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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十五章 王宮お茶会、暴風の兆し
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閑話 騎士団強化、公爵の想い

閑話「戦姫シリーズ」エピソード5

 春本番を迎えた王都リヴェルナは、陽光に包まれ、街の石畳さえ淡い温もりを帯びていた。


 セトリアナ大河は雪解けを飲み込み、豊かに流れる。水面は陽を受けてきらきらと煌めき、川辺に立つ柳の若葉が風に揺れるたび、光はさらに細やかな粒子となって踊った。


 賑わう川沿いを遠く離れれば、街の喧騒は石壁の向こうに溶けていく。高く連なる屋根の群れを越え、やがて視線はひときわ広大な庭園を擁する公爵邸タウンハウスへと移りゆく。


 整えられた並木の芽吹きは瑞々しく、鳥の声が重なり合う。その奥、開けた中庭の一角――武具の音が響く鍛錬場には、季節の華やかさとは異なる熱が満ちていた。


「そこー、手を抜かない! 手を抜いた分だけ鍛錬が遅れ仲間の命を危険に晒すぞ!」


 最近の公爵邸タウンハウスの鍛錬場は地獄の入口ではないかというほど激しい鍛錬が行われていた。


 鍛錬を指揮しているのは、ゼルガード公爵の婚約者であるマティルダ辺境伯令嬢である。屈強な辺境伯家騎士団ですら、できれば避けたいと考えているマティルダ辺境伯令嬢の直接指導である。


 馬場の直線路では、多くの馬が騎士を乗せ全力で突撃する訓練を行っている。騎士団の中でも騎乗で突撃戦ができる騎士はさほど多くない。


 その突撃ができる騎士を育てるため騎乗訓練も並行して行われている。馬たちは、ある程度走ると休憩に入り、別の馬が騎士を乗せ直線路を駆け抜けていく。


 公爵邸タウンハウスは、緊急時は防衛施設として機能させるため広大な土地に防衛拠点が点在しながら走路が組み込まれている。この複雑な走路を軽装の騎士が駆け抜けていく。突撃戦とは違い、こちらは斥候や連絡を担当する騎士たちが走り回っている。


 本館内にある執務室ではゼルガード公爵が黙々と書類を処理していた。王都リヴェルナでやれる公務は概ね終わっているためそろそろ領都バストリアに戻る算段をつける時期に来ているが悩んでいた。


 窓の外からは騎士団の鍛錬の声が小さいながら入ってくる。そんな中で『マティルダ嬢はバストリアまで着いてくるのか?』と考えていた。


 そんな上の空で書類を処理していると、執事のルドワンが「集中力が切れてますな」と、声を掛けてきた。


「最近は公務が続き、十分な鍛錬の時間がとれてないので集中力が保たれていないのでしょう。午後は、マティルダ嬢に鍛錬をつけて頂きましょう」


 ゼルガード公爵は顔色を悪くし、回避するための策を考えるが思考の隅に『真剣な顔のマティルダ嬢は可愛いんだよな』と雑念が混ざりどうにも策が浮かばず「分かった」と、力なく答えるしかなかった。


 ゼルガード公爵にとって、マティルダ辺境伯令嬢はとにかく可愛いという想いしかなかった。確かに、鍛錬となると恐ろしく強く死なない程度ぐらいにしか手加減してくれない。何度ボロボロになったかはもう数えるのをやめている。


 それでいて、マティルダ辺境伯令嬢はまったく本気を出していない。良い加減までしか身体強化をしないし、魔力放出は完全に封印している。


 しかし、普段のマティルダ辺境伯令嬢は本当に可愛い女の子なのだ。朝の挨拶、食事中、お茶の場などコロコロと表情は変わるし話題も豊富で教養の高さを感じさせる。


 マナーに至っては、十一歳で王家のマナーを修了させている。マティルダ辺境伯令嬢の才能の限界は果たしてあるのか? と常に感じている。


 昼食を食べ午後の鍛錬の時間――。


 鍛錬場にはゼルガード公爵、王都リヴェルナにいる騎士団の隊長、副隊長の三人がマティルダ辺境伯令嬢と対峙していた。前衛は騎士団から十名ほど選び陣形を作っている。十三名対マティルダ辺境伯令嬢の構図となっていた。


 ルドワンが審判になり「模擬戦開始!」と合図を出す。


 前衛の騎士たちが盾を構え壁のままマティルダ辺境伯令嬢に肉薄する。軽い構えで迎え撃つマティルダ辺境伯令嬢は壁の中に無造作に槍を押し込み捻りを掛ける。


 盾を構え押し込もうとしていた騎士三名が「ぐはぁ」と吹き飛ばされる。空いた穴に無造作に入り込むマティルダ辺境伯令嬢は槍を横にスッと流し二人の騎士を吹き飛ばす。


 ゼルガード公爵が「少数の遭遇戦想定だ! 包囲して意地を見せるぞ!」と叫び戦場に踏み込む。


 八名に包囲されるマティルダ辺境伯令嬢は、慌てることもなく攻撃をすべて槍で受け流し隙を見せた騎士は弾き飛ばして戦線から離脱させる。


 全力で攻撃を仕掛けても、すべて流され体勢を崩せば吹き飛ばされる。十分経つ頃には全員が地面に倒れていた。体力を使い果たし呼吸が乱れ立っていることすらできなくなっていた。


 ゼルガード公爵は倒れたまま「ぜぇ、はぁー、はぁ……もう動けん」と、かろうじて声を出す。


「以前に比べたらだいぶ動けるようになりましたわね。今なら、辺境伯家の騎士たちに立ち向かえる程度には身体ができてきたと思いますわ。もっとも、もう一段は上に行けそうですし頑張りましょう」


 審判をしていたルドワンが「審判は不要な模擬戦でしたな」と、笑顔を見せてマティルダ辺境伯令嬢に話し掛ける。


「ルドワンも参加する? 最近は執事して身体がなまってるのでは?」


「はっはっは、十一歳のマティルダ嬢に勝てなかったのに戦うなど無理。無謀というものです」


 ルドワンは最初から逃げを打つ。マティルダ辺境伯令嬢が王国内の漫遊で、十一歳のときにマクシミリアン公爵領を訪れていた。


 そのとき、マクシミリアン前公であるローベルトと出会い意気投合、とても可愛がられていた。三ヶ月ほど滞在する中で騎士団長をしていたルドワンはガッツりと負けていた。


 晩餐の時間――。


 ゼルガード公爵はマティルダ辺境伯令嬢にバストリアに移動することを伝える。


「マティルダ嬢、そろそろバストリアに移動するつもりだが貴方はどうする?」


 マティルダ辺境伯令嬢は小首を傾げ、「行かないという選択肢がそもそもないですわ」とゼルガード公爵に答える。


 小首を傾げる仕草を直視してしまったゼルガード公爵は固まり、顔を赤くして「そっ、そうか。着いてくるか」と小声で呟き食事を続ける。


 マティルダ辺境伯令嬢は、不思議そうな顔をしたあとにクスッと笑い食事を続けた。


 領都〈バストリア〉に出立する日――。


 ゼルガード公爵とマティルダ辺境伯令嬢は騎乗し、十騎の騎士と三騎の侍女を従えて公爵邸タウンハウスから北門に向け緩やかに馬を進めていた。


 マクシミリアン公爵領は王都リヴェルナの北方にある。そのため、公爵領都バストリアに向かう場合は北方街道を北進していく。総勢十五騎は街道を駆け抜けていく。


 マティルダ辺境伯令嬢は、騎士団にある任務を義務付けていた。毎日二騎の騎士が王都リヴェルナから公爵領都バストリアに向かい出立していた。


 これは、馬と騎士が長距離移動に慣れるため繰り返される鍛錬のひとつである。これにより、北方街道には常に公爵家騎士団の姿があり治安の面でも格段に安全となった。


 この区間は、騎乗移動で三日掛かるため街道には常に十二騎の騎士がいることになる。宿泊場所は同じことからゼルガード公爵は毎日バストリアの情報を受けながら移動していた。


 移動二日目の宿泊――。


 夜のラウンジでゼルガード公爵は「マティルダ嬢の行っている鍛錬は、こういった情報の伝達速度も視野に入れていたのか?」と、マティルダ辺境伯令嬢に話し掛ける。


「もちろんそれも含まれますわ。情報はあらゆることの要ですもの。本筋は、長距離を何度も駆けることでコツを身につけ馬や騎士の負担を減らすことです」


 ゼルガード公爵は感心して「それが辺境伯家のやり方なのかい?」と再び尋ねる。


「わたくしが辺境伯騎士団に押し付けたやり方ですわ。今でも自然と続けていますので定着したようで何よりですわ」


 マティルダ辺境伯令嬢は笑顔を見せてゼルガード公爵に向き直る。


「長距離に慣れた部隊は機動力を得ます。王国も公爵領も広いですから役に立つと思いますわ」


 ゼルガード公爵はマティルダ辺境伯令嬢に見惚れながらも『領のこと、王国のことをここまで想ってくれるのか』と、心の中に暖かな感情が膨れ上がった。


 マクシミリアン公爵家騎士団は、その実力をめきめき上げていくことになる。特に、集団による突撃戦では重装歩兵の壁ですら三重は必要とまで評価を上げる。


 ――将来、起こりえる氾濫を見据えマティルダ辺境伯令嬢は騎士団を鍛えていく。


名前 : 役割/関係性 : 説明/特徴 (Gemini作+補筆)

■マティルダ・ヴァルデン : 辺境伯令嬢/ゼルガード公爵の婚約者 : 公爵邸の鍛錬場で騎士団に激しい指導を行う。槍術に優れ、十数名の騎士を容易に打ち破る実力を持つ。ゼルガード公爵の領都への移動に同行し、長距離移動の鍛錬を騎士団に義務付けている。ゼルガード公爵に慕われている。

■ゼルガード・マクシミリアン : 公爵 : 執務室で公務を処理する。マティルダを「可愛い」と感じ、彼女の指導による午後の鍛錬をルドワンに勧められ回避策を考えるが失敗した。領都バストリアへの移動を決め、マティルダの鍛錬の意図に感心した。

■ルドワン : 元騎士団長/執事 : ゼルガード公爵に鍛錬を勧める。審判として模擬戦を見守った。11歳のマティルダに負けた経験から、彼女との模擬戦を拒否した。


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