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16:オレはペチャンコ

 次にサブロウは工事現場を想定してみた。……コンクリートを壊すなら、エアの(はつり工具)が一般的だが、鉄を割るというのは考えにくい。それに空気を圧縮するコンプレッサーが必要だ。コンプレッサーの大きさは軽自動車ぐらい。それを外に置いて、太いホースを延々と延ばさなければならない。……これも現実的じゃない。それに略語MDにも該当しない。

 M、Mで始まる単語……サブロウは知っている英単語を総当たりで並べてみた。Machine(マシーン)Magnet(マグネット)、マ・ミ・ム・メ・と進んだところで、M……(メルトダウン)が思い浮かんだ。しかし「メルトダウン」じゃ原発の炉心溶解だもんな、キャッチフレーズが『原爆が落ちても倒れません』だからな、現実的じゃない。サブロウはMDの解析を諦めて、次の疑問SKSとEAに移った。

 SKSとEAはつながっている事が読み取れる。『SKSをした後、EAを出し』との記述がそれだ。SKSとは何らかの行為の事で、その後EAを出すとは? サブロウはもう一度(実行方法考案)に戻って読み直した。

 ……そうか、MDを実行するには、その前にSKSとEAが実行されていなければならないんだ。ということは、破壊の前にしておかなければならない事、……普通に考えればそれは「警告」以外に考えられない。タワーが倒れるのだから、タワーにいる人を避難させるのが当然だ。その流れで行くと、SKSは避難に導く何らかの行為である、と考えられないか? サブロウは、がぜん色めき立った。

 EAはあっさりと分かった。(Evacuation Advisory)(避難勧告)で間違いないだろう。

 SKSとはタワーの倒壊前に、全員が確実に避難する気になる行為ということだ。揺れも振動もなく、全員が恐怖を感じる行為……何だろう? 全員が恐怖を感じる……そうだ、火事? ――火事に気付けば皆一斉にタワーから逃げ出すに違いない。……しかし火事は危険すぎる……うん、火事と思わせればいいんだ。それなら煙幕を出せばいい。サブロウはネット辞書で(煙幕)を検索した。(Smoke Screen)たしかにS・K・Sである。

 これでまた一歩進んだ。サブロウはLBも分かりそうな気がしてきた。LBはR4によって最上階に搬送されることになっている……鍵はLBを使うタイミングだ。LBを使うのはSKSが終わってからということだから、そのころはR1とR2がタワーの脚を破壊している最中ではないか? 人は避難して、もうすぐタワーが倒れるとすると、何のためにLBを運び込むのだろう? サブロウは計画の流れを頭の中でシミュレーションした。

『十一月十一日、コンベンションセンターに待機したロボットがRD4のプログラムに従って、R1とR2はそれぞれMDを持って脚の破壊に向かう。R3が煙幕を発した後、避難勧告を出す。R4はその後にLBを最上階に運び込む』分かったことを繋ぐと、こうなる。

 ここでサブロウは重要なことに気付いた。――先生の役割は何だろう。ロボットの監視か? それも、もちろんだが、一番重要な事は人の避難の確認。――そうだ、そのために先生は最後までタワーにとどまるのだ。そしてR4がLBを持って行くということは、最終的な先生の避難! それにちがいない。――サブロウにイメージが浮かんだ。LBは(Life Boat)救命ボートだ。タワーが倒れれば上部は海に落ちる。五、人的被害の防止の章の最後にLBが塔の倒壊に耐えるかどうか分からない、と書いてあった。命がけではあるが、救命の可能性も捨てていない……さすがは先生だ。サブロウは拳を握り締めた。


 先生の計画の概要が分かってきた。サブロウはソファにのけぞって座り、天井を仰いだ。

「フーッ」サブロウは大きくため息をついた。そのとき、

「カサッ」右の方で小さな音がした。

木の椅子の背もたれの外側に黒いものがある。「ゴキブリか……もう十月だから動きが悪いな。オレはゴキブリもきらいなんだよ……」

 サブロウは体をちょっとひねってその椅子の前足を持ち上げた。椅子は後ろにゆっくりと倒れた。

「パタッ」という音に「クシャッ」という音が混じった。

 ゴキブリはつぶれて身が飛び出していた。

 ……しばらくして、サブロウに戦慄が走った。「オレ……こうなるんだ」

 だれかが丈夫そうだが倒れやすい椅子を作って、オレは「倒れやすいから危険だよ」って最上部にいて、警告していたんだが、椅子は結局倒れて、オレはペチャンコ」

 そういうことだな。……

 サブロウはさっきまでのモチベーションは吹っ飛んで、自分が死に向かっている実感に、おびえはじめた。

 「おいおい」オレっていま自分が死ぬシミュレーションをしてたよな。この計画を実行すると、よほど運が良くなきゃオレは死ぬぞ。……他人のため? なんでだよ? オレが死ななきゃならない理由ってないじゃん。……たまたまこの事件を知ってしまって、……オレ、知ってるだけでいいはずだったじゃない。 ……結構危険な人質救出もやって、その上、いま死ぬ準備をしている。そんなバカな事って……ないよな!

 ここまでで引こう……オレは充分やった。感謝はされなくってもいいや。もともと感謝されるなんて思ってもいない。純粋な善意だった。やれるのはここまでだ。

 サブロウはそそくさと書類を整理した。もう何も考えない、その言葉を帰りの車の中でサブロウは何度も繰り返した。

 日曜日だ、十時に目が覚めた。

「サブロウ……」陽子がやってきた。

「おはよう!」あいかわらず元気がいい。

「あのさ、……あんたこのごろおかしいの自分で分かってる?」

 あいかわらずダイレクトな言い方だ。

「おうっ、もう片がついた、来週から正常にもどりまーす」

 サブロウは努めて陽気に答えた。

「うん、こないだよりはマシだけどさ、教えてよ、何があったのさ?」

 陽子は追及を緩めない。

「あのさ、あんたはどうでもいいとしても、お母さんが心配してるの、分かってる?」

「会社はずっと休んでるし、どこに行くかも言わないし、帰ってこないし、お母さんが心配で倒れたらどうするのよ!」

「会社は溜まった有休をまとめて取ってるの、取れ取れって言うんだから問題ないの!」

「中国に行ってからおかしくなったわね、山神先生たちが亡くなったのもただの事故じゃないと私は思ってる」

 陽子が核心をグイグイ突いてくる。

「ああ、オレ先生に頼まれたことが結構あってさ、このところそれをきちんと片付けている訳さ、先生と福田さんが突然いなくなったから工場もバタバタしているのよ」

「事故の原因は? なんか情報あるでしょ……」

「原因は、相手がいないから分からないよね、工場の話ではあの日、先生と福田さんがロボットの確認に来たと言ってた。その帰りの事故だけど」

 陽子は話題を変えた。

「あんたがいない間、ハリーが来たんだよ。サブロウいないかって、私も久しぶりだったんで話しようと思ったんだけど、急ぐからってすぐ帰っちゃった」

「ハリーの状態、知ってるよね?」

 サブロウはグッと気持ちが重くなった。ここ数日ハリーのことは考えないようにしていた。それが陽子の言葉で一気に現実に戻ったのだ。

「いまどうなってる……」

 状況が好転するはずがないのは充分わかっている。聞くのは怖い、しかしハリーと会った陽子の感触も聞いてみたい。

「マスコミ報道は最悪だわ、ハリーの件でわかったけど、マスコミって悪く言うほど視聴率が上がるんだね。ハリーはいま格好のネタ。もう、あることないこと言いたい放題。私、ハリーがかわいそうですぐテレビ切っちゃう」

「ハリーが来た時、話は聞けなかったけど、あれ相当精神的に来てるよ。ヒゲも伸びてたし、あんなハリーって見たことないよ」

 やはりそうか。タワーを倒壊させることは諦めた。だがこの事件に巻き込んでしまったハリーだけは救わなければならない。――オレの責任だ。

 サブロウは考えた。この騒動はハリーがカジノタワーの件をブログにアップしたのが原因だ。そしてハリーが情報の出元、オレの名を完全に伏せていることがマスコミのヒートアップに繋がってしまった。最も確実にこの騒動を鎮めるには……単純だ。オレが名乗り出ればいいんだ。サブロウは決心した。

「ヨーコありがとう、状況分かったよ。オレいそいで処理しなきゃいけないことがあってさ、きょうはここまで」

 サブロウは急に話を打ち切ろうとした。しかし陽子はネバる。

「ちょっと、まだ聞きたいことがあるわ、……待ってよ」

 サブロウは陽子の声を無視して部屋に入ってしまった。

 ああ、ヨーコ、ゴメン。オレのこと心配してくれてるの分かってる。でも本当の事は言えないんだ。言うとおまえがハリーみたいになっちゃうからな。

 サブロウは主要なテレビ局に今回の経緯を書いた手紙を出すことに決めた。

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