表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十六章 深まる友誼、魔道具都市の夢
108/143

第二節 ドワーフの宴、交わる輪

 本格的な冬の訪れが迫る、マクシミリアン公爵領都(バストリア)――。


 夕暮れの橙が街並みを柔らかく染め、屋根の上では薄く積もった霜がきらりと光を返していた。吐く息は白く、パン職人の店先からはまだ焼きたての香りが漂う。往来を行き交う人々の肩には、毛織のマントや外套が厚く掛けられている。


 城門の外では、暮れなずむ空を背に、馬車の一団がゆっくりと進んでいた。蹄が石畳を叩くたび、乾いた音が夜気に響く。馬たちの吐く白い息が淡く漂い、薄闇に溶けていった。


 見張り台の兵が合図の鐘を鳴らすと、門前にいた人々が一斉に顔を上げる。屋台の主人が手を止め、荷を担ぐ商人が足を止め、通りを行く子どもが「誰だろう」と小さくつぶやいた。


 やがて――その中の誰かが気づき、笑みを浮かべる。

「お帰りなさい!」「お勉強、進みましたかー?」

「盛り上がりすぎて、大騒ぎですよー!」


 笑い混じりの声があちこちから飛び、門前は穏やかな笑顔に包まれた。

 どの声にも、からかいと、心からの親しみが滲んでいる。


 冷たい夜気の中、そこだけが、まるで春先の縁側のように温かかった。


 街中を抜けた馬車の一団は公爵邸(マナーハウス)の門をくぐり、広々とした石畳の馬車止めへと入っていった。


 既に待機していた執事や侍女たちが、慣れた動きで荷物を運び出していく。荷の大きさや扱いを声で確認し合いながら、来客たちは手際よく離れへと案内されていった。


 その間、アルフォンスたちは本館のラウンジへ通され、深く沈むソファに腰を下ろす。銀のポットから湯気の立つお茶が注がれ、長旅の緊張がふっと解けていく。


「トラブルなくて良かったな」


 シグヴァルドの安堵の声に、三人が頷いた。


「道中も楽しく移動できましたし、用意したものが良い感じで役立ちましたね」


 マリナが嬉しそうに答えると、リュミエールが笑みを浮かべて続けた。


「マティルダ様が付けた暖房魔道具、それに給水魔道具も素晴らしかったですわね。皆、驚いていましたし、同行したご家族の馬車にも取り付けられたそうで、とても好評でした」


 リュミエールがマリナに発破をかける。


「マリナ、私たちもこういう気遣いを学んでいかないと」


 マリナはこくこくと頷き、早速リュミエールと「おもてなし」についての話に夢中になっていく。アルフォンスは少し呆れたように見ていたが、シグヴァルドは目を細め、どこか満足そうにマリナを見つめていた。


 湯殿の支度が整うと、アルフォンスたち四人は順に案内され、旅路で溜まった汗と埃を洗い流した。


 湯気の残る髪を拭いながら、それぞれが自室へ戻っていく。


 今夜は晩餐というより、にぎやかな宴会になる公算が高い。


 そのため、同行している参加者たちには動きやすさを重視した装いを整えるよう、事前に通達してあった。加えて、酒席の勢いに巻き込まれないよう十分に注意することも再三伝えている。


 四人もまた、それぞれに軽やかな衣服へ着替えつつ、これから始まる夜の賑わいを胸に思い描いていた――。


 バストリア魔道具工房の名だたる工房主を招いた晩餐会は、開始時刻を特定しがたい不思議な集いだった。


 工房主たちは昼過ぎからぽつぽつと集まり始め、侍女たちも「気づいたらいつの間にか宴会になっていた」と口を揃えた。


 参加者は会場へ案内され、入場前に注意を受ける。


「中の光景はいつものことです。はい、いつも通りです。どうか気を確かに保っていただけると助かります」


 その言葉に驚きつつも足を踏み入れた先は、煌びやかでため息が出そうなほど美しく整えられた晩餐会場だった。


 しかし、後に参加者が「まるで混沌の異界だった」と語るほど、そこは一筋縄ではいかない空間でもあった。


 整然と区画された一角に見慣れた景色が広がるかと思えば、隣には酒樽が山積みされ、大皿に盛られた肉が並び、「ガッハッハ」と豪快に笑い酒を飲むドワーフの姿がある。


 よく見ると、先に来ていた生徒やその父親たちがドワーフに酒を注ぎ、楽しげに談笑していた。


 理解が及ばない光景に、「えっ? 馴染むものなのか?」と戸惑う参加者の視線の先で、娘のレーネが物怖じせずドワーフの輪に飛び込んで自己紹介を始める。


「レーネ・ブリスティアです! レーネと呼んでください!」


 ドワーフたちは会話を止めて彼女を見つめる。


「おお、レーネ嬢か! こっちに来い。魔道具案の話を聞かせてくれ!」


 彼女は吸い込まれるように輪の中へ消えた。


 妻がつぶやく。


「すごいわね。あの輪に躊躇なく飛び込んで、すぐに馴染んでる」


 その声で我に返り、周囲を見渡すと同行していたティルベリ家の面々が食事を楽しんでいるのが目に入った。


 妻と息子を連れて近づき、同席の許可を求める。


「ブリスティア男爵、こういう場では少し肩の力を抜いた方が良いですよ。ここは気楽に楽しむ快適空間のようなものですから」


 ティルベリ男爵は笑いながら席を勧めた。


「うちのノーラがレーネ嬢と同じように飛び込んだ時は驚きましたよ。でも楽しそうに笑う姿を見ていたら、どうでもよくなりました」


「バストリアの工房主といえば恐れられた存在ですが……参加者の子供たちがどんどん輪に吸い込まれ、笑いの渦が広がっています。目を疑う光景ですね」


 少し離れた場所から声が聞こえた。


「昼過ぎから工房主が集まり始めたと聞いて来てみたけど、思った以上に工房主たちは楽しみにしてたみたいだね」


「みんなの馴染み方は予想外ね」


「でも楽しそうだ。普段は落ち着いているリサリアも、満面の笑みを浮かべて工房主たちと話が弾んでるみたいだね」


「ほんとだわ。……アル、開会の言葉はどうする?」


 アルフォンスは肩を竦め苦笑いしながら「運良く場が落ち着いたら、その時でいいでしょう」と、応える。


 ブリスティア男爵は入学式でのアルフォンスの様子を思い返していた。あの時は様々な驚きがあったが、彼は終始冷静な姿勢を貫いていた。


 今この状況も特に動じることなく受け入れている。あの四人の子供たちはやはり規格外なのだと理解した。


 アルフォンスは食事中の家族に目を向け、近寄って声をかける。


「長旅お疲れ様でした。しばらくすれば場も落ち着くでしょう。皆さんもぜひあの輪に混ざってみてください」


 息子たちに視線を落としながら言葉を続ける。


「欲しい魔道具があれば、あそこのおじさんたちに相談するといい。夢のような案が出てくるかもしれない」


 そう言い残し、息子たちに手を振りながら輪の中へふらりと入っていく。


 子供たちが夢の魔道具の話しを始めたので、一言投げかける。


「お前たち、話し合いの時のルールは聞いてるだろ? ちゃんと守るんだぞ」


「否定しない!!」


 満面の笑みで答える息子たちを見て、貴族社会の変化を確信させる、目を見張る光景だった。


 ブリスティア男爵は、食事を進めながら談笑していたが、ふとした瞬間に息子たちの姿が見えなくなっていることに気づいた。


 辺りを見回すと、息子たちはいつの間にかドワーフたちの輪の中に入り込み、身振り手振りを交えながら楽しげに話しかけている様子が目に入った。


 男爵は驚きとともに、隣でその光景を見ていた妻に目配せを送る。妻も穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


 二人は声を潜めつつ、ティルベリ男爵に目を向け、互いに了解を交わすと、そっと輪の中へと歩み寄っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ