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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第五章 導きの手、芽吹きの光
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第二節 封じること、導くこと

 冒険者ギルドを出たアルフォンスは、肩に革の小袋を掛け領都(ヴァレオル)の北門に向け歩みを向けた。


 目指すのは北門を越えた先にある領都北側の南向き斜面。雪解けが早く陽当たりの良いその場所は、春先にいち早く草が芽吹く。祝福の儀を終えたばかりの若者たちが、冒険者として登録後に最初に挑む薬草採集の〈定番〉でもあった。


 斜面へ向かう途中、見慣れない顔ぶれの冒険者たちがちらほら目に入る。装備も揃わぬまま、足元を探りながら薬草を物色する姿は、どこか危なっかしい。


「なぁ、風草ってこれで合ってるのか?」

「ちょっ、踏まないで! それ芽が出たばっかりなのよ!」


 あちこちから聞こえる初々しいやり取り。


 アルフォンスは彼らに声をかけず、足を止めることもなかった。この斜面は、もう何度も歩いている。薬草が好む場所、霜が残りやすい凹地、地熱のこもる岩陰など、身体が自然と道を選んでいく。


 あの辺りにあるはず――。

 感覚に従い、人影の少ない一帯へと入り込む。


 木の根の間に残る霜を避けながら、日だまりの岩のそばに腰を落とす。やはり、そこには陽を受けた風草が顔をのぞかせていた。


 根元をそっと確かめ、傷みのないものだけを摘み取る。ヒエ草も、葉の張りや朝露の光沢で状態を見極め、若株のうちに収めていく。


 周囲は静かだ。土と草の匂い、鳥のさえずり、吹き抜ける風。そのすべてが、アルフォンスには馴染み深い。


 陽が高くなる頃には、小袋の中に春の草がしっとりと収まっていた。芽吹き始めたばかりの季節にしては、質も量も申し分ない。


 町へ戻ると、家ではティアーヌが昼食の支度を終えていた。鍋から立ちのぼるスープの香りと、こんがり焼けたパンの匂いが室内を満たす。多くを語らずとも、食卓には静かな満足があった。


 食後、アルフォンスは作業台へ向かい、採ってきた薬草を並べる。色、艶、香りを見極め、手早く丁寧に選別し、煮出しの準備に入った。小鍋に薬草と水を入れ、火を灯す。炎の強弱を細かく調整し、香りと色の変化に意識を集中させる。


 煮過ぎれば成分は失われ、弱ければ抽出は甘い。教わった基本が自然と手と感覚を動かす。やがて、淡緑色の水薬が小瓶に注がれた。


 アルフォンスは深く息を吸う。


 魔力を整えて水薬に流し込んでいく。することは簡潔だ。昨日と同じように魔力が馴染まなかったり、弾かれたり――作業台には失敗作の瓶がずらりと並んでいた。


 数日、薬草を採集し魔力封入を繰り返したが成功しない――。


 この数日、考えては試し、そして失敗を重ねている。積み重なるのは魔力封入に対する()()()


『魔力制御は体内の魔力を整えること』


 何かが決定的に欠けている――その感覚が強くなる。


『体内から出て水薬へ向かう魔力は、すでに体外にある。体外に出ても制御は続くのか?』


 アルフォンスは目を開き、自らの手を見つめる。


「そうか! 体外に出るところで途切れている。行き先を示さなければ駄目なのかもしれない」


 再び目を閉じ、静かに魔力を感じ取り意識を向ける。押し込むのではなく、寄り添い導くように。あくまで水薬に馴染む柔らかさで――。


『水薬向かい、混ざり、馴染み、定着して欲しい』


 静かに魔力を感じ、意識を向ける。押し込むのではなく、寄り添い、導くように。あくまで水薬に馴染む柔らかさで。


 もう少し――。


 不意に、胸の内へ響く感触。まるで水薬が『まだ足りない』と求めてきたかのような、不思議な気配。その声に応えるように、一度流れを留め、方向を変えて再び滑らかに送り込む。瓶の中で、魔力が静かに溶け合っていく――。


 魔力封入を終え、小瓶を見つめる。


『魔力制御は整える。魔力操作は導く。変質は、変える』


 その三つが、ひとつの線で結ばれた気がした。特異属性〈変質〉への道筋が、ほんの少し、形を見せたように思える。


 瓶を手に、ティアーヌのもとへ向かう。


「できたと思うんだ、これ」


 ティアーヌはそれを受け取り、光に透かし、香りを確かめ、やがて小さく微笑んだ。


「ええ、しっかりできているわ」


 そう言って、アルフォンスの頭をやさしく撫でる。その温もりこそ、なにより確かな答えだった。


 北斜面に芽吹く草のように――。

 アルフォンスの中にも、新しい感覚が静かに、しかし確かに根を張りはじめていた。


 春の陽が差し込む室内には、薬草と湯気が混じり合ったどこか懐かしい香りが漂っていた。作業台の端に、アルフォンスは自ら仕上げたばかりの水薬の瓶をそっと置く。


 瓶の底でゆらめく魔力の残響が、微かに光を帯びて揺れていた。視線を落とした彼は、ふと眉をひそめる。


 魔力封入――。

 そう呼ばれる工程に、彼は今、はっきりとした違和感を覚えていた。


 封入という言葉は、閉じ込めることを指し示す。だが実際に瓶へ魔力を込めたとき、自分の内から引き出し、瓶へと導いた感覚は明らかに違っていた。


 押し込むのではなく、寄り添い、馴染ませ、自然に流れ込んでいく、そんな柔らかな接触。


『封入って言葉そのものが、間違っているのかもしれない』


 その疑問は単なる言い回しの違いではなかった。封入とは本来、()()()()の技術なのではないだろうか? そんな思いが、心の内でじわりと形を帯び始めていた。


 これまでの常識では、魔力封入は魔力制御を鍛えた先にあるとされてきた。魔力を逸らさず、暴れさせず、整えて流す。ただ()()()だけでは到達できない、もっと深い領域があるのではないか。


 そう感じ続けていたのだ――。


 思考が胸の内で膨らんでいく。だが、ひとりで抱えるには少し重すぎる問いだった。ふと背後の気配に目を向ける。


「母さん。少し話してもいい?」


 食器を布で拭いていたティアーヌが手を止め、静かに振り返る。その瞳は、ただ聞くだけでなくきちんと受け止めてくれる。そんなあたたかさをたたえていた。


「ええ。もちろんよ」


 アルフォンスは作業椅子に腰を下ろし、自分の言葉をひとつずつ探しながら話し始める。瓶に魔力を込めたときの違和感、導くように流れた感触、そしてそこから芽生えた〈魔力操作〉という新しい概念。


 語りながらも、胸の奥にはまだ確かな形を持たぬ感覚が、手探りで輪郭を探しているようだった。


 ティアーヌは一言も挟まず、黙って耳を傾け続けた。やがて話が途切れると、彼女は少しだけ顎に手を添え、斜め上を見つめる。


「……ふうん」


 熟考するその様子は、薬草の処方を組み直すときと同じだった。ティアーヌの目が、曇りのない眼差しで息子へと戻る。


「アルの感じたこと、全部を言葉で理解できたわけじゃないけれど、すごく面白いわ」


 棚の薬草に目を向けながら、ゆっくりと続きの言葉を紡ぐ。


「たしかに、()()()()と聞くと、どうしても閉じ込めるって響きになるわね。でも、私が魔力を込めるときに感じていたのは、もっと、染み込ませるとか、包み込むような感覚だったの」


 そう言って、ティアーヌは作業台に置かれた瓶を手に取る。光にかざされた水薬は、瓶の中でほのかな輝きを放ち、春の陽差しに穏やかに応えていた。


「これは、とても自然に仕上がっているわ。入れた魔力が()()()を見つけたような落ち着きがある」


 静かな声が部屋の空気を和らげる。ティアーヌは再びアルフォンスの方を見て、小さく頷いた。


「魔力制御は、()()()ための術。魔力操作は、()()ための術。どちらも必要だけれど、今の時代は魔力制御の方にばかり偏っている気がするわ」


 ティアーヌは言葉を選びつつ言葉を継ぐ。


「あなたのように、()()()()()ことを最初から考えられる人は、少ないのかもしれない――」


 言葉はやわらかかったが、その声音には確かな芯があった。


「アル。あなたが感じたその魔力操作の感覚、それはきっと、あなた自身の特異属性〈変質〉に繋がる鍵でもあると思うわ」


 ティアーヌは微笑みを浮かべ続ける。


「魔力を整えるだけじゃなく、性質を変える。そのための()()()を、あなたはもう掴みかけている」


 そう言って、ティアーヌは手を伸ばし、そっとアルフォンスの肩に触れた。その掌のぬくもりに、彼は目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。


 すべてを、うまく説明できるわけじゃない。けれど、この手で感じた確かなものがある。それが術になっていく予感が、確かにあった。


 心に芽吹いたその感覚は、やがて技術へと形を変えていくのだろう。――春の大地が新しい芽を育てるように、アルフォンスの中にも、静かに一本の理解が根を張りはじめていた。


2025/10/10 加筆、再推敲をしました。

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