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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十六章 深まる友誼、魔道具都市の夢
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第一節 揺れる馬車、親交の深まり

 裸になった並木の枝が高く空を突き、灰色の雲を背景に細い影を編み上げている。枯草の匂いに混じって、どこか遠くの炉から漂う薪の香りが鼻先をかすめた。


 街道沿いの畑はすっかり色を失い、黒い土の上に霜が薄く光る。通り過ぎる荷馬車の車輪が凍った轍をきしませ、御者は分厚い外套の襟を首元まで引き上げている。


 北風は鋭く、頬を切るような冷たさで街道を吹き抜けていた。街道は閑散とし人の気配も馬車の気配は感じなかった。


 街道を北へ進む一団があった――。


 黒塗りの馬車を中心に、騎士たちが馬上で並走している。その鎧の上には厚手の外套、視線は森や丘へと向けられ、周囲を警戒していた。


 冬枯れの木々が陽を受け、枝先が淡く光る。冷たい風が乾いた草の匂いを運び、馬の吐く白い息がひと息ごとに空へ溶けていった。


 馬車の中は騒がしいながら、暖かな外の冬の冷たさをまるで忘れさせる空間だった。


 暖房の魔道具が優しく温気を放ち、絹布のカーテンの隙間から射す柔らかな光が、少女たちの顔をほんのり照らす。


「この果実は当たりですわ」


 リサリア・ノルド子爵令嬢が手にした乾燥果実を差し出す。セリア・ノアール男爵令嬢が微笑みながら頷く。


「本当、甘みと酸味のバランスが良いです」


 それぞれが買い集めた果物を乾燥魔道具で加工し、温かいお茶と共に楽しんでいる。会話はゆったりとした流れで、時折笑みがこぼれた。


「この、暖房の魔道具は凄いですよね」


 リサリア子爵令嬢がリュミエールに話しかけた。


「この魔道具、アルフォンスさんがリュミエールのために作成したと聞きましたわ」


 セリア男爵令嬢も加わり、得意げにその話を披露する。リュミエールは、少し照れくさそうに笑いながら応える。


「ええ、冬の乗馬で寒さを心配してくれて、作ってくれたのが元になっています。マティルダ様が指示し、工房で改良されたのが取り付けてあります」


 リュミエールは魔道具の由来を淡々と説明した。からかわれても気にせず、その声は、誇りと感謝が混じって穏やかに響いた。


 別の馬車の中では、マリナが小さな台の上を難しい顔で見つめていた。裏返した絵札がきちんと並べられている。彼女たちは記憶を頼りに絵札をめくる、絵札合わせのゲームに夢中だった。


「これ、覚えるのが思ったより難しいですわね」


 レーネ・ブリスティア男爵令嬢は、自分の番を終えてお茶を口に運びつつ、マリナを見つめて言った。


「ええ。似たような絵柄があると混乱してしまいますわ。めくるだけなのに、意外と緊張します」


 マリナは先ほどのミスに肩を落としたが、すぐに気持ちを切り替えて話を続ける。


「アルが考えた遊びみたいです。リュミエールと一緒に楽しんでいたので問いただしました。今回持ち込むために確認していたと、言い訳していましたが、どうだか」


 レーネ男爵令嬢は揃った絵札に笑みを浮かべながら、次の札を手に取った。


「他にも、人の絵札を抜く遊びや並べる遊びもあるそうですが、まだルールは固まっていないそうです」


 馬車の揺れに揺られながらも、三人の穏やかな会話が車内に和やかな空気をもたらしていた――。


「なんでまた、マリナ嬢との婚約って話になったんだ?」


 男子だけの馬車は、やはり少し騒がしい。ユリシーズ・フェルマント伯爵子息が、親友のシグヴァルドに乾燥果物を口にしながら率直な質問を投げかける。


「そんな気配、欠片もなかったのに」


 普段は家のことに深入りしないのが貴族子息としての正しい態度。だが、狭い馬車の中で暇を持て余していたのだろう、好奇心に駆られて尋ねてきたのだ。


「夏季休暇にマリナがマリーニュ伯爵領を訪れたからだ。父上が妙に機嫌良く俺の同行を認めたのも、その一環だったらしい」


 シグヴァルドが応える。ユリシーズ伯爵子息が顎に手を当てて考える。


「確かに、あの二人に同行したつもりが……実は婚約者候補として公爵様が動いていたってわけか」


 シグヴァルドは頷きながら話を続ける。


「アルたちが、父上とは別にお膳立てしていたのも大きかった。自然とマリナと過ごす時間が多くなっていたし、マリナとリュミエールが仲良くなるのも早かった」


 そこにセオドア・リンドロウ子爵子息が話に加わる。


「二人がお膳立てしてたのか?」


「リュミエールは父上の企みに気づいていて、マリナなら大丈夫と後押ししていた感じだな」


 シグヴァルドは続けてしれっと惚気を混ぜる。


「正直、マリナとの縁を後押ししてくれて感謝しかないよ。それにしても、彼女の状況分析は驚異的だ。父上は完全に手玉に取られて、母上は楽しそうに笑っていた」


 シグヴァルドが苦笑を浮かべ、「だから」と言葉を継ぐ。


「王宮のお茶会でリュミエールが母上に完敗宣言をしていたけどな」


 なんとも平和で楽しそうな公爵家の風景を思い浮かべ笑い声が優しく響いた。


 アルフォンスとヴェルナー・アスグレイヴ侯爵子息は、絵札を前に遊びのルールについて真剣に話し合っていた。


「つまり、手持ちの絵札を持ち寄っただけだから、絵札自体は変更可能ってことか。工夫次第でルールは決めやすくなりそうだな」


「そうだね。並べるやつには、絵札に順番を示す印があると便利だと思うよ。組み合わせはどうだろう?」


 そこへクラウス・アルデン侯爵子息が横から口を挟む。


「ペアとかは今のでも十分だ。組み合わせの部分は、並びの順序がはっきりすれば色々と決められるはずだ。ていうか、単なる絵札なのに、その固定概念を外すだけで遊び道具になるって、ちょっと驚きだよ」


「図案はある? テオ」


「手先は器用だけどセンスは期待しないでくれよ? でも、話を聞いてるだけで目から鱗が落ちたよ。思うに、図案はディルクに、作成はセリアさんに任せたらどうかな?」


 アルフォンスは思い出し笑いを浮かべながら話を引き継いだ。


「あの二人、錬金術の方にいるけど、見てると面白いよね」


 お似合いとしか言えない二人を思い出しくすくす笑いながら話を続ける。


「確かに、あの二人ならいい仕事をしてくれそうだ。もし図案が魔法陣だったら、間違い探しみたいになりそうだけど」


 魔法陣の絵札で同じかどうか議論する未来を想像して、四人は笑い合った――。


 アルフォンスとリュミエールは馬上でゆったりと距離を詰め、穏やかに言葉を交わしていた。


 今回の移動に用意された六頭の馬が彼らに同行しており、リュミエールは慣れ親しんだ相棒のリトルにまたがっている。


 周囲の参加者たちも思い思いに乗馬を楽しみ、馬車での長旅の合間を穏やかな雑談で過ごしている。


「そっちも順調?」


 アルフォンスの問いに、リュミエールは軽やかな声で応じた。


「もちろんよ、荷物に乳液とか混ざり込んでたから少し騒がしかったけど。あれ、マティルダ様の悪戯ね」


「今日の夕方にはバストリアに着く。特設講座とは違って近い距離感だから魔道具の想いとかも聞けた。この訪問、有意義にできそう」


 リュミエールはくすくすと笑みをこぼしながら答えた。


「大丈夫、訪問が有意義になるのは約束されてるわ。あれだけ燃料をバストリアに投げ込んだのよ? 時間通りに王都に戻れるかのほうが心配よ」


 くすくす笑いながら話すリュミエールに見惚れながら、アルフォンスは大きく冷たい風を飲み込んだ


「確かに、ちゃんと誘導しないとヤバいな」


 遠くに、バストリアの門が見えてきた。


 先立って、魔道具都市のドワーフたちに投げ込んだ〈夢メモ〉。――果たしてバストリアはどんな反応を示すだろう。


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