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従順な星

作者: 耕路

お気に召しましたら評価いただけますと幸いです。

 私が惑星LR-27に探査挺を着陸させたのは偶然だった。探査挺の進路に小惑星帯の広がりが見え、避難の為に惑星座標図で検索した、この未知の星に降下したのである。

 探査挺が大気層に突入する前に観測窓から見えたのは、この星の茶褐色の大陸と、そこにくねくねと折れ曲がって見えた大河の光の反射だった。

 自動着陸モードにセットした操縦に私は手を煩わされることもなく、探査挺は無事大地に着地した。

 タラップを降りて、周囲に目をくばると、あたりは岩石の転がった荒れ地で、動くもののいない風景が拡がっていた。

「生き物はいないのか……寂しい星だ……」

 私は何気なくつぶやいた。

 すると、風の音に混じって人の囁きのような声が聴こえる。最初、私は気のせいかと思った。

 しかし、それは間違いなく人の声だった。

「旅人よ、この星にようこそ。望みをなんなりとお申しくだされ」

 どこからか聴こえるその声に訊いた。

「あなたは、この星の住人か? なぜ姿をみせない?」

「私に姿かたちはない。言ってみれば、この星そのものが私のすべてだ」

 その声は威厳と自信に満ちていた。

「旅人よ、にぎやかなのがお好きか? 待たれよ」

 その声がしてまもなく、風景が変化した。荒れ地だった地表に草原が拡がり、ひょろりと背の高い木が繁って、しかも枝には色彩豊かな花が咲き乱れたのだ。

 私はあり得ない光景に信じられなかった。

「生き物はお好きか?」

 そう星の主の声がして、しばらくすると、木々の間から鹿のような動物が現れ、あたりを歩きまわった。木の幹の根元には、リスのような小動物がちらちらと姿を見せた。周囲はとたんに賑やかになった。

 そして、次に登場したのは、人間だった。衣をまとった数人の男女が現れたのだ。

 私はその人々に囲まれた。男も女もにこにこと笑っていた。なかの一人の女性が私の手をとり、草原の外れへ他の人々と共に歩きだした。

 女性は、涼しげな目元で魅力的な唇を持っていた。きみ、名前は? と私が訊くと、相手は笑って、イレーネ、と答えた。

 少し歩いたところに豊富な食べ物が並べられた木のテーブルが用意されていた。

 人々と共に私は椅子に掛け、勧められるまま、テーブルの料理を口にした。

 食事の合間にイレーネが私に訊いた。

「あなたは、どこから来たの?」

「地球という星だ」

「遠いところ?」

「ずっと遠い銀河の星だよ」

 今度は私が訊いた。

「この星に来たときに、声が聞こえた。あの声は誰なんだい?」

「創造主よ。私たちの世界を作った存在よ」

 そのイレーネという女性の言葉には、声の存在に対する敬服というような感情がこめられているように感じられた。

 小惑星からの退避行動のための一時的な滞在のつもりが、気がついてみると、時が経つのも忘れ、わたしはこの星での日々を楽しんでいた。イレーネに誘われて、二人でいる時間が多くなった。私たちはこの星のあちこちを歩いた。大河のある風景には感動した。風景を見ながら、求められるまま、私は地球の話をした。澄んだ瞳で彼女は私を見つめていた。

 私はイレーネに惹かれていた。風景のなかで、私はイレーネを抱き寄せキスをした。彼女は抵抗することもなく、私の行為を受け入れた。少しでも長い時間をイレーネと過ごすことに私は喜びを感じていた。

 この星での数週間がたった頃、私はイレーネを地球へ連れて帰ろうと思い始めていた。そのことをイレーネに告げると、彼女は複雑な表情をして言った。

「私はこの星を離れることはできないわ」

「なぜなんだ?」

「私は創造主のもとでしか生きることができないの」

 イレーネはそう言って、立ち去った。

 二日ほどして、イレーネが現れたとき、その姿を見て私は驚愕した。

 別人かと思うほど痩せおとろえ、その顔は深い皺が刻まれた老女の顔だったのだ。

 翌日になると、イレーネの老化はさらにすすみ、もはや話すこともできないほど衰弱していた。そして、イレーネは私の腕のなかで息を引き取った。涙がでた。

 そのとき、声がした。

「旅人よ、イレーネの代わりはいくらでもいる」

 私は絶叫した。

「イレーネに何をした! あなたは生命をもてあそんでいる!」

 創造主の声は言った。

「その生命体は最初から設定された寿命だったのだ。あなたを迎えるためのコンパニオンにすぎない」

 私はイレーネを失った憤りから、星に感情をぶつけた。

「こんな世界なんてすべて消えてしまえ!」

 思わず口走ったのだ。言ってしまってから、はっとして、次に起こる出来事に戦慄した。従順な星の主は言った。

「それがお望みならば、そうしよう……反陽子爆弾を起動する……」

 創造主の最後の言葉ははっきり聞き取れた。一瞬、強烈な地響きがした。ただならぬ気配に、私は、探査挺へ走った。操縦席に身体を滑りこませると、エンジンを始動し、機体を垂直上昇させた。間を置かず、探査挺は激しい衝撃に揺さぶられた。途方もない爆発エネルギーが放出されて惑星が崩壊しているのは確かだった。素早く、亜光速モードに切り替えると、この星系を離脱した。

 惑星LR-27は自らのかたちを粉砕し、宇宙空間に粉々の元素となって飛散した。あの声は創造主どころか破壊の神だった。

 あとには静謐(せいひつ)な漆黒の空間だけが残ったのだった。

読んでいただき、ありがとうございました!

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