声で、補足したのは回復師のカイルだ。アルフォンスは迷わず数種を買い求めた。


「珍しい果物は、お土産候補です。せっかく王都に来たので、ちょっと奮発しました」


「ふーん、アルって見た目よりずっとしっかりしてんだな」


 リオが覗き込みながら笑う。


 昼が近づくころ、ユリウスが短く告げた。


「いい店がある。行こう」


 案内されたのは、表通りから少し外れた静かな食堂だった。木の香りがほのかに漂い、控えめな内装は心を落ち着かせる。個室に通されると、滋味深い料理が静かに並んだ。


「ここ、私のお気に入り。味も雰囲気も落ち着いてて、ほっとできるでしょう?」


 セシリアの言葉通り、料理はどこか懐かしく、身体の芯に染み渡るようだった。


 食後、アルフォンスは買った果物を取り出し、携帯用の簡易錬成陣を広げる。


「乾燥果物を作ろうと思いまして。保存もききますし、おやつにもなります」


 淡い光が陣をなぞり、果実はゆっくりと乾いていく。甘酸っぱい香りが部屋いっぱいに広がった。


「美味いな。歯ごたえも香りも申し分ない」


 拳闘士のドランがしみじみと呟く。


「依頼中にこれがあれば、魔力の維持がずっと楽になりそう」


 セシリアも目を細める。


「皆さんなら、同じものを乾燥魔導具で作れますよ。街に出回れば、すぐ手に入るはずです」


「なるほどな。親父が気に入るわけだ」


 ユリウスが独りごち、どこか含みを持たせた笑みを見せた。


 その後、ユリウスと二人で馬車に乗り、調薬師ギルドへ向かう。重厚な石造りの建物は、外壁に古い薬草の文様が刻まれていた。


 紹介状を差し出すと、応接室へと案内される。やがて現れたのは、栗色の髪と研ぎ澄まされた眼差しを持つサブマスターのオスヴァルド・リンゲンだった。


「紹介状、確かに拝見しました。あなたがアルフォンス殿ですね」


「はい。お時間をいただき、ありがとうございます」


 アルフォンスは小箱を机に置く。中には精緻な乾燥魔導具と、処理済みの乾燥薬草の束。


「これは、驚くべき保存状態ですね」


「はい。マリーニュ伯爵領では、これを用いたポーションの安定生産が始まっています。魔導具の量産も、公爵家が整備中です」


 落ち着いた声で説明を続ける。


「準備が整い次第、調薬師ギルドと冒険者ギルドに乾燥薬草の利用を依頼する予定です。本日はその試作品とレシピをお持ちしました」


 オスヴァルドは数瞬黙し、やがて問いかける。


「マクシミリアン公が、それを必要と判断された。そう理解してよろしいですか?」


「はい」


 力強く頷くアルフォンスを見据え、オスヴァルドは低く言い切った。


「もし〈王国の盾〉が求めるなら、それは王国にとって必要なこと」


 そう告げ、深く頭を下げる。


「調薬師ギルドとして最善を尽くします。公爵様にその旨をお伝えください」


 夕陽が王都の屋根を金色に染め始めるころ、再び〈焔隼の翼〉と合流する。


「今日はいい観光だったな。腹も満たされたし、明日からは本格的に動くんだろ?」


 リオが飴を口に放り込みながら笑う。


 自然と歩みを緩め、誰からともなく「今日はここまでにしよう」と声が上がった。


 沈む夕陽の色が、果物の甘さも、剣と魔道の輝きも、そして新たな縁も、やわらかく包み込んでいく。


 アルフォンスはそっと胸に刻んだ〈焔隼の翼〉と過ごしたこの一日を。


 王都(リヴェルナ)での日々にも落ち着きが生まれ、旅の疲れもようやく薄らいできたある日のこと。鍛錬を終えたギルドの一室で、ユリウスがふいに手を打った。


「よし次の依頼は、アルをゲストに迎えて受けるとしよう」


 その声に、〈焔隼の翼〉の面々が一斉に視線を向ける。アルフォンスは一瞬きょとんとしたが、すぐに背筋を伸ばした。


「依頼ですか?」


「盗賊団だ。南の街道に流れ込んできた連中がいる。騎士団が追っているが、拠点が割り出せていない。冒険者ギルドに支援要請が来ている」


 ユリウスは卓上に地図を広げ、いくつかの地点に印をつけた。


「俺たちは火力班として前線を引きつける。リオ、お前は斥候の排除だ。アル、お前はその補佐に回れ」


「了解っす。あ、アル、戦場での会話は三言までな?」


 リオが笑いながら肩を叩く。アルフォンスは短く息を整え、真剣な眼差しで応じた。


「わかりました。全力を尽くします」

「おう、頼もしいな。戦力としてな」


 ユリウスの口元がわずかに緩む。その言葉には、淡くも確かな熱が込められていた。


 この依頼も、父から託されたものだ。


 出発前、ユリウスの脳裏に父の声が蘇る。


『アルフォンスには、実戦での経験と実績が必要だ。盗賊団討伐なら、王国の記録にも残る。お前の目で鍛え、護り、導いてやれ』


 あいつが将来、公の場に立つときのために。今、この道を拓く。それが守護者たるマクシミリアン家の務めであり、誇りでもある。


 装備と持ち物の最終確認の場――

 アルフォンスは木箱を開き、整然と瓶を並べていった。


「ポーションはこれだけ。即効回復、通常回復、魔力回復。各三十本ずつあります」


 整然と並ぶ瓶に、セシリアが目を丸くする。


「これ、全部自家製? 風印で、しかも魔力回復なんて、今は品薄で高騰してるやつよ!」


「はい。母の調薬術を受け継ぎ、錬金術の工程も組み合わせて精度を高めています。品質には自信がありますので、必要なときは遠慮なく使ってください」


 その声音には迷いがなかった。積み重ねた努力と学びの成果が、確かにそこに並んでいる。


「……有能すぎ」


 セシリアが呆れたように呟き、リオが吹き出す。


「うちの薬師と交換してくれない?」


「戦場にこれがあると安心だな」


 ドランも素直に頷いた。


 準備を終えた一行は、朝靄の残る王都を後にし、徒歩と騎乗を交えながら南街道を進む。やがて森が道を覆い始めた頃、斥候役のリオとアルフォンスは馬を降り、草を踏まず、音も立てずに前へ出た。


 アルフォンスは静かに息を吐き、周囲の風の流れに意識を沈める。〈風〉の魔力を微かに展開し、草の揺れ、枝葉の反響、空気の乱れを読む。そこに、気配があった。


「……あの岩陰。煙と焚き火の残り香……三、いや、四人」


 低く告げると、リオが目だけで頷く。


「お見事。二人は木陰、一人は岩の裏、最後は……立ってやがる」


「上等です。やりましょう」


 合図と同時に、アルフォンスは一閃の風と化した。小剣が一人目の肩口を穿ち、呻く間もなく倒す。二人目はリオが背後から喉元に刃を添え、音もなく制圧する。


 三人目は逃げに転じようとした瞬間、アルフォンスは地面の小石を拾い上げ、〈風〉を纏わせて放った。


 石は真っ直ぐ飛び、男の首筋を正確に打ち抜く。よろめいた男は、そのまま地に伏した。


「斥候、無力化。三人目も問題なし」


 リオが細めた目で呟く。


 アルフォンスの胸中に迷いはなかった。盗賊は、生かして逃せば再び誰かを傷つける。前世で助けられなかった人々の記憶が、静かに疼く。


『しくじれば被害が出る。逃せば、また命が奪われる』


 嫌悪はある。だが、それ以上に、背負った責任は重い。だから、手を緩めることはない。


 一方、谷間では〈焔隼の翼〉の主力が動いていた。セシリアの光術が閃光を放ち敵の視界を奪い、ドランの拳が大地を震わせて足を止めさせる。ユリウスは大剣を携え、敵陣を真正面から切り裂いた。


「この隙に拠点を潰すぞ! 後衛、回り込め!」


 叫びながらも、彼の意識の片隅には別動している少年の姿がある。見ておけ、アル。これが戦場だ。


 捕らえた斥候から拠点の位置を割り出すと、アルフォンスとリオは側面からの奇襲へ移った。風を纏い、音もなく迫る二つの影が接近、捕縛、制圧。


 その一連の動きは短く、鋭く、的確だった。


 敵が自らの命運を悟ったときには、すでに遅い。


 風が斬り、焔が舞う――

 焔隼の翼とアルフォンスの連携は、まるで一つの命が戦場を駆け抜けているかのようだった。


 それは、少年が護るという意味を己の手で選び取る、その第一歩であった。

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