閑話 緻密な設計、乾燥の探求
フェルノート王国北部、マクシミリアン公爵領都の中心部に建つ公爵邸。邸宅の離れにある工房は、小さいながらも活気に満ちていた。
グラナートが乾燥果物を口にして、思わず声を上げた。
「おいアル坊! 舌触りが気に食わん!」
アルフォンスは肩をすくめ、あまり気にせず返す。
「え、でもこれ、昨日グラが『ちょうどいい!』って言ってた乾燥度だよ?」
カッと目を見開き、グラナートは告げる。
「わしの舌は日々進化しとるんじゃ!」
アルフォンスは呆れ顔でため息をついた。
「進化って……老化のことじゃないの? じゃあ、また陣式いじるのか」
グラナートはウンウンと頷き、楽しげに言う。
「うむ。細密化はもう五回くらいやったが、あと二回ぐらいなら楽勝じゃ」
アルフォンスは眉をひそめる。
「……簡単な分量調整は後回しなのに」
「そんなのは、暇なときにやればいい!」
アルフォンスは少し眉を寄せて言った。
「やっぱり、簡単に乾燥深度を変えられる部分を入れようよ。毎回陣式変えた陣図を描くのは楽しいけど、陣図管理が面倒だよ」
グラナートは顎の下に手を当て、視界の隅でウンウン頷いてる侍女は見なかったことにして、考え込むように頷いた。
「そうじゃな。管理は面倒じゃから、付けるか。んじゃ、あと二段分細密化した状態で、切り替え機能をつけるぞ」
アルフォンスは小さく息をつき、でもどこか楽しげに笑った。
「面倒なのに、やっぱりやっちゃうんだ……」
「楽しいことに制限は要らんのじゃ」
アルフォンスが陣式の切り替えを操作すると、乾燥させた果物が硬くなりすぎた。
「うわっ! 乾燥し過ぎて石みたいになった!」
「ぐっはっは、わしの陣式は容赦せんのじゃ! アル坊、もう一段下げてみてくれ」
アルフォンスは必死に微調整し、やっと程よい乾燥度に収める。
「ふう……これでやっと食べられる硬さかな」
グラナートは目を細め、果物を口に運びながら次の構想を語る。
「うむ、悪くない。……次は中心部だけ新鮮でみずみずしくするぞ」
アルフォンスは眉をひそめ、手を止めた。
「それはダメだよ。乾燥させないと傷みが早いから」
グラナートはにやりと笑う。
「ふむ、ならば工夫次第で両立させるぞ。アル坊、知恵も借りるとしよう」
アルフォンスはため息をつきつつも、目を輝かせる。
「グラといると、実験は一仕事どころか大冒険だよ」
グラナートは得意げに胸を張る。
「冒険じゃろうが、研究は楽しむもんじゃ! さあ、次の段階に進むぞ」
アルフォンスは装置を操作しながら、ふと首をかしげた。
「ところでグラ? 進む前に聞いておくけど……これ、何段まで組み込んだんだっけ? 分からなくなったよ?」
「あん? 知らん。そんなのは些細なことだ」
アルフォンスは思わず声を荒げる。
「些細じゃないよ! 切り替えするところは、何段まであるか分からないと付かないでしょ!」
グラナートは楽しげに笑って肩をすくめる。
「なら、探りながらやればいい。ほれ、それもまた研究じゃ」
アルフォンスは頭を抱えながらも、口元に笑みを浮かべた。
「いや、付けた僕たちが知らないのは、研究じゃなくて単なる健忘症だよ」
アルフォンスは首をかしげながら装置を操作した。
「なんか、干し肉が調整しにくいよ? 干渉制御いじったからかな?」
グラナートは目を見開き、豪快に声をあげた。
「なんだと! 干し肉は酒のつまみだろ! 最重要案件だろうが!」
「いや、最重要は薬草だよ! でも干し肉も大事だから……干渉制御どうする?」
グラナートは顎に手を当て、考え込むように頷いた。
「んんん……素材分析を入れて、干渉制御を調整するしかないわな」
「素材分析って、それだけで装置が大きくなっちゃうよ! 持ち運べないじゃん」
グラナートはにやりと笑った。
「簡易ので十分じゃろ。分析だ、アル坊、土の魔力で分析しろ」
アルフォンスは半信半疑で眉を上げる。
「はぁ? 土属性の魔力で果物とか干し肉まで分析できるの? 鉱石とかじゃないよ?」
グラナートは得意げに肩をすくめた。
「知らん。できると思えばできる……たぶんな!」
「……果物なのに土? でもまぁ、分析と言えば土属性の領域だしな。そういうことか?」
アルフォンスは果物に土属性の魔力を浸透させる。
「ん……思ったより浸透しやすいな」
「水分は除外して、糖分……ざっくりだな。なんだ、不明瞭なのが多すぎるぞ」
グラナートは腕を組んで笑う。
「把握したことはメモっとけ。干し肉さえ判別できれば問題ない」
「問題しかないよ!」
アルフォンスは次に、干し肉にする肉の塊に土属性の魔力を流し込む。
「へぇ……思ったより水分が多いんだな。よし、除外して……旨味成分? ……これだけで美味くなるのかな。脂も分析で出てくるのか」
アルフォンスは数種類の食材に順番に土属性の魔力を流し、内部構造を可視化していく。
果肉の糖度、肉の脂質、薬草の水分分布まで――彼の目には、色彩豊かに層となって浮かび上がった。
グラナートは隣で腕を組み、興味深げに見守る。
「ふむ、順調じゃな。アル坊、そろそろその結果を活かして干渉制御を調整するんじゃろ?」
アルフォンスは少し眉を寄せつつも、目の前の映像に夢中だ。
「うん……でも、これだけ複雑だと干渉制御も慎重にやらないと、せっかくの美味しさが台無しになるよ?」
グラナートは豪快に笑った。
「慎重になりすぎるなよ。楽しむのが研究の基本じゃ! さあ、アル坊、次はその干し肉を陣式に組み込む段取りだ」
「さらっと、陣式に干し肉が入るわけないよ!」
グラナートは腕を組んで真面目な顔で突っ込む。
「当たり前じゃろが! 干し肉を作るのに最適な陣式を入れるに決まっとるだろが!」
アルフォンスは目を丸くしながらも、分析結果の映像を指でなぞるように確認する。
「真面目な話だったのか……いや……でも、果物の陣式と一緒にすると干渉するんじゃないの?」
グラナートは肩をすくめて、どこか楽しげに答える。
「ふむ、それも研究の醍醐味じゃ。干渉もまた、調整次第で面白くなる」
アルフォンスはため息をつきつつも、目を輝かせた。
「やっぱり……グラと一緒だと、実験は大冒険だな」
グラナートはにやりと笑い、拳を軽く握った。
「そうじゃ、アル坊。楽しむことが何よりじゃ!」
アルフォンスは思わず声をあげた。
「いや、既に楽しむ先の遭難中だよ!」
工房の中は笑い声と小さな騒音に包まれる。だがその喧騒の奥には、確かな手応えがあった。乾燥魔道具の完成は近い。
アルフォンスが夢見てきた、薬草を簡単に、効率よく乾燥させられる未来は、もう手の届くところにある。
干し肉さえ邪魔をしなければ。
グラナートは果物と干し肉を前に、どこか得意げに胸を張っている。
「ふむ、次はこれをさらに面白くしてやるぞ、アル坊」
アルフォンスはため息混じりに笑いながらも、心の奥で小さな期待を抱いた。
「……面倒だけど、やっぱり、楽しいんだよな。でも、先に完成に持ってくよ?」




