第三王子が国王になったワケ
「お前だけを残すようなことになってしまってすまない」長兄のカルロは言った。
「兄上、どうしても修道士になるつもりなのですか?」俺は尋ねる。
「すまないが、俺は王になれない。あとは頼む」彼は言う。それ以上、引き留めるのも悪いと思ったので、別れのあいさつをして、今度こそ彼を見送る。
別れのあいさつを済ませるとすぐに、国王秘書がやってきて「国王様、聖女がお待ちです」と言う。「わかった」と返事をして、玉座へ戻る。
玉座に座るが、優越感よりも恐ろしさが勝つ。王になってから一週間が経つが、自分が王なのだという事実をいまだに信じられない。
やがて聖女が国王秘書に連れられて、玉座の間に入ってくる。今日の彼女は白を基調としたドレスに、金色の精巧な刺繍が入ったものを着ている。いつでも彼女は美しいが、今日はいっそう、美しい。彼女と結婚するになると想像すると、心が温かい幸福で満たされる。
「国王秘書、いったん聖女と俺だけで話したい」俺は言う。
「かしこまりました」彼は言って、部屋にいる護衛も含めて、全員と一緒に外に出て行く。
「クリスティーン」彼女の名前を呼ぶ。「ここへ」彼女へ聖女の椅子に座るようすすめる。彼女は玉座の隣にあるそれへと移動して、座る。
俺は話し出す。
「君は本来、兄上と結婚するはずだった。きっと、こんなことになってしまって戸惑っているかもしれない。だけど、俺はうれしく思っている。ずっと前から、君を妻にできたらよかったのに、と思っていた。君は僕の憧れだったんだ」俺は聖女の前で、十九歳の恋する青年という本来の姿に戻る。この姿を見られたくないがためにわざわざみんなを下がらせた。国王らしくない、とは思うけれど、まだ心まで王にはなりきれない。
「本当に、奇跡みたい。まさか両想いだったなんて。いままで頑張ってきてよかった」彼女は言って、俺の手の上に自らの手を重ねる。自分の手の上に置かれた、細くてひんやりとする手を見て、彼女をいとおしく感じる。
「頑張った、というのは聖女になるときのこと?」俺は何気なく尋ねる。しかし彼女は首を横に振る。
「本当は聖女になんてなりたくなかった」そんなことを聞かされるのは初めてだ。女性のトップにして、代表である聖女になりたくない人がいたということにも驚かされる。
「でも、どうしても周りが辞退させてくれなくて。あなたと結婚するにはあなたを王にするしかない、ってなったの。もう、大変だったんだから」彼女は言う。
「ん? 王にするって、どうやって・・・・・・?」
「カルロさんは物わかりのいい人だった。カルロさんと結婚することになるなら服従の魔法をかけて操り人形にして、私は好きな人と子どもをなします、と言ったら修道士になってくれたの。本当に、いい人だよね」
「あはは。冗談だよ、ね?」彼女の言ったことが信じられなくて、そう尋ねる。
「本当だってば。でも大変だったのがバックスさんのほうで」次兄のバックスはこの前、愛する人と駆け落ちして姿をくらましてしまった。そのことで城中の人たちから批判されまくっていた。
「何を言っても、怒鳴り散らすばかりで話にならなくて、仕方ないから服従の魔法をかけて適当な娘を好きにならせて、そのまま駆け落ちさせたわ」
「いや、そんなことできるわけない」この城には魔法を使用できないように結界がかけてある。服従の魔法を城の中にいる次兄にかけるなど、不可能だ。
「できるよ。結界を壊して、書き換えたやつをかけなおしてから、魔法を使ったから」彼女はあり得ない芸当をさらりと言う。
「え、じゃあ兄上の駆け落ちって」
「うん、彼の意志じゃない。かわいそうだけど、しかたないよね。あの人がいたら、あなたが王になれないもの」
「いや、別になりたくはなかったんだけど」彼女と結婚できて、どこかの土地の侯爵として平和に暮らせたら、それでよかった。
「これ、本当の話?」俺は尋ねる。
「本当だってば」彼女は答える。
「いや、そんなまさか」そこで俺は、カルロの言葉を思い出す。「俺は王になれない」「お前だけを残すようなことになってしまってすまない」
まさか兄上、俺を置いて逃げたの?
「・・・・・・兄上を呼び戻そうか」俺は言う。
「は? なんで?」彼女の口から低い声が出てくる。気づくと、彼女の顔から笑みが消えている。
「そんなことしたら結婚できなくなるじゃん。なんでそんなこと言うの?」彼女がガチでキレていることに気づいて、慌てて言い訳する。
「いや、俺だけじゃやっぱ、不安だから。俺なんてダメダメだし、国王なんて向いてないっていうか」
「大丈夫!」俺の言い訳をさえぎって、彼女は言う。
「あなたはあの二人よりもはるかに王の素質があると思うの。それにもし、あなたが困ったことになっても、私が支える。だからカルロさんは呼び寄せなくていいよ」
城の結界をぶち壊して、一瞬でかけ直せる聖女が、 ”支える” と言ってくれる状況ほど、安心できることはない。それなのに、不安を覚えるのはなぜなのか。
「大丈夫、顔色悪いけど?」彼女が尋ねる。顔色が悪いのは当然だろう。謀反人と結婚することが確定していると知らされて、平常心でいられるほうがおかしい。
「大丈夫、うん」俺は答える。それから覚悟を決めて、言う。「二人で幸せな国を作ろう」




