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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第五章 導きの手、芽吹きの光
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第五節 錬成の成功、魔道具の夢

 魔法陣が応えてくれた日から数日後――。


 アルフォンスは、いつものように森を駆けていた。身体強化の魔法を織り交ぜ、木々の隙間を縫うように進み、薬草や魔石の気配を捉えるたびに足を止める。


 薬草の採集、魔石の拾い集め、小動物や獲物の狩り。それらは最早、日課として身体に刻まれていた。


 だが最近は、その日課に込める思いが少し変わっていた。森からの帰り際、小型の鹿を仕留め、丁寧に処理して背に担ぐ。


 ミレーユとレグルスは、この肉を細かく挽いて焼いた料理をすっかり気に入り、出さない日には分かりやすく元気をなくすほどだ。


 リュミエール様までが、二人に合わせて表情を曇らせる。そんな、ささやかな変化もある。


 昼前に屋敷へ戻ると、門前に見慣れた馬車が止まっているのに気がつく。リビングに顔を出すと、母ティアーヌと談笑しているリュミエールがこちらを振り向いた。会釈を交わし、アルフォンスは工房へ向かう。


 採集物を整理していると、戸口からリュミエールが静かに声をかけてきた。


「アルフォンスさん、作業を見学してもよろしいでしょうか?」


「はい、どうぞ」


 了承の言葉とともに、アルフォンスは作業台を整え、道具を並べる。


 この日のポーション作成は順調だった。魔力封入はすでに滑らかになり、三十本を短時間で安定して仕上げられるようになっている。


「とても手際が良くて、見惚れてしまいました。驚くほど早いですが、コツのようなものがあるのですか?」


「以前お話しした魔力操作が、だいぶ自然にできるようになったんです。あまり意識せずに魔力を流せるようになりました」


 封入作業を終えたアルフォンスは、少し息を整えてから続ける。


「このあと、錬金術で薬草を乾燥させる実験をします。なかなか錬成陣が安定せず、試行錯誤ばかりですが」


「乾燥……ですか?」


「はい。鮮度を落とさず乾燥できれば、調薬の効率はぐっと上がります。楽になる、というよりは〈安定して多く作れる〉と言った方が正しいかもしれません」


「ぜひ、拝見させていただきたいです」


 リュミエールが椅子を引き直し姿勢を整える。


 アルフォンスは魔力水に粉末魔石とミスリル粉を混ぜた溶剤を調合し、筆先を整えると、石板の上に慎重に錬成陣を描き始めた。乾燥処理用に設計した錬成陣。狙いは薬草を傷めず、水分だけを抜き取ること。


 魔力を流す。力ではなく、方向を示すように。静かな光が錬成陣を走り、わずかに空気が乾いていく。


「……成功、みたいだな」


 手のひらに残ったのは、香りも効能も失わないまま乾燥した薬草。


「成功されたのですか?」


 不意の声に、アルフォンスは我に返る。すっかりリュミエールの存在を忘れていた。


「はい。うまく乾燥できました」


 母を呼びに行ったアルフォンスは、工房でティアーヌに乾燥薬草を手渡し、検分を頼む。アルフォンスは引き続き乾燥薬草を作る。


 リュミエールは、調べているティアーヌの傍らに立ち、そっと問いかけた。


「私にも、何かお手伝いはできますか?」


「ええ、この乾燥薬草を使って、一緒に水薬を作りましょう」


 ティアーヌとリュミエールは肩を並べ、試作を始める。薬草の量、煮出し時間、温度。二人は楽しげに意見を交わし、幾通りも試していった。


 やがて作業を終えると、三人はリビングでお茶を囲みながら結果を確認する。


「品質は問題なし。手順を詰めれば、さらに良くなるわ」


 ティアーヌはきっぱりと言い切った。


「とても扱いやすくなりましたし、これは生産性も上がりますね」


 リュミエールも評価を添える。


 アルフォンスは深く息をつき、静かに今まで考えていた想いを話し出す。


「薬草を乾かせればって、小さい時から考えていた。乾燥させれば保存性が高まり、運搬で傷む心配も減る」


 アルフォンスは小さいころ、薬草を軒下に吊るしたり、風の通りが良い場所に吊るした記憶を思い起こす。


「乾燥させられるなら、薬草の採集で、それほど鮮度の劣化を意識することなく採集できます。ミルド村はもっと薬草を採集でき、領都だけでなく、王都にだって出荷できるようになる」


 貧しくはないが豊かではない村の風景を思い浮かべる。


「薬草から水薬を作る技術は、調薬師にとって大事だけど、今以上にポーションを供給するのは難しい。乾燥薬草で生産性が上がれば、救える命も増えると思います。この道を選択しない調薬師はいないと信じてます」


 そこまで言って、アルフォンスは小さく首を振る。


「でも、僕だけが乾燥できても広がらない」


 沈黙を破ったのは、リュミエールの何気ない一言だった。


「あの、魔道具にできたりしないのでしょうか?」


 はっと顔を上げたアルフォンスの表情が、一気に明るさを帯びる。


「ありがとうございます。進む道が、はっきり見えました。リュミエール様」


 勢いそのままに、アルフォンスはティアーヌへ向き直る。


「母さん、公爵様のところに行って、協力をお願いしようと思います。公爵様の領都バストリアは〈魔道具都市〉と呼ばれているそうです」


 アルフォンスは力を込めて想いを声にする。


「そこでなら、この乾燥錬成陣を魔道具という形にできるかもしれない」


 その言葉に、リュミエールの表情がわずかに強張った。


 『公爵様って、マクシミリアン公よね? 繋がりは……あるわね、大湿地帯で同行してますし。でも、それでも即断できるもの?』


 公爵家は雲の上にいるとしか形容できない貴族として最上位の家格、マクシミリアン公は王弟でもある。


『貴族であれば、その選択肢はない。〈王国の盾〉である公爵家、王弟でもあるマクシミリアン公。気軽に伺うとかありえない。でも、アルフォンスは気負いもなく、自然体で頼ろうとしている。それだけの関係性なのかも』


 リュミエールが深く考えを巡らせているのに気が付かないまま、ティアーヌは柔らかく笑みを浮かべた。


「あなたの考えは筋が通っているわ。その夢は、あなたのもの。止める理由なんてありません。自分の判断で動きなさい」


 アルフォンスは少し苦笑していた。


「母さん、その『()()()()()()』って父さんも使ってたけど、一般的なの?……まぁ、うん。公爵様のとこまで行ってくる」


 リュミエールは、なんとか一言だけ伝えられた。


「アルフォンスさん、アラン伯父様、伯爵を通して先触れの手紙は送ってあげて……」


 アルフォンスは嬉しそうに頷いた。


 薬草をただ乾燥させるための魔道具。――小さな一歩が、やがて王国の未来を大きく変える風となる。


2025/10/10 加筆、再推敲をしました。

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