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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十五章 王宮お茶会、暴風の兆し
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第四節 王妃のお茶会、お披露目の宴

 馬車の揺れに合わせて、静かに鼓動が響いた。隣に座るリュミエールと目が合い、二人は微かに笑みを交わす。胸に芽生えた喜びは、確かに温かく、心を満たしていた。


 これから向かうのは、華やかさの裏に緊張が潜む場所。正妃殿下が主催する、お茶会という名の舞台、その空気を思えば、自然と背筋が伸びる。


 王宮の馬車止めには、朝の冷たい空気とともに、ざわめきが漂っていた。招待された貴族たちが次々と馬車を降り、会場へと移動していく。


 一際豪華で目を引く馬車が門をくぐり、馬車止めへと進む。マクシミリアン公爵家の家紋を見た者たちの間に、ざわめきが広がっていった。


 王宮で公爵家の馬車を見ることはほとんどない。これは、貴族社会では常識となっている。公爵邸タウンハウスと王宮が繋がっているのは公然の秘密と言っても過言ではない。


 先頭の馬車が静かに停まり、従者が恭しく扉を開けた。最初に姿を現したのは、小さなレグルスだった。凛と背筋を伸ばし、わずかな段差を慎重に降りると、振り返って小さな手を差し伸べる。


「ミレーユ、お手をどうぞ」


 その声音は年齢を忘れさせる落ち着きを帯びていた。ミレーユはふわりと微笑み、弟の手を軽やかに取る。まるで舞台の一幕のように優雅に地へと降り立った。


 続いてシグヴァルドが馬車を降り、馬車に向き直っり「マリナ、お手をどうぞ」と、にこやかに手を捧げる。


 マリナはにこやかに微笑みながら優雅に手を取り、ドレスの裾を軽く摘み綺麗な所作で馬車を降りた。


 わずか三、四歩の動き。しかし、その洗練された所作に、周囲の貴族たちは息をのんだ。


「先に降りたあの子たちは誰かしら?」

「あの歳であの所作は凄いわ。公爵家ゆかりの子かしら」

「あちらの令嬢は、噂のレストール家のマリナ様?」

「あの子たち、とても似ているわ。双子かしら」

「とても可愛らしい」


 そんな囁きが、冷たい空気に溶けていった――。


 後続の馬車が静かに停まり、従者が恭しく扉を開ける。まず降り立ったのは、堂々たる気配を纏うマティルダ公爵夫人だった。その姿に、一段と大きなざわめきが広がる。


「マクシミリアン公夫人ですわ、麗しい」

「エスコートなしで降りられても素敵ですわ」


 マティルダが差し伸べた手を、柔らかな微笑みを浮かべたティアーヌが自然に取り地に降り立つ。


「えっ?  あちらのご婦人はどなたかしら」

「お目にかかったことはありませんわ」

「マクシミリアン公夫人のエスコートなんて素敵ですわ」


 続いて、アルフォンスが馬車から現れ、リュミエールに向き直り「リュミエール、お手をどうぞ」と、微笑みを向けて手を捧げる。


 白手袋の手が触れた瞬間、二人の間に微かな笑みが交わされ、リュミエールは流れるように降り立った。


「リュミエール?  マリーニュ男爵家のご令嬢かしら」

「噂以上に素敵な方ですわね、凛としていて」

「エスコートされているのはどなたかしら」

「婚約者はいないと聞いておりますが」


 マティルダ公爵夫人とティアーヌを中心に、周囲の視線が集まった。全員が揃い、その姿はまるで一枚の絵画のようだった。


 先頭はミレーユとレグルス。レグルスが的確にエスコートしながら会場へ向かって歩みを進める。


 その後ろにはマティルダ公爵夫人とティアーヌ、左後方にはシグヴァルドたち、右後方にはアルフォンスたちが付き添い、王宮の廻廊を進んでいった。


 マティルダ公爵夫人は迷いなく進む二人の姿を見つめながら、思考を巡らせる。


『初めて通る廻廊を、まったく迷うことなく正しい順路で歩いていく。騎士や侍女の配置からある程度推測はできるが、経験のない二人の知識の源泉は、やはり見えないものだわ』


 ゆったりとした歩みで、大理石の廻廊を進む一行に、左右の貴族たちの視線が自然と注がれていった。


 磨き上げられた王宮の大理石の廊下を、絨毯を踏む柔らかな足音がゆるやかに響く。高くそびえる天井からは冬の朝陽が差し込み、白壁に施された金糸の装飾が優しく輝いていた。


 控えていた侍従たちは深く頭を下げ、乱れぬ足並みで静かに道を開けていく。やがて廻廊の先に、冬支度を整えた第二庭園の温室と、その奥に白亜のガゼボが見えてきた。


 色とりどりの花々に囲まれ、湯気の立つティーカップの香りと、遠くから笑い声が届く。


 マティルダは歩みを緩め、「まずはクラリスたちに挨拶をするわ」と低く告げた。時が止まったかのような静寂の中、幾つもの視線が集中する。


 先に気づいたのはソフィア第二王女だった。


『分かってはいたけれど……平民出身者が半数を占めているにも関わらず、この圧倒的な存在感が凄いわ。先導が小さな子どもたちとは、凄いを通り越しているけど』


『あら、自然な動きで子どもたちが分かれ、マティルダ叔母様たちの横にぴたりと寄り添って手を繋いだ!――練習でもしたのかしら?』


『そして、アルやリュミたちは――見事ね。表情に余裕があり、歩き方も申し分ない。本当に面白い』


 彼女の興味と微かな驚きが、表情に薄く浮かんでいた。クラリス正妃は微笑みをたたえ、リーズ側妃と共に優雅に迎え入れる態勢を整えていた。


 マティルダ公爵夫人はゆるやかに歩み出し、裾を揺らしながら深く一礼した。


「ごきげんよう。お招きにあずかり、嬉しく存じます」


 クラリス正妃は優雅に微笑み、静かに頷く。


「ようこそ。今日はごゆっくりお楽しみくださいませ」


 その言葉を受け、シグヴァルドが一歩前に進み、胸に手を当てて告げた。


「お久しぶりです。マクシミリアン公爵家三男、シグヴァルドでございます。ご招待いただき、誠にありがとうございます」


 マリナは裾を広げてから深くカーテシを取る。


「レストール伯爵家長女、マリナでございます。本日お目にかかれて光栄に存じます」


 アルフォンスは胸に手を当て、真っ直ぐ視線を合わせた。


「お久しぶりです。アルフォンスです。皆さまと再びお会いでき、嬉しく存じます」


 リュミエールは裾を広げてから深くカーテシを取る。


「マリーニュ男爵家三女、リュミエールでございます。本日お目にかかれて光栄に存じます」


 ティアーヌは胸に手を当てて柔らかく微笑み、


「ティアーヌです。本日お招きいただき、ありがとうございます」


 レグルスは小さくも真剣に胸へ手を当て礼を取る。


「レグルスです。本日お招きいただき、誠にありがとうございます」


 ミレーユは可憐にスカートを広げ丁寧にカーテシを披露しふわりと微笑み挨拶の言葉を紡ぐ。


「ミレーユです。お招きいただき、誠にありがとうございます」


 七人の礼が揃ったその瞬間、空気がひときわ澄み渡った。その立ち姿と所作は、血筋や出自の違いを超えて洗練を纏い、会場に集う貴族たちの視線を一心に集めていた。


 クラリス正妃はゆっくりと立ち上がり、会場の静寂を掌握した。


「――これより、本日のお茶会を開会いたします」


 会場の貴族たちを見渡し、マティルダ公爵夫人たちにも視線を向けた後、ゆっくりと正面を向く。


「この一年は、北部の異変騒動など想定外の出来事に見舞われました――」


「ですが皆が力を合わせて乗り越え、こうしてここでお会いできることを心から嬉しく思います。社交シーズンを前にした少々異例のお茶会ではありますが、どうぞ存分に楽しんでください」


 クラリスの言葉が会場に響き渡ると、静まり返っていた空気が一変した。次第に貴族たちの間から控えめながらも確かな拍手が湧き上がり、やがてその音は会場全体に広がっていく。


 格式を重んじるこの場所での拍手は、ただの賛辞を超えた敬意の証だった。その響きは、これから始まるひとときへの期待と緊張感を同時に秘めていた。


 拍手が静まると、会場の空気は一気に和らいだ。


 貴族たちは思い思いに用意された絢爛なテーブルへと散らばり、柔らかな笑い声と穏やかな会話が場内に広がり始める。


 シャンデリアの光が煌めき、カトラリーが触れ合う音が控えめに響くなか、談笑があちこちから漏れてきた。


「今年の異変騒動は大変だったけれど、こうしてまた皆で集まれるのは嬉しいわ」


「あの英雄譚、真実らしいと聞いたのですがどう思います?」


「私も聞きましたわ。息子が夢中で何度も聞かされましたわ」


 そんな声が耳に入ると同時に、クラリス正妃の合図で侍女たちが静かに動き出した――。


 控えめな足音をたてながら、特設講座の参加者たちが家族とともにゆっくりと会場前方へと案内されていく。


 アスグレイヴ侯爵家の子息ヴェルナーが近づき、声をかけてきた。


「今日は王立学園に通う生徒たち全員が招待されているらしいよ。招待状には、こっそり準備して参加せよとあったらしくて、朝から驚きの連続さ」


 リュミエールは「そこまで徹底していたのね」と、小さくつぶやきながらアルフォンスに視線を向ける。


 アルフォンスは肩を竦め、「みんな仲間なら、今日は楽しめそうだ」と言葉を継いだ。


 それを聞いた数名の参加者が、控えめに微笑みを返した。


「あの二人は、アルフォンスの弟妹?」


「そうよ。ミレーユとレグルス、三歳の双子なの。ミレーユはリュミお姉様、レグルスはリュミ姉と呼んでくれるのよ!」


 リュミエールは嬉しそうに答えた。


 マリナは楽しそうに「リュミィは二人が大好きで、つい暴走しちゃうよね」と、言葉を挟む。


「そうそう、『二人と遊び倒すわ』って言われて、本当に二日間遊び倒したからね。とても楽しかったわ」


 マリナも会話に加わり、笑いの輪が自然に広がっていった。会場を埋めるのは、王立学園に籍を置く生徒たちと、その家族ばかりだった。


 互いの素性を知る間柄ゆえに、そこには特別な一体感があり、自然と安心感を伴っている。近頃は、子息と令嬢の間にあった垣根もぐっと低くなり、学園内で流行しはじめた()()()()()()()という交流の場が、新しい縁を育みつつあった。


 何度か顔を合わせるうちに、互いをよく知り、やがて婚約の話がちらほらと生まれることも珍しくない。


 王家が見守る庭園では、白いテーブルクロスの上に湯気の立つティーカップが並び、穏やかな笑みと静かな談笑が入り混じる、和やかなお茶会の時間が流れていた。


 クラリス正妃はゆっくりと立ち上がり、会場を見渡した。その視線が一人ひとりに向けられ、静かな空気がさらに引き締まる。


「本日、このひととき皆と語り合えたことを心より嬉しく思います」


 クラリス正妃は、目線を近くに控えているシグヴァルドたちに向けたあとに言葉を続ける。


「甥であるマクシミリアン公爵家のシグヴァルドの婚約が整ったので報告しておきます。お相手は、レストール伯爵家のマリナ嬢。二人は前に」


 静かな声が会場を包み、ざわめきがすっと引いた。シグヴァルドはマリナの手を優しく取り、ゆるやかにエスコートして前へ進み出る。


 色とりどりの花々に囲まれた庭園の中央、二人は足を止め、クラリス正妃に向かって深く礼を取った。


「シグヴァルド、マリナ嬢。二人の新しき門出に幸多くあらんことを」


 その祝福の言葉に、二人はさらに礼を深くして応える。シグヴァルドは顔を上げ、凛とした声で口上を述べた。


「マリナと共に、支え合い良き家庭を築き、王国の一翼になれるよう精進してまいります」


 礼を解くと、会場の方へ振り返り、再び深く礼を取って挨拶をする。


「これからも、マリナ共々、よろしくお願いします」


 その瞬間、盛大な拍手が庭園いっぱいに鳴り響いた。お祝いの言葉が次々と飛び交い、同じ学び舎の学友の晴れ舞台を、貴族たちは心から祝福した。


 王家の威光と温かな友情が交差する、華やかで厳かなひとときだった。柔らかな微笑みを浮かべながら、クラリス正妃は声を続ける。


「王国は今、西方探索や大湿地帯での大規模な事業に取り組み、変化の時を迎えております。皆の協力を頼むことも増えるであろう――」


「そして王立学園もまた、その中心として新たな歩みを始めているようです」


 その言葉には、確かな期待と慈愛が込められていた。


「この流れの要となるであろう、皆さんのこれからの成長を、私も大いに期待しております」


 会場は静寂の中に、温かい気配が漂った。


「それでは、本日のお茶会はこれにて閉会といたします。どうぞ皆さま、引き続き良いひとときをお過ごしくださいませ」


 柔らかな口調で締めくくり、彼女はゆっくりと席へと戻っていった。――会場には拍手が広がり、穏やかな余韻がしばらく漂った。


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