閑話 お茶会の感想、傍観ばかりな王妃たち
年の暮れも近づく王都。石畳の道に冬の光が淡く反射し、屋根や街路樹の影を長く落としていた。冷たい空気が頬を撫でる中、商人たちの呼び声や馬車の軋む音が、広場にぎわいをもたらす。
城壁の向こう、王宮の塔は陽光を受けて金色に輝き、遠くのセトリアナ大河には氷の片がきらりと光っている。その奥、第二庭園温室には冬陽を浴びて輝く緑と花々が広がっていた。ガラス越しの光は葉の縁や花びらを淡く縁取り、微かな水の蒸気が土と樹木の香りを運ぶ。
第二庭園温室に設えられたお茶会の場、四人の女性が湯気立つティーカップを前に、穏やかな笑みを交わしている。
参加者は、クラリス正妃、リーズ側妃、マティルダ公爵夫人、そしてティアーヌの四人であった。軽やかなお茶会用のドレスに身を包み、季節の茶菓子や乾燥果物を前に和やかに笑みを交わす。
外の冷気とは無縁の温室には、温かな空気と親しい会話が満ちていた――。
「アルフォンスをもう少し目立たせようと思ったけど、やっぱり無理だったわね」
クラリス正妃は少し残念そうにため息を漏らした。
「義兄さんの足止めを決めた時点で、決定打が不足するのは分かってたわ。クラリスが話しすぎるのは不自然だもの。あれが限界だったというだけのことよ」
マティルダ公爵夫人は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
リーズ側妃も会話に加わり「陛下を入れると後始末が大変になって、面倒くさいわ」と、カップを手に取り優雅に一口飲んだ。
クラリス正妃は頷き優雅に笑い、それを横目で見ながらマティルダ公爵夫人はクラリス正妃の判断の正当性を静かに伝える。
「そう、クラリスの判断は間違っていない。アルフォンスの件はまた別に考えましょう」
リーズ側妃が、「ソフィアをアルフォンスに『任せたらどうか?』って、陛下の謎発言はどうします?」と、小さな爆弾を投げ込んだ。
ティアーヌが「ソフィア様をアルに、ですか?」と、軽く目を見開く。
クラリス正妃はくすくすと笑いながらティアーヌに答える。
「初めて顔合わせたときに言ってたわね。アルフォンスは綺麗にスルーしてて、笑っちゃったわ」
ティアーヌは少し考えてから「リュミエールは『それでもいいかな』と考えてるような気がするわ」と、感じていたことを口に出す。
「特に、夏季休暇後にガラスの件でソフィア様が公爵邸で、よくアルたち二人とガゼボで過ごしてました。三人で乗馬したり楽しそうに過ごしていたみたいです」
クラリス正妃がマティルダ公爵夫人に目線を流し、「マティルダがガラスの責任者にソフィアを焚き付けましたからね」とティアーヌにバラす。
マティルダ公爵夫人が「遠目から見ましたけど、あれはもう少し時間が経てば自然と収まる気がするわよ」と、状況としては悪くない点を伝える。
クラリス正妃はふぅと息を吐く――。
「この話は、もう少し先に、時間を置いてから考えます。時間を置いて、アルフォンスがソフィアを娶ってくれたら――母親としてこれほど嬉しいことはないわ」
クラリス正妃は娘の先行きを心配しつつも、流れに任せることにした――。
マティルダ公爵夫人が思い出したように「そういえば、この温室のガラスも透明度が高いものにかわってるわね」と、周囲を見回しながら声に出す。
「そうね、ソフィアが『試験的につけますね』と言って勝手に入れ替えていたわね。日の入りが凄く良くなっていいのだけど、暑くなりすぎるときがあって調整が難しいと聞いてるわ」
マティルダ公爵夫人は「きちんとは聞いてませんが、以前のより耐久性が上がってるらしいわ」と、聞きかじりの情報を落としておく。
間ができたところで、リーズ側妃が嬉しそうに、「そうそう、マリエッタが懐妊したんでしょ?」と話題を変える。マティルダ公爵夫人は懐妊が分かった時のことを思い出しながら応えた。
「ええ、長かったけれど無事に妊娠できて本当に良かったわ。彼女が悩んでいる姿を見るのは居たたまれなかったもの」
マティルダ公爵夫人はティアーヌに顔を向けて伝える。感謝の気持ちを込めた。
「ティアーヌのおかげで初期からしっかりケアできるし、一緒に支えてくれるから心強いのよ」
ティアーヌは穏やかに微笑み返し応える。その眼差しは優しかった。
「マリエッタもマティルダも、本当によく頑張ってきたわ。あの日、マティルダの気持ちがすごく伝わってきて――貴方は本当に素敵よ」
クラリス正妃はにこにこと微笑みながら言った。
「二人は本当に仲良しね。そうだ、ティアーヌ、私たちとも友達よ」
ティアーヌは少し困ったような表情を浮かべながらも、少し考える。
「恐れ多い――という気持ちもあるけれど、マティルダの義姉さんと考えればありなのが怖いわ」
四人は声をあげて笑い合い、温室に明るい笑い声が響き、リーズ側妃が楽しげに口を開く。
「あとね、ミレーユちゃんとレグルスくんよ。あの二人、まだ三歳でしょ? あの入場には驚いたわ」
クラリス正妃が感心した様子で発言する。
「お茶会は大人組の席にしれっと座って、自然に会話を引き出してたわよ」
リーズ側妃がウンウン頷きながら気になったことを聞く。
「あの入場は見事だったわ。途中で立ち位置を変えたのは演出だったのかしら?」
マティルダ公爵夫人は少し考え「演出かどうかは分からないわ」と、前置きしてからティアーヌに顔を向けて「あの二人が自然に動いた結果と思うんだけど、演出だったのかしら?」と尋ねる。
ティアーヌは微かに苦笑し「あれが彼らにとっての自然な流れだったのだと思うわ」と答える。
リーズ側妃は驚きを隠せずに「意味はよく分からないけど、本当に凄いわ」とつぶやき、目を丸くする。
マティルダ公爵夫人も感心した表情で続ける。
「あの会話力も凄いわね。クラリス、あの二人はタウンハウスの執事や侍女、メイド、料理人に庭師まで、顔見知りで仲がいいのよ。騎士たちともそう」
クラリス正妃は驚いて訊ねた。
「えっ? タウンハウスにはかなりの人数がいるでしょう? 全員と?」
「挨拶程度の者もいるけれど、話したことのない人はいないらしいわ」
マティルダ公爵夫人以外は思わず絶句した。三人の間に沈黙が流れる。
「以前、アルフォンスに聞いたことがあるの。細かい能力はぼかされたけど、『情報共有』と『記憶力』が鍵になっていると」
マティルダ公爵夫人はそのまま話し続ける。
「二人はお互いが見聞きしたことをよく話し合っているみたい。情報が倍近く入るのは大きいのよ」
少し考えを巡らせてから、言葉を足す。
「アルフォンスは『事の善悪は両親とマリーニュ家が丁寧に伝えたから、まず線引きは間違わないだろう』とも言っていたわね」
ティアーヌが思い出したように言う。ふと視線をさまよわせた。
「そういえば、お茶会の後の晩餐でアルとリュミエールが目配せしていたの。翌日聞いたら『夫人たちとの接点が想像以上に多い』って言ってたわ。少し警戒しているみたい」
マティルダ公爵夫人は納得した。
「なるほど。だからゼルが『この冬は楽しみだ』と言っていたのか」
リーズ側妃が「どういう意味?」と疑問を口にする。
クラリス正妃は納得しながら応える。ティーカップをソーサーに戻した。
「なるほどね。あの二人に接した人は皆、その聡明さに驚き、会話に引き込まれ、そしてその可愛さに惹かれる。――最強ね」
ティアーヌが納得顔で言葉を繋ぐ。
「以前、アルが『あの二人は〈暴風〉だ。みんな巻き込まれていく』と言っていたのは、そういう意味だったのね」
マティルダ公爵夫人も理解し、笑みを浮かべた。
「ゼルが『俺はアルフォンスのファンだ。ここに来て双子のファンも始めたぞ』と笑っていたのは、こうなることが分かっていて、先に気づいて楽しんでいたのね」
リーズ側妃が状況を整理してクラリス正妃に伝える。
「お茶会の後、双子に関する情報がものすごい勢いで貴族社会に流れていますわ」
そのまま情報を提供していく。
「発信源の根っ子は〈噂の夫人会〉みたい。以前から『聡明で可愛い』という評価は根強くありましたが、噂から真実にという流れね」
クラリス正妃に向いて「もう止まりませんわ」と、微笑みを見せてささやく。
「止めるつもりはないわ。ゼルガードが楽しんでいるのよ? なら、私たちも楽しまない選択肢はなし」
クラリス正妃は茶菓子に手を伸ばし、視線をティアーヌに向け「ただ……ティアーヌ?」と、少し寂しそうな表情になる。
ティアーヌも決意を込めて答えた。
「それなりの覚悟は必要そうね。ちゃんとジルと話し合っておきます」
クラリス正妃が締める――。
「こちらも流れに任せることにしましょう。最近、こういうことが多くなってきたわね」
王国は大きな事業が立ち上がりあちらこちらで多少の混乱の中でも歩み始めている。――小さいながら両妃たちにも制御不能な案件が降り積もる。
名前 : 役割/関係性 : 説明/特徴 (Gemini作+補筆)
■クラリス・フェルノート : 正妃 : 温室でのお茶会に参加。アルフォンスをもう少し目立たせようとしたが無理だったと話した。ソフィア王女とアルフォンスの将来について母親として期待し、流れに任せることにした。
■リーズ・フェルノート : 側妃 : 温室でのお茶会に参加。ヴァルディス国王の謎発言(ソフィアをアルフォンスに任せる)を話題にした。双子の聡明さに驚き、双子に関する情報が貴族社会に流れている現状をクラリス正妃に伝えた。
■マティルダ・マクシミリアン : 公爵夫人 : 温室でのお茶会に参加。クラリス正妃の判断が正しかったと理解を示した。ソフィアをガラスの責任者に焚き付けたことをバラされた。温室のガラスが透明度の高いものに変わっていることに言及した。
■ティアーヌ : アルフォンスの家族/母 : 温室でのお茶会に参加。マリエッタの懐妊のケアに関わっている。双子の行動は「自然な流れ」であり、「情報共有」と「記憶力」が鍵だと説明した。
■アルフォンス : 主人公 : クラリス正妃から目立たせる対象として言及された。ヴァルディス国王にソフィアとの縁組をスルーされた。双子のことを「暴風」だと評した。
■ヴァルディス・フェルノート : 国王 : 「ソフィアをアルフォンスに任せたらどうか?」という謎発言をした。
■ソフィア・フェルノート : 第二王女/ガラス生産の責任者 : リーズ側妃の娘。ガラスの件で公爵邸でアルフォンスやリュミエールと親しく過ごしている。温室のガラスを試験的に入れ替えた。
■リュミエール : 男爵家三女 : ソフィアとの縁組について前向きに考えている可能性がティアーヌによって示唆された。
■マリエッタ・マクシミリアン : 公爵家長男夫人 : 長く不妊に悩んでいたが、懐妊した。ティアーヌが初期からケアしている。
■ミレーユ : アルフォンスの家族/妹(双子) : 聡明で会話力があり、タウンハウスの使用人全員と顔見知り。お茶会で大人組の席に座り、自然に会話を引き出した。
■レグルス : アルフォンスの家族/弟(双子) : 聡明で会話力があり、タウンハウスの使用人全員と顔見知り。お茶会で大人組の席に座り、自然に会話を引き出した。
■ジルベール : アルフォンスの家族/父 : ティアーヌが双子の件で話し合う予定の相手。
■ゼルガード・マクシミリアン : 公爵 : 「この冬は楽しみだ」と発言。アルフォンスと双子のファンであることを公言した。




