第五節 北への出立、双子の人脈
十一月も半ばを迎えた王都。澄みわたる青空の下、冷え込みの増す朝の空気を切り裂くように、公爵家は早くから活気に包まれていた。門前には荷馬車がいくつも横付けされ、吐く息白く立ちのぼる御者たちが声を掛け合いながら荷を運ぶ。
玄関先では、色とりどりの外套を羽織った侍女たちが列をなし、持ち物や包みを一つひとつ確かめている。袖口を押さえながら帳面に記し入れる者、同僚に小声で確認を取る者――慌ただしいながらも、誰もが旅立ちに向けて心を引き締めていた。
この日、特設講座の一行が王都を発ち、憧れの魔道具都市へ向かう――。
参加者は、アルフォンスたち四名に十名の参加者で合計十四名。そのうち三名は家族が同行しており、旅装の親子や兄妹が、軽く肩を寄せ合って談笑していた。
来客用の離れでは、窓から差し込む冬めいた陽光の中、若い参加者たちが椅子やソファを囲んで明るく言葉を交わす。部屋の奥では同行する家族や保護者たちが、紅茶を手にゆったりと談笑を楽しんでいる。
緊張よりも期待の色が濃く、出発前の空気はどこか華やかで、誰もが小さな高揚を胸に抱いていた。
刻を、王宮お茶会から帰宅した頃へ――。
お茶会から帰ったアルフォンスたち四人は、それぞれ湯浴みで疲れを洗い流し、ラウンジの深いソファーに身を沈めていた。窓の外はすでに夕暮れの色を帯び、温かなランプの光が部屋を満たしている。
シグヴァルドがぐるりと首を回しながら「さすがに疲れたな」と、隣のマリナに視線を向ける。
「いきなり王宮、いきなり王族の方々――酷いです。ドレスはとても素敵でしたが」
マリナは目に光を宿さぬまま、ぐったりと背凭れに沈み込んでいた。その様子が気の毒で、シグヴァルドはつい手を伸ばし、優しく頭を撫でる。その柔らかな感触に、マリナの表情がわずかに和らいだ。
向かいに座るアルフォンスは、リュミエールに小声で「どう思う?」と、尋ねた。
小首を傾げて少し考え込んだリュミエールが、落ち着いた口調で答える。
「全体的に問題はなかったと思うわ。マリナはこの通りだけど、お茶会の間はしっかり両妃殿下に対応していたし」
「ソフィアはあまり話されなかったけれど」
マリナの髪を撫で続けていたシグヴァルドも会話に加わる。
「あれはマリナの負担に気づいて、あえて控えてくれたんだろうな。ソフィア姉さんは何気に気遣い屋だから」
アルフォンスも頷きながら「観察している場面もあったみたいだね」と、感じたことを口にし懸念していたことを伝える。
「何にせよ、陛下の乱入が阻止されて助かった。会場の傍まで来てたけど、さすがに諦めてくれたみたいだ」
その一言に、シグヴァルドとリュミエールの目がわずかに見開かれ、シグヴァルドが「あっぶね――伯父上まで来てたら、マリナは気絶しかねなかったな。誰か止めたのか?」と、アルフォンスに確認する。
「グラナドールさんだよ」
「騎士団長のグラナドール・ジルベルトか。今度会ったら礼を言わないとな」
軽やかなノックが響き、「晩餐の準備が整いました」と執事の穏やかな声が廊下から届いた。部屋の空気が、少しだけほっと緩んだ。誰もが身体を起こし食堂へ向かう。
晩餐は、予想通りの賑やかさだった。原因は、ミレーユとレグルス――二人が競うようにお茶会の話を持ち出したからだ。
ミレーユは嬉しそうに、フォークを握ったまま身を乗り出す。
「たくさんの夫人の方々からお話を聞けましたわ。領地のこと、特産品のこと、風光明媚な景色のお話など……噂話は少し分かりづらかったですが、アルお兄様、シグお兄様、リュミお姉様の噂話しはとっても盛り上がりましたの」
「僕だっていっぱい話したよ。鍛錬に詳しい夫人に色々聞いて、おすすめの武器も教えてもらったんだ。それにね、領地の魔物が増えてるって話を、何人もの夫人から聞いたよ。アル兄」
口いっぱいにスープを含んでいたアルフォンスは、一瞬固まる。二人が姿を見せなかった間、大人たちの会話の輪に紛れ込んでいたとは思わなかった。
アルフォンスは「北東部の話か?」と、レグルしに問いかると、レグルスはきっぱりと答えた。
「南部、南東部も増えてるみたいだって」
「北東部は魔の森の影響で納得しやすいけど、南側まで増えてるとなると――魔の森に拘り過ぎたかもしれないな」
アルフォンスは、レグルスに「ありがとう」と短く礼を告げながら、頭の中で視点の修正を検討し、記憶に刻む。その後も、ミレーユは「素敵な夫人」の話を、レグルスは「かっこいい夫人」の話を途切れなく続けた。
食卓には笑い声が絶えず、皿の上の料理は次々と空になっていく。
やばいなーー。
思っていたより早く、多くの夫人たちと接点を持ってしまった。ふと視線をリュミエールに向けると、彼女もこちらを見ており、同じ思いが瞳に宿っていた。
明日からはバストリアに向かう二人、双子がどう動くかは王都を離れる自分たちが直接見届けることができない。
不安はある――だが、リュミエールの眼差しが『仕方ないわ、諦めましょう』と、語っていた。
バストリアへ出発の時――。
朝の王都は、秋の澄んだ空気に包まれていた。雲ひとつない青空が頭上に広がり、街路樹の葉は黄金色に輝いている。乾いた風が葉を揺らすたび、かさりと小さな音を立て、石畳の道へと舞い落ちていった。
公爵家の前には、すでに旅支度を整えた面々と、同行する家族たちの姿があった。
「みなさん、出発の日がこれほど天気良くて助かりました」
アルフォンスが一歩前に出て、声を張る。背後では荷馬車から馬のいななきが響き、車輪の軋む音が準備の慌ただしさを告げている。
「これから六日間、馬車での移動になりますが、道中も楽しく過ごしましょう」
挨拶に続いて、本日の予定をアルフォンスはみなに共有する。
「休憩と宿泊先の予定は、今のところ変更はありません。乗車先は僕が一号車、シグが二号車、リュミィが三号車、マリナが四号車で変更なしです」
アルフォンスは視線を同行する大人組に向け、軽く会釈する。
「同行のご家族の方々は、後続として馬車で続いてください。最後尾には公爵家から騎士二名が追加で付きます。今回、騎士が十二名――」
アルフォンスは首を左右に振り肩を竦めた。
「もはや過剰戦力の域を超え、盗賊が百名単位で出たとしても道中は安心していただいて問題ありません」
穏やかな笑みと共にそう告げると、場に少し和やかな空気が流れる。家族連れはほっとした様子で頷き、子どもたちは馬車の中を覗き込んで目を輝かせていた。
「それでは、出発します!」
アルフォンス号令と共に各々が馬車に乗り込んでいき、御者が手綱をさばき馬車の車輪がゆっくりと動き出す。――冬空の下、バストリアに向かう一団は王都を後にした。




