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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第三章 眠る森、目覚める心
13/103

閑話 友誼の地、風眠る西の境

 フェルノートという国の形もない遥か昔――。


 王国という原型すらない時代、この海辺の地には、潮風とともに生きる人々がいた。星を読み、波を渡る海の民は、外洋に乗り出し、この地の入江を発見した。岩礁と入り組む岸辺は、船を休め、潮を待つには格好の地であった。


 人々は船を浜に寄せ、網を繕い、木を伐って焚き火を起こす。戻るたびに拠点は少しずつ拡張され、やがて岩陰には倉や作業場が建ち、入江は港のかたちを帯びていった。


 船は潮に揺れ、帆布が風にそよぐ。焚き火の煙が立ち上る間も、船乗りたちは海を見据え、次の航路に思いを馳せていた。


 この地に拠点を作った船団の船長の名は、リューウェン・ノルド。


 彼の名はやがて王国の建国譚に残り、この拠点が港町となり、さらに貴族領の領都となったとき、リューウェンという名がつけられ、世代を越えて語り継がれていくことになる――。


 リューウェンは争いに興味の薄い人物だった。船の舵を握り、外洋を渡り、交易を興し、ただ穏やかな暮らしを築くことを望んでいた。


 しかしこの地には、幾人もの豪族たちがひしめき合い、覇を競い、火を交えていた。そんな折、内陸の戦に身を置いていた一人の青年が、リューウェンのもとを訪れた。


 青年の名は、ルヴェイン・フェルノート――。


 静と動。海と陸。異なる感性を持ちながらも、二人の間には不思議な共鳴があった。リューウェンは、ルヴェインの目指す「民のための支配」に深く感じ入るものを覚え、以降、彼の戦いに海からの支援を惜しまなかった。


 交易で得た富は戦費へと姿を変え、ノルドの船団は時に軍船となって敵を制し、時に商船となって物資を届けた。やがて、ルヴェインは各地の反抗勢力を平定し、この地に初めて「国」の名を与えることとなる。


 フェルノート王国の始まりである――。


 国王となったルヴェインは、盟友リューウェンに爵位を贈ろうとした。だが、海の民はあくまで海に生き、土地に縛られることを望まなかった。


 リューウェンは領地管理を受け持つ在地貴族の座を辞退し、代わりに、〈在地貴族を寄り親に持たぬ()()()()()()()〉として、独自の地位を受け取るに留まった。


 こうして、ノルド子爵家は、王国の中でも特異な立ち位置を持つ家系となった。陸に固執せず、海を守り、海を支えとする。それがノルドの矜持であり、王家との絆の原点でもある。


 これは、ノルド家に伝わるフェルノート王国建国の伝説であり、先祖たちの歴史でもある――。


 時代は進み、フェルノート王国の最西端の位置に領地を持つノルド子爵家に変動の時代がやってきた。


 西方探索が王家に伝わりしばらく後――。


 領都〈リューウェン〉は、岩壁に囲まれた天然の湾を母体とし、強い潮風と荒波にも耐えるよう築かれた港町である。歴史は古く、領都の名となっているリューウェンが率いる船団により作られた地である。


 現在、この地を率いているのは三十代の当主であるグレアル・ノルド子爵である。彼のもと、港は日々白帆と碇の音に満たされ、潮風に混じって数々の言語と品が行き交っていた。


 ある日のこと、雲ひとつない空の下、王家の紋章を掲げた一隻の小船が、海面を滑るように静かにリューウェンの港へと入った。


 軽やかに波を割って岸へ寄せられたその船には、王都(リヴェルナ)よりの使者が乗っていた。港の迎賓館にて彼を迎えたのは、ノルド家の当主グレアルと、その妻フェリア。そしてその傍らには、年若きノルド子爵家長女リサリアの姿もあった。


 まだ十歳にも満たぬ少女であるはずなのに、リサリア子爵令嬢の佇まいには、幼さよりも凛とした気配が先に立っていた。使者は一瞬だけ驚いたように目を細めたが、すぐに態度を整え、懐から革紐でまとめられた文書を取り出す。


「王家より、西方未探査地に関する記録文書と地図の写しをお届けいたします」


 恭しく差し出されたそれをグレアル子爵が受け取ると、迷いなく横のリサリア子爵令嬢へと手渡された。


 リサリア子爵令嬢は黙って一礼すると、細く整った指先で羊皮紙を一枚ずつ丁寧に繰り始める。薄紫がかった銀の髪が微かに揺れ、淡い琥珀の瞳が真剣な光を宿して紙面を読み進めてゆく。


 その表情が、次第に驚きと興味の色に染まっていった――。


 未探査の森を越えた先。そこには大河の流れ、風の向き、獣の痕跡や植物の特性までが、驚くほど精緻に記されていた。字は幼気で、所々に幼さがにじみ出ている。しかし、全体を通して見れば理路整然としていて報告書の体裁が整っていた。


「この記録、とても丁寧で観察の精度が高いわ。同じ年頃の子が書いたとは思えないほどですわ」


 ぽつりと漏らした声に、使者が頷きを返す。


「こちらの記録は、王家の方々も注目している平民の少年、アルフォンスが提出したものです。まだ九歳。北西部のマリーニュ伯爵領より、自発的に探索を行っております」


 リサリア子爵令嬢は目を伏せ、記録の文面を再び見つめた。その眉間には深い思案の影が差している。


 やがて顔を上げると、まっすぐに使者を見据えた――。


「ノルド子爵家長女、リサリア・ノルド。父グレアルに代わり、本件についての見解を述べさせていただきます」


 年齢をはるかに超えた落ち着きと、芯の通った声音が応接室の空気を静かに引き締める。


「我がノルド家は、海の民の血を継いでおります。ゆえに、陸地の拡張や統治を我が家の本分とはしておりません――」


 リサリア子爵令嬢は、テーブルに置かれた資料にそっと手を当て口上を続ける。


「しかし、海からの補給、航路の確保、物資の輸送――これらに関しては、他家にはない迅速さと柔軟さで対応できると自負しております」


「従いまして、王家には地上探索を担う適任の貴族家を別途ご選定いただき、ノルド家はその支援体制を築くことでお応えしたく存じます」


 言葉を終えると、リサリア子爵令嬢は静かに使者に一礼を送った。


 使者はしばし返答をためらったが、グレアル子爵が深く頷くと、それに倣うように頭を垂れる。


「ご英断、深く感謝いたします。王家に報告の上、相応しき探索家の選定を進言いたします」


 こうして、フェルノート王国の西方へと向けた新たな一歩が、静かに踏み出された。


 いまだ地図に記されぬ土地。山脈を越え、誰も知らぬ風と光が流れるその先には、確かに未来が息づいている。


 それは、少年の観察と少女の決断が重なり合い、王国の未来へと連なる、――まだ誰も知らぬ物語の始まりだった。


2025/10/06 加筆、再推敲をしました。閑話に登場人物を試験的に記載。

名前 : 役割/関係性 : 説明/特徴 (Gemini作+補筆)

■リューウェン・ノルド : 船団の船長/始祖 : 船団を率いて入江を発見し、拠点を築いた人物。リューウェンという港町とノルド家の名の由来。争いに興味が薄く、穏やかな暮らしを望んでいた。

■ルヴェイン・フェルノート : 青年/建国者 : 内陸の戦に身を置いていた青年。リューウェンと友誼を結び、王国の建国者となる。

■グレアル・ノルド子爵 : 当主 : 三十代の現当主。港町リューウェンを率いている。王都からの使者を妻と長女と共に迎えた。

■フェリア・ノルド子爵夫人 : 当主の妻 : グレアル子爵の妻。王都からの使者を夫と長女と共に迎えた。

■リサリア・ノルド子爵令嬢 : 長女 : グレアル子爵の長女。まだ十歳にも満たないが、凛とした佇まいと落ち着きを持つ。王家使者に対し、ノルド家としての支援体制について見解を述べた。

■アルフォンス : 平民の少年/探索者 : 九歳。北西部の領地より自発的に探索を行い、精緻な記録文書と地図を王家に提出した。

■使者 : 王都からの使者 : 王家の紋章を掲げた小船でリューウェンの港を訪れた人物。王家より西方未探査地に関する記録文書と地図の写しを届けた。


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