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風の小道と小さな剣  作者: うにまる
第十五章 王宮お茶会、暴風の兆し
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第二節 学園の午後、冬空の約束

 昼休みも終わりに近づいた王立学園――。


 中庭や廊下では、生徒たちが慌ただしく行き交い、それぞれが午後の授業へ向けて歩みを進めていた。昼食を終え、教室へ戻る者。友人と談笑しながら歩く者。次の授業に備えて資料を抱える者。


 賑やかな気配のなかを、アルフォンスとリュミエールは並んで歩いていた。目指すのは、特設講座が開かれる第三カフェテリア。今日は中期最後の講座ということもあり、持ち物はいつもより少ない。


 その少し後ろを、シグヴァルドとマリナが談笑しながらついてくる。午前中の授業であった出来事を、楽しげにやり取りしていた。


 第三カフェテリアに入ると、すでに何人かの生徒が集まっており、テーブルを囲んでお茶を片手に雑談に花を咲かせている。


「ごきげんよう」


 アルフォンスとリュミエールは軽く会釈をして挨拶を交わし、用意されていた席へと向かった。シグヴァルドたちはそのまま雑談の輪へ加わり、場の空気も自然と和らいでいく。


 やがて時間になるころには全員がそろい、アルフォンスは席を立って一礼し、柔らかな口調で口を開いた。


「皆さん、中期最後の特設講座となりました。これまで多くのブリーフィングを重ね、それぞれが()()()を形にしてきました」


「今回、魔道具都市〈バストリア〉の訪問が全員参加となったことを、とても嬉しく思っています。僕自身、とても楽しみにしています」


 そこで一度、言葉を区切り、室内を見渡す。参加者たちの期待に満ちた眼差しをまっすぐに受け止めた。


「さて、本日はまずバストリア訪問時の活動スケジュールについて話し合いましょう――後半は、おそらく雑談になります」


 最初に確認されたのは、訪問後に王都へ戻る生徒、領地へ直接戻る生徒、そしてバストリアに延泊する生徒――三つのグループ分けだった。


 どの生徒もすでに家族と相談済みであることを確認し、延泊組の宿泊先についても、すでに手配が済んでいることが確認できた。


 次に、訪問先について話が移る。アルフォンスは手元の資料に視線を落としながら、静かに切り出した。


「バストリアの主要な魔道具工房には、すでに訪問の話を通してあります。到着当日の夜には晩餐会の席が設けられ、顔合わせを予定しています」


 そう語りながら、アルフォンスは口元に軽く笑みを浮かべる。


「会場は、来賓を迎えるための離れですから、まあ――実質、宴会に近い雰囲気になると思います」


 肩を竦めたアルフォンスはそのまま続ける。


「皆さんもそうですが、ご家族が同行される場合は特に注意して下さい。工房主たちは全員ドワーフ族です。――巻き込まれると、飲まされます」


「彼らに他意はありませんので、きちんと断れば問題ありません。その点は重要なので必ず伝えて下さい」


 くすくすと笑いが漏れるなか、アルフォンスは現実的な助言も添えていく。


「ただし、既存技術での実現可能性を確かめたい場合は、遠慮なく酒を注ぎながら話しかけてください。注ぎ続け、話しかけ続ける限り、身の安全は確保でき、彼らは本音を語ってくれます」


 真面目な顔で護身の術を伝授しながら、空気を変える。参加者たちから感嘆とも戸惑いともつかない声が上がった。


「一方で、空想寄りの案は、宴が温まったあたり――つまり皆が気分よくなってきた頃に持ち出すと、面白がって議論に加わってくれるはずです」


 そのあたりから、話題は自然とドワーフ族の気質や、彼らとの酒席での立ち回り方へと移っていった。


 半ば雑談のような雰囲気にはなったが、それでも参加者たちにとっては興味深い話ばかりで、教室には頷きと笑い声が絶えなかった。


 午後の授業を終え、王立学園からの帰路――。


 夕映えに染まる街並みを背に、装飾を施された馬車は静かに石畳の道を進んでいた。時折ゆれる車体のなか、四人の少年少女が向かい合って腰掛けている。


 アルフォンスとリュミエール、そしてシグヴァルドとマリナ。窓の外に流れる風景を眺めながらも、話題は間近に迫るバストリア訪問と、その往復の行程へと移っていた。


「前提として、移動にかかる日数は十二日。男女混乗の馬車は学生と言っても慣習的に無理」


 そう切り出したのは、腕を組んだシグヴァルドだった。その表情は真面目というよりは、やや困ったようなものだった。


「馬車の数は足りていても、同乗の組み合わせは悩ましいですね。同行する家がどれくらい車列に加わるのか、確認が必要ですわ」


 マリナも眉間に指を当てながら、静かに言葉を継ぐ。そのやりとりを聞いたリュミエールが、少し申し訳なさそうに声を上げた。


「あの、スケジュールをお伝えしたときに、同行は問題ないけれど、車列は分ける方向でとお願いしてあるの。騎士たちの配置に支障が出ないようにって」


「さすがリュミエールね。配慮が行き届いていて助かるわ」


 マリナが柔らかな笑みを見せると、車内にふわりと和やかな空気が広がった。


 もともとの計画では、乗用馬車を四台、積荷用を二台とし、休憩ごとに自由に乗り換える形を取る予定だった。車列を分けての移動であれば、問題もある程度解消される。


 誰も異を唱える者はおらず、四人は自然に頷き合った。リュミエールが会話を引き取るようにして、話題を次へと進めた。


「休憩や給水の手配は、どうしましょう?」


 問われたマリナが、少し遠慮がちに手を上げる。


「あの、アルフォンスに見てもらいながら、シグと一緒に試作していた魔道具があるんです。ちょっと地味で――水が湧くだけのやつなんですけど」


「まだ想定に届いてないから、失敗作ではあるけど、給水だけなら困らないはずです」


「確かに、想定してたほど湧き出てはないけど、給水目的なら十分に使えるよ」


 シグヴァルドがすぐさま言葉を継ぎ、力強く補足する。実験の時の様子を思い出したのか、彼の口調にはどこか誇らしげな響きがあった。


 その提案にはすぐに賛同が集まり、アルフォンスも頷く。


「じゃあ、その魔道具はマティルダさんに預けておいて。管理してもらおう」


「了解。母上なら上手く管理してくれるな」


 続いてリュミエールが、小さな笑みを浮かべながら提案する。


「私は乾燥魔道具を持っていくわ。寄った街で乾かしたい果物や材料を少しずつ仕入れてもらえれば――おやつが作れるのよ」


「レクリエーションにもなるわね」


 マリナが微笑みながら応じると、車内にはふんわりと楽しげな空気が広がった。旅の途中のひとときが明るく彩られる想像に、誰もが心が弾んだ。


 アルフォンスはその様子を見守りながら、少し考えた後に口を開く。


「それと……移動中の気晴らしに、騎乗用の馬を数頭連れて行こうと思う。希望者がいれば、交代で乗っていい」


 提案された内容はどれも現実的で、しかも楽しみのあるものばかりだった。誰一人として異論を挟む者はいなかった。


 こうして、帰路の馬車で固められた方針は、そのまま晩餐の席でゼルガード公爵に伝えられ、すべてに快く了承が下りた。


 晩餐後――。


 アルフォンスとリュミエールは、暖かな灯りに包まれた居間で、夜のお茶を静かに楽しんでいた。真鍮のティーポットから立ちのぼる湯気が、やわらかく揺れる燭火に照らされ、ゆらりと空に溶けてゆく。


 窓越しには、澄んだ夜空に浮かぶ月の光が差し込み、二人の間に静謐なひとときを添えていた。


 リュミエールは「移動中に、もう少し楽しみがあるといいわね」と、つぶやく声は、湯気とともにほどけるように柔らかかった。


 ティーカップを置いたアルフォンスは、しばし思案するように黙し、やがてふと顔を上げて「……絵札、あったよね?」と、リュミエールに確認する。


「ええ、あります。確か、あの引き出しの中に」


 首を傾げるリュミエールの仕草に、アルフォンスは一瞬だけ視線を奪われる。それでも努めて平静を装いながら言葉を継いだ。


「なら、それを使おう。絵柄の同じ札を何枚かずつ混ぜて、いくつかのセットを作る」


 アルフォンスは言葉を考えながら伝えていく。

 順番に一枚ずつ参加者に適当に配る。

 順番に隣の人から一枚引く。

 同じ絵札が揃ったら、場に捨てる。

 手持ちの絵札がなくなった人が勝ち。


 それだけの単純な遊びだけど、会話のきっかけにもなるだろうと。


 小首をかしげて「なるほど。運も絡んで面白そうですわね」と、微笑む彼女の顔が、あまりにも無邪気で、アルフォンスの胸に言葉が詰まった。


「あ、あしたにでも、使用できる絵札を集めてもらって、準備しておこう」


 視線を逸らしながら、どこかぎこちなく締めくくる彼を、リュミエールはくすくすと笑いながら見つめた。彼女の笑顔には、からかいでも憐れみでもない、ただ優しい眼差しが宿っていた。


 こうして、やわらかな空気と微かな甘みの残る紅茶とともに、静かに更けていった。


特設講座参加者リスト

講師 アルフォンス

補助 リュミエール・マリーニュ男爵令嬢

三年生

 シグヴァルド・マクシミリアン公爵子息(三男)

 クラウス・アルデン侯爵子息(次男)

 ユリシーズ・フェルマント伯爵子息(長男)

 マリナ・レストール伯爵令嬢(長女)

 セリア・ノアール男爵令嬢(三女)

二年生

 テオ・ランザック伯爵子息(三男)

 ディルク・ハウザー子爵子息(長男)

 レーネ・ブリスティア男爵令嬢(長女)

一年生

 ヴェルナー・アスグレイヴ侯爵子息(次男)

 リサリア・ノルド子爵令嬢(長女)

 セオドア・リンドロウ子爵子息(長男)

 ノーラ・ティルベリ男爵令嬢(長女)


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