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17/27

17:マスコミって悪いヤツが欲しいのよ

『拝啓

 東洋テレビ(早朝ワイド)番組担当者殿

 田中三郎と申します。

 たいへんお忙しいところ申し訳ございません。

本日手紙を差し上げたのは、早朝ワイドで取り上げられました、(カジノタワー倒壊)というコーナーでのブログの記述について取材を受けておりますハリー勉氏に状況を提供しましたのは私であるということをお伝えしたかったからです。ハリー氏は私の名を伏せていたことから追及を受けるに至りました。ハリー氏は古くからの友人です。彼は私の見解をそのまま伝えただけであります。したがって彼は、貴番組で指摘されるような不誠実な人物ではありません。この問題はすべてこの私に帰する事を明確にしたいと存じます。

以後、ハリー氏に対する取材を控えていただくよう、お願い申し上げます。

                 敬具        田中 三郎      』

 同じ内容の手紙を、他のテレビ局、この問題を取り上げた週刊誌にも同時に郵送した。

これでハリーへの追及はかなり収まるだろう、しかしその分は自分のところに来る。覚悟しておかないと……サブロウは重い気持ちが半分くらいになって、ようやく笑顔が戻ってきた。……ヨーコにも言っておかないと……サブロウはヨーコを呼び出した。

「ヨーコ、一応見てよ。この手紙、全部のテレビ局に出した。ハリーの追及をやめてくれって」

 陽子は手紙を一読して言った。「これじゃ解決しない。もしかすると、もっと悪くなる」

「えっ、ハリーへの情報提供者が不明だから追及されているんじゃない。だから、オレが名乗り出れば収まる。そうじゃないか?」

「最初は確かにそうだった。でも、もうそのレベルじゃないよ!」

「私、言ったでしょう。マスコミって悪いヤツが欲しいのよ」

「悪いヤツって?」

「ハリーは口数が少なくて性格がカラッとしてるでしょ、だから清廉なイメージで人気があるの。ところがマスコミは、それは表の顔で(実は〇〇)っていう話が欲しいの……(あのハリーが……)って書けば週刊誌は売れるのよ!」

「こうなると、全く作り話でもそれで売っちゃう。回りがみんなそうだから名誉棄損もなにも成立しない。書いたもの勝ち」

「ハリーはいま、完全に悪者になってるわ」

 もっと悪くなる……サブロウは愕然とした。

「サブロウ、私が聞きたかった事ね、この手紙ではっきり分かったけど、山神先生の資料を出したのね。ということは山神先生がタワーは危険だと言ってるわけ? だったら先生はなぜその事実を公表しなかったのかしら? そうすればこんなことにならなかったじゃない」

 陽子は鋭い、また核心を突かれた。しかし本当の事を言うことはできない。サブロウは取り繕った。

「先生の業務取引上の秘密事項だから、本当は出せないものなんだ。オレはそれを知ってて、先生が亡くなった後それを引っ張り出した」

「それじゃあ、あなたは先生の許可なく情報を出しちゃったってこと?」

「……そうなるね」

「確かに危険を知らせるって意味ならアリか……」

「でも追加の資料を出したとしても相当に専門的でしょ、あなたが説明できるわけがない。先生が自ら説明する以外に方法はないのよ」

「だとすると、あの資料、マスコミが言うように、(ウラ付けのないでっち上げ)になっちゃう……あなたは(悪いヤツ、ナンバー2)になるだけ」

 陽子の危惧は当たった。手紙の着いた翌日、サブロウの自宅に記者が殺到した。だが、サブロウの顔写真を撮るだけで、事実関係の質問がほとんどない。

 翌朝のワイドショーで(カジノタワー倒壊騒動続編)が出た。

『例のカジノタワー倒壊騒動で資料提供者が出ました。

田中三郎という人物です。ここに局宛の手紙があります。えーと映してください。

これを書いた本人にインタビューしてきました。どうぞ』

 録画に代わった。サブロウの自宅前だ。

「すみません、東洋テレビです。今日、局にあなたの手紙が届きまして、えーと田中さんご本人で宜しいですか?」

「そうですが」

「手紙によるとあなたがハリーさんへの情報提供者ということですが、あなたが資料を作った。そうですか? 『いや、自分じゃないです』」

「そうすると資料の基はどこになりますか? かなり専門的な内容がほとんどなんですが、

ちなみに私は全然分かりませんでした、あなたは分かるんですか?」

「いや、概要を説明するぐらいなら……」

それじゃあなたの存在する意味がないでしょう。あの資料の信ぴょう性があるかどうかが重要なんで。だれが書いたかを教えてもらえませんか」

 ここで録画は切れた。

『はいっ、録画はここまでです。途中なんですが録画でわかるように、田中さんという方は資料を書いた人ではないようです。そうすると彼が名乗り出た理由が不可思議です。なんのために突然出てきたか?』

 コメンテーターが一斉に声をあげた。

『意味のない人が突然出てきて、これって何か事態打開の工作みたいに感じますね』

『資料の本当の製作者が出てこないこということは、でっち上げの線が濃くなるだけですね』

 前にも増してハリーへの追及が強くなった。皆、口汚くののしるだけだった。

 このワイドショーを見てサブロウはひどく落ち込んだ。もう食事が喉を通らない。

 陽子はサブロウのあまりの落ち込み様に違和感を感じた。だいぶ分かってきたが、サブロウは何かまだ陽子が聞いていない重要なこと隠してる……ダイレクトに聞いても絶対に言わないだろう。陽子は分かっていた。サブロウは根がまじめだから隠すのはへただ。そのうちポロッと漏らすに違いない……サブロウが反発しない程度に突っ込む……それで行ってみよう。

「サブロウ、聞きたい。タワーが危険って、先生の設計ミスがあったわけ?」

 またズバリの指摘だ。

「ヨーコ、鋭いな、負けたよ。本当の事を言うよ。あれって基本設計は先生が全部やったんだ。基本設計まで進んだところで先方が気に食わないって途中で打ち切ったんだ。もちろん一応の金はもらってるから、トラブルっていうことで先生も納得して引いたんだよ。ところが出来上がってみたらほとんど先生の設計通り。要するに大事なとこだけやらしといて安く上げようっていう汚い手だよ。全部そのままだったら問題なかったんだけど、何を思ったか脚の部分だけあんな風に変えちゃった。

 先生が驚いて構造の再計算をしたところ、返って強度は低下することが分かった。ヨーコが感じた、(バランスが悪い)って印象の通り。それと根本の太い部分、あれに欠陥があることを先生は見抜いた。それであのタワーは危険だって言いだしたっていうのが本当のこと。

「わかった。もう一つ聞くよ。あなたが手紙を出して逆に状況は悪くなっちゃったけど、そもそも何でハリーに話したの、何で最初から自分でやらなかったの?」

「うーん、そこなんだけど完全にオレのミス、オレが騒いでもだれも本気にしないから、ハリーの知名度に頼ろうと思ったんだ。結局完全に裏目に出ちゃった」

「三つ目が一番大事なこと。本当のところタワーはどのくらい危険なの?」

 サブロウは「ビクッ」ときた。ここで本当の事を言ってしまうと陽子が動き出してしまう。

「危険になる可能性が高いから、警告して、補強とか対策が要るっていうこと」

 サブロウが甘い答えを返した。

「フーン、それなら当面大丈夫ってこと……おかしいわ、その程度の危険性だったらこんな大事になるかしら? もしかして先生が仕事で騙された腹いせってこと?」

 陽子はちょっと鎌をかけた。

「先生はそんな安っぽい人間じゃない! 証拠があるから言ってるんだ」

 サブロウが少し興奮気味に叫んだ。

「証拠って何? 私、初めて聞いた」

 陽子の誘導にサブロウがつい、乗ってしまった。

「それは、……」サブロウは口ごもった。

「まあいいわ、実は相当危険ってことみたいね」

「それでね、あなたが中国に行ってから全てがおかしいの。なにかあったのね」

「そうそう、先生の葬儀の時、若い娘さんが二人、あなたに寄ってきて涙流しながらお礼を言ってたじゃない。あの人たち何なの。葬儀だから泣いていても不思議じゃないけど親密すぎるわね」

 よく見てたな。サブロウは焦った。

「先生の孫と福田さんの娘さんだ。向こうでずっと案内してやったから……」

「あら、中国の機械メーカーの視察って聞いてたわ、娘さん二人ともずっと一緒に機械を視察したわけ?」

 サブロウは言い訳に困った。

「だからさ、工場の視察は三時ごろには終わっちゃう。そのあと……そのあと、向こうのメーカーの人の案内でいろいろ回ったりしたから……」

「それって向こうの人にお世話になったってことじゃないの? 『案内してやった』じゃなくて」

「まあ、二人一緒にだからあんたの彼女じゃないわね、――残念ながら」

「悪いけどもうひとつ聞かせて」

「いいよなんでも……」

 聞かれたくないことが次々ひっぱり出された。しかし話してしまった分だけサブロウの気持ちは軽くなった。

「先生の事故だけど、本当に情報は何もないの?」

「あなたが帰ってくる日の事故よ。タワーの危険性を指摘した先生が亡くなったことで、この件は表に出なくなるわね。いろいろ分かった今だから、はっきり言っちゃうけど、これって口封じだよね、口封じの暗殺。……そのあとあなたが必死になって引き継いでいる……ということは、あなた、先生にこの件を依頼されたんじゃないの?」

「依頼されたわけじゃないけど、先生の意思を継いだのは確か。……暗殺か? と言われると、証拠がないから警察の捜査次第になるけど、その可能性もある。……」

 陽子に論理立てて追及されると、サブロウは頷くしかなくなった。

「ねえ、知り合いが真っ当なことをしようとして、殺されたのよ。……いい、……人が二人死んで、あなた、そこまで事情を知ってて警察に通報するとか、なぜ普通の対応をしないのよ? ハリーを巻き込んでおいて、私には隠そうとしてるのはなぜ……?」

 サブロウは黙り込んだ――これ以上何も言わないほうがいい。

 返事が返ってこない。またサブロウがおかしい。陽子は、事の深刻さがケタ違いではないかと思い始めた。

「いいわ、こうなったら放っておけない。私なりに調べるから」

 陽子はサブロウの部屋を出た。

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