第三節 魔道具フェス、夢を叶える街
冬の冷気が街を覆っていたが、マクシミリアン公爵邸の広間は、熱気と笑い声に包まれていた。
朝食は昨晩と同じく、晩餐会の会場に指定されており、煌びやかな天井からは朝の光が差し込み、金や宝石を散らしたようにきらめいている。杯を手に談笑する声や椅子の軋む音が、自然と広間を満たしていった。
同行していた家族たちはそれぞれ宿へと向かったが、参加者たちは全員、離れの客間に宿泊しているため、一同はこの場に揃っていた。
朝の光が差し込む中、アルフォンスが静かに口を開く。
「昨日はお疲れさまでした。今日の予定ですが、午前中は魔道具フェスの会場で最新の魔道具をご覧いただきます」
魔道具フェス――
特設講座の面々が魔道具都市を訪れると知った工房主たちが、あちこちで話を広げた結果、最新の魔道具展示会と祭りを融合させて開催することになった催し。最近、バストリアは色々と騒がしく盛り上がっていたこともあり暴走状態で開催する事態になっていた。
魔道具フェス開催の噂は瞬く間に広まり、各地から多くの人々が集う大規模な祭典となっていた。
「同行で来ている家族の皆さんも合流の手配は済んでいます。あまりにバラバラだと問題が出る可能性がありますので、ある程度集まって回ってください」
アルフォンスは周囲を見回し、続ける。
「お昼には戻り、昨晩晩餐した会場で工房主たちと集会となります。昨日は顔見せでしたので、今日は実現性や改善の方向性など、来期の課題をどんどん洗い出してください」
時間が来るまでの間、参加者たちは雑談のような雰囲気で昨日の話や最新作魔道具の予想を交わす。
「最新作って、多くはアルフォンスとグラナートさんが書き散らしたやつなのかな?」
「昨日、少し聞いてみたら、悪ノリした工房が変なのも作ったらしいよ。ゲラゲラ笑ってて、ちゃんと聞こえなかったけど」
「串焼きとかお店がたくさん出てるらしいぞ。侍女さん情報だと、突発とは思えないほど人出も多くて、街中が大騒ぎで買い出しとか苦労したらしい」
「お前の、その侍女さん情報を集められる能力に驚くわ」
あちこちから笑い声が上がった。
魔道具フェスの会場は、予想をはるかに超える賑わいを見せていた。近隣の住民だけでなく、王都やその先の領地からも多くの魔道具愛好者が集まり、その熱気が辺り一帯を包み込んでいる。
人波に押され、やむなく騎士の先導を頼んで会場へと入った。
「おっ! 特設講座の人たちが来たみたいだ」
「俺も現役だったら、ぜひ参加したかったよ」
周囲から特設講座の話題が聞こえてくる。
『えっ? なんでまた特設講座の噂が広まってるんだ? 学園内の講座なのに、こんなに注目されているのか?』
アルフォンスは表情に出さぬよう努めながらも、内心で驚きを隠せなかった。
特設講座――
王立学園の内部に設置された講座だが、入学式を通じて国王陛下の肝入りと伝えられたことから想像以上に情報が広まっていた。加えて、ブリーフィングという不思議な流行が学内だけでなく学外に広がり、「特設講座発祥」という触れ込みで話題が加速した。
最近になり、領都で多くの魔道具が発表、発売されたことで魔道具好きの間では「魔道具の夢」が圧倒的な支持を集め始め、予想もしなかった形で情報が無秩序に拡散していった。
そして、今回の魔道具フェスはかくも大規模な催しとして、開催されるに至ったのだった。
――最高責任者不在のまま。
騎士の先導で辿り着いたのは、会場の中でもひときわ目立つ、ステージ状に設えられた場所だった。そこには、グラナートが満面の笑みを浮かべて待っていた。
『……マズイやつだ』
瞬時にアルフォンスは悟ったが、時すでに遅く、気付けばステージに立たされ、左隣にはグラナート、右隣にはリュミエールが並んでいた。
視線で助けを求めるようにリュミエールを見ると、彼女は小さく首を横に振る。
『諦めなさい。もう手遅れよ』
その仕草が告げていた。
リュミエールの横で無様は晒せない――。
アルフォンスは拡声用の魔道具を受け取り、会場全体を見渡した。
「みなさん、おはようございます。王立学園で特設講座を開いている、アルフォンスです」
まるで予定されていた演説のような滑り出しに、特設講座参加者のメンバーたちは一様に驚きの声を漏らす。
「……平然と始めたよ」
「半端ない平常心だ。見習わないと」
「まず、魔道具フェス開催のため尽力してくださったバストリアの皆さんに、心から感謝を申し上げます。これほど見事な催しを、短期間で準備していただき、本当にありがとうございます」
「僕は十歳のとき、単身バストリアを訪れ、グラナートさんと出会い、〈乾燥魔道具〉を作りました。これは、完全に僕の個人的な都合から始まったことです」
会場のあちこちでざわめきが広がる。
「十歳でバストリアに単身できた?」
「隣のマリーニュ領出身て聞いたことある」
「グラナート様に会えるものなの?」
「その後、魔導双風機は工房主さんたちの手によって形になりました。こうした交流が特設講座の開設へと繋がり、まさかこの〈魔道具フェス〉にまで発展するとは、当時は夢にも思いませんでした――」
「魔道具は人々の生活を支え、安全のためにも尽くしてくれます。バストリアは別名として〈魔道具都市〉とも呼ばれています。それを知った僕は、夢を胸に単身訪れました」
「そして、この街は僕の夢を叶えてくれました。これからも――夢を叶える街であり続けるため、力を尽くしていきたいと思います」
「本日は、〈魔道具フェス〉にお越しくださり、誠にありがとうございます」
深く一礼するアルフォンスに続き、リュミエールとグラナートも頭を下げた。
静寂――。
ほんの一瞬の間をおいて、領都の空気が震える。広場の隅々まで響く拍手が波のように押し寄せ、石造りの壁に反響して幾重にも重なった。
誰かが歓声を上げると、それが合図のように広がっていく。冬の空気を切り裂くような声、笑い、笛の音。そのすべてが、街という生き物の鼓動のように鳴り渡っていた。
アルフォンスは目を細め、深く息を吸い込む。――あの日も、同じように領都〈バストリア〉は震えていた。
異変からの帰還――。
煤けた空、焦げた匂い、泣き笑いの人々。
胸に残るのは、安堵と、静かな誇り。
今、響いているのは、あの時とは違う歓声。
けれど根底にある温もりは、変わらない。
胸の奥で、何かがゆっくりと灯る。――街の息づかいが拍手の中に溶け、冬の空へと昇っていく。




