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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第五章 導きの手、芽吹きの光
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第四節 導きの糸、応える光

 リュミエールと交わした言葉が、胸の奥に小さな灯を残していた翌朝――。


 アルフォンスは、いつものように領都(ヴァレオル)北側の斜面へ足を運んでいた。だが今日は、いつもより少し森寄りへと歩みを進めている。


 理由ははっきりしない。けれど歩くうちに、()()()()()()という確信めいた感覚が、自然と足をその方向へ導いていた。まるで見えない糸が、彼の歩みをそっと引き寄せているかのようだった。


「もしかして、僕の中にある()()()の魔力が、薬草や魔石を探したいっていう気持ちを拾って、手伝ってくれてるのかな」


 ぽつりと洩れた独り言は、森の静けさに吸い込まれていく。誰に聞かせるわけでもないが、その感覚はあまりにも自然で、思わず声となって現れていた。


 この感覚は、幼いころから幾度もあった。薬草を探すとき、迷いなく手を伸ばした先に生えていたこと。


 森の奥で偶然のように見つかる魔石や動物の気配。あれは偶然でも勘でもなく、きっと風属性の魔力が、さりげなく導いてくれていたのではないか? そんな気がしていた。


「もしかして、創世の女神様が禁じたのって、意図して魔力を使うことだけで、無意識で安全な範囲なら別に禁止じゃないとか?」


 自分の口にした答えのない疑問に苦笑が漏れる。けれど心のどこかで、それを確かめてみたいという気持ちが芽生えていた。


 『もっと探したいんだ。だから、手伝って』


 心の中でそう()()ながら、アルフォンスは森の奥へと踏み込む。言葉ではなく、気持ちで伝えるように、そっと魔力へ想いを乗せて。


 昼が近づくころ、自宅へ戻ったアルフォンスは、工房の作業台に今日の成果を並べていた。薬草も魔石も、どれも状態が良く数も申し分ない。


 その様子を見た母ティアーヌが、ふと笑みを浮かべて声をかける。


「ずいぶん頑張ったわね。今日はずっと森に入ってたんじゃない?」


 アルフォンスは棚へ草を仕舞いながら、少し照れくさそうに笑った。


「今日は〈風〉の魔力にお願いしてみたんだ。もっと見つけたいって。そしたら、なんだか足が勝手に動いたみたいで」


「ふふっ、あなたの魔力は働き者なのね」


 ティアーヌはそう言って、まるで我が子の友達を褒めるように優しく微笑んだ。


 昼食を終えると、アルフォンスはそのまま工房に籠もった。乾かしておいた薬草の選別を終えると、煮出し用の器具を並べて火を入れる。部屋に立ちのぼる薬草の香りが、次第に彼の集中を深めていく。


 素材の色や香り、煮出す温度と時間の微調整。どれも今では手慣れた作業だが、今日は少し違う緊張が混じっていた。


 魔力の流し込みに、()()を添えてみる。リュミエールとの対話を経て、浮かび上がった魔力に想いを伝える。その試みを実際にやってみようとしていた。


 アルフォンスは水薬の入った小瓶を一つ取り、目を閉じる。心の中で魔力の流れを整えながらそっと意識を添える。


 『ここに、安らかに、馴染んでほしい。この水薬の中で、穏やかに留まっていてほしい』


 その想いを、魔力に込めた――。流し込むだけ、導くだけ。けれど、そこに心を添える。魔力の流れに意識を集中し、素材の内側へとそっと方向を与える。


 ここまで――。


 と囁くような感覚が返ってくる。その感触を頼りに、魔力を止めた。次の瓶へ手を伸ばす。


 ひたすらに、繰り返す。流し、止める。導き、留める。その反復の中で、アルフォンスの心は不思議と静まり、作業そのものが深い瞑想のような静けさを帯びていった。


 魔力が素材の中に溶け込み、自然に留まるたび、小さな手応えが胸に灯る。やがて窓の外が淡い橙色に染まり始めたころ、アルフォンスは最後の瓶に魔力を送り終えた。


「今日は()()とか()()()っていう感覚を、魔力に伝えるつもりで、ずっと繰り返してたんだ」


 夕食前、作業を終えてそう告げると、ティアーヌは笑みを浮かべながら一本ずつ瓶を手に取り、光に透かして確認していく。


「三十本。どれも安定してるわね。とても丁寧で、自然な封入、これは店頭に並べてもまったく問題ないわ」


 瓶を戻したティアーヌは、優しく目を細める。


「魔力に()()を伝える。ずっと前にあなたが言ったこと覚えてる?」


 アルフォンスは頷いた。あの言葉が、ようやく形になりはじめている。そんな実感が、胸の奥に静かに広がっていた。


 その日は、朝から静かな時間が流れていた。アルフォンスは薬草採集には出ず、工房の椅子に腰を下ろし、作業台の上で指を組んでいた。


 目の前には、魔法陣作成に使ってきた用具と材料の数々。しかし、それらは沈黙を保ったまま、動く気配もない。


 錬金術を本格的に学び始めてから、彼は自分なりの錬成陣を作ることに挑んできた。ポーション作成や魔力封入では手応えを得つつあるのに、魔法陣だけは一向に進展がない。


 描いても、描いても、何も起きない。何の反応もしないという事実は、想像以上に心を削っていく。


 だが、今日は少し違う気がしていた――。


「今までと、魔力との向き合い方が違うんだ」


 リュミエールと交わした魔力操作という概念。魔力に想いを伝えるという考え方が、今までの自分には決定的に欠けていたのではないか。それを確かめたくて、今日は一日中この試行に向き合うと決めていた。


 まず、魔法陣作成に用いる溶剤の調整から始める。基本材料は三つ。蒸留水に自らの魔力を封じた〈魔力水〉、粉砕した〈粉末魔石〉、魔力の流れを安定させる〈ミスリル粉〉。


 慎重に調合を進めながら、今回は新たな一工夫を加えた。少量の〈スルリカ草〉抽出液を混ぜ、魔力との馴染みを助ける。


 最後の工程は火加減を細かく調整しながら、自らの魔力を穏やかに流し込む。ただの力ではなく、意思を、想いを込めて。


 『僕は、この溶剤で魔法陣を起動させたい』


 その想いを抱きながら魔力を封入すると、液体は淡い銀緑色に染まり、ほのかに光を帯びた。


「うまく、できたと思う」


 小さく呟き、アルフォンスは石板の上に清め布を敷き、陣を描く準備に入った。


 今回は教本通りの構成をやめ、自分の〈変質〉の性質を活かす構成を試みる。中心には〈転写〉と〈抽出〉の符形、その外周に〈変質〉と〈精質安定〉を組み合わせた円環を描く。


 ペンに新たな溶剤を含ませ、ゆっくりと筆を進める。


 『君の居場所を作りたい』


 意識を一点に絞り、線の一筆ごとに魔力を送り、陣の構造を結びつけていく。


 魔力操作の概念、行きたい方向を伝え、魔力に()()()()。それはまるで、馬車の御者が行き先を告げ、共に道を進む感覚に似ていた。


 最後の線を引き終えた瞬間、アルフォンスはそっと息を吐く。魔力を流す。力ではなく願いとして。


 その瞬間――。

 石板の上に描かれた円環が、淡く揺らめいた。ほんのわずか、呼吸をするように。


「……今、動いた」


 漏れた声は、驚きというよりも深い実感を帯びていた。


 確かに、魔力が応えた。まだ微細な反応だが、それは紛れもなく()()ではない。アルフォンスはしばし黙って石板を見つめた。


 長く閉ざされていた円環に、一筋の光が差し込んだ気がした。


 魔力に言葉ではなく心で語りかけること。――それこそが、沈黙を破るための第一歩なのかもしれない。


2025/10/10 加筆、再推敲をしました。

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