14:支配人「白」さん大激怒
サブロウは面白半分のこの番組を憤る思いで見ていた。そしてハリーに申し訳ない。ハリーは最後までサブロウの名を明かさなかった。ハリーありがとう……お前は本当の親友だ。サブロウは涙をこらえられなかった。
巷の話題はこれを境に、台風の風速の増加予測、それに対してタワーが実際何メートルの風速に耐えられるかに移った。耐える、倒れるのコメントが錯綜し、ネットもその話題で溢れた。
ついにその話題は実社会にまで影響を及ぼし始めた。タワーの周辺のビルの住民が避難を始めたのだ。「万一倒壊したら……」その不安が加速度的に拡大している。
翌日、台風は和歌山にまで到達した。風速は六十五メートルまで増加し、かなりの被害が報告され始めた。この勢いだと七十メートル、いや八十メートルもありうる。と、風速予想は日本中の関心事になってしまった。そしてカジノタワーはというと、観光客はゼロ、従業員の半数が臨時休暇を願い出る事態になった。
ところが台風は箱根を越えるところで急速に勢力が低下した。風速は四十メートルに落ちた。大げさな予報は外れたが、それでも充分強力な台風である。テレビ報道は全局がカジノタワーの中継になっている。画面には完全に空になったカジノタワービルと、タワー支配人、白さんの苦虫を噛み潰したような顔が繰り返し出てくる。
ついに台風は横浜に到達した。風速は三十九メートル。かなりの雨を伴っているので、風圧は数字より強く感じられる。木々は大きく揺れているが、テレビ局が急きょ取り付けたタワーの揺れ表示盤は、わずかしか動いていない。揺れは確かに少ない。
約一時間で台風はピークを過ぎた。さらに千葉県に入るとグッと勢力が落ちた。
結局タワーには何も起きなかった。一転、テレビの取材は白さんに集中した。
「大騒ぎになったのに、何も起きませんでしたね。これは良かったと見るべきでしょうか?」
そのインタビューに白さんが目を剥いて激怒した。
「とんでもない! 大損害です。デマを飛ばしたヤツ、絶対許さないよ。八つ裂きにしてやる!」
白さんは荒々しく大声を出しながら十人ほどの取り巻きを引き連れてテレビ局に乗り込んできた。取材陣が駆け寄った。
「テレビ局は正義の味方でしょう。悪人探すの手伝ってください、ハリーってどこにいるの。テレビ局はアイツを捜す義務があるでしょ。警察も動くよ、これ、犯罪ね」
白さんはすごい形相で一日中、テレビ各局をめぐり大騒ぎをした。煽られたテレビ局は一斉にハリーを探し始めた。ところがハリーは見つからなかった。
サブロウもハリーに二度電話を入れた。しかし出ない……サブロウは頭を抱えた。ハリーが苦しんでる……サブロウは朝までほとんど眠れなかった。
ボヤッとしたまま、目を覚まそうとサブロウは缶コーヒーを買った。家に帰って無意識にテレビをつけた。缶コーヒーの栓を開けたとき、映像が目に入った。出たのは「ハリー暴力騒動」の文字だった。
いつものコメンテーターが難しい顔で解説している。
「やっぱりね、ハリーはもっと大人にならなきゃいけないよ。コンサートじゃないんだから。取材する方はやっと捜しあてたから殺到するのは当然でしょ。それを押し返すから転倒したりするんですよ。感情そのままに動いたらこうなるんですよ。」
それを聞きながらサブロウは缶コーヒーを両手で持ったままうつむいた。
「サブロウ」……「えっ」声に振り向いた。なんとそこには陽子がいた。
「あんた朝から死人みたいな顔でコーヒー買ってたからついてきたの、全然気づいてなかったわね、どうかしてる。ねえ、どうしたのよ?」
「ねえってば、私に言っちゃいけない事?」サブロウがますますおかしい――陽子はしつこく問い詰めた。――どうしても聞き出す。――陽子はサブロウの手首をつかんだ。
「うるさい! おまえに関係ない」サブロウは陽子の手を振りほどいて表に飛び出した。
飛び出すのが急すぎて陽子は追えなかった。帰ってきたら、もういちど問い詰めるか。でもイヤーな感じ。マジにヤバイわ……陽子は首を振った。
飛び出したサブロウは一直線に御殿場のロボット工場へ向かった。――ハリーの件でハッキリと分かった――広報で世間に知らしめるのは無理だ。こうなったら先生に代わって実力行使をするしかない……しかし、いったい先生はどんな方法を考えていたのだろう。車を飛ばしながらサブロウは思いを巡らした。
爆破。……タワーの足元を爆破するというのが、まず凡人の考えることだが、先生がそんな方法をとるとはとても思えない。第一、ダイナイトをどこで調達する? ……ありえない。
飛行機で突っ込む? ますますありえない。大型トラックで突っ込む? 可能性はあるが、実際は脚の部分の周りには沢山の工作物があって、トラックを直接脚にぶつけることは無理だ。
どう考えても不可能に思えるが、先生は明確に倒すと言った。やはり考えを元に戻して、爆破以外に方法はないだろう。自分の知らない、何らかのルートで爆発物を入手するつもりだったのだろうか? 仮にそうだとしても、どうやってそれを怪しまれずにタワーに仕掛けることができるのか?
先生はタワーを海側に倒すとも確かに言った。当然、町側の被害を避けるためだが、それには海側の脚二本を確実に破壊しなければならない。――もし爆破だったら、必ず脚を壊せる破壊力がないといけない。大きな爆発では、脚を壊すと同時に周囲に被害をもたらすことは必然だ。ちょうどよく脚が壊れて、しかも周囲に影響が少ない爆発など、考えるとできるはずがない。
車は一時間ほどで工場に到着した。工場では技術の山崎さんが、ロボットを整理しているところだった。それをみてサブロウがひらめいた――先日のデモで、ロボットは人間のできることはほとんどマネができると分かった――それならば、
「山崎さん、このロボットってナットを外すことはできますか?」
サブロウはロボットを使って、タワーを分解できないかとひらめいたのだ。
「その程度のことは非常に簡単です。なんならそこにある予備のロボットで実演してみましょうか?」
これは、――グッドアイデアだ。サブロウは、ほくそえんだ。
「あの、ちょっとバカげた例ですが、ロボットに指令して、例えば東京タワーを分解することなんか出来るもんでしょうか?」
サブロウは、ズバリ聞いてみた。
「ハハハッ、東京タワーですか。……出来ませんね」
山崎さんにいきなり否定された。
「どうして出来ないんですか?」
「東京タワーって、ボルト、ナットで組んであるんじゃないですよ。あれはリベットです。あのころは鉄骨を繋ぐのに、リベットといって、ネジのないボルトみたいのを焼いて鉄を溶かしておいて、反対側を大ハンマーでたたき潰すという職人技で、原始的だけど緩まない方法で出来ているんです。リベットって外すことは出来ないんですよ」
サブロウは自分の知識のなさに愕然とした。そして――思い出した。東京スーパーツリーの広報に、「骨組みは、ほとんど溶接で繋がれている」という一節があった――カジノタワーも同じ工法だ。ということは、リベットより遥かに丈夫にちがいない。ますます無理だ。
「すいません、変なこと聞いて」
サブロウは頭をかきながら部屋に入った。
(カジノタワー除去)……この資料に何が書かれているか? サブロウは一瞬、開くのをためらった。――内容が理解できたとして、自分に実行できるのか? ――できないとしても、なにもしないことが許されるのか? ――結局自分には、やる以外選択はないのだ。サブロウは、生ツバを飲み込んだ。「ゴクリ……」飲み込む音が脳に響いた。
除去計画は六章になっていた。
一、タワー立地と環境
二、実行方法考案
三、準備
四、実行
五、人的被害の防止
六、不良個所の確認と広報
サブロウは覚悟を決め、とにかく逃げずに全部を読もうと心に決めた。
(一、タワーの立地と環境)については、周囲の状況を正確に分析したものだった。それによると、確かに海側の公道に直角に倒すことができれば、全く周囲に影響がないことが分かる。
次は(実行方法考案)、これが核心だ。サブロウは眠い頭を叩きながら目を凝らした。二、実行方法考案ーーーーーーーー
『問題の脚部はサブマージ溶接による環状構造であるが、溶接技術未熟による熱ひずみと、それに対する熱処理の強行によって、事後割れが生じたものである。しかしながら熱処理の結果で非常な硬度に達している部分の破壊は、中々難しいものがある。よって、打撃による破壊は適切ではない。むしろMDによる破壊が適切である。MDの器具の運搬については、隠密にされなければならない。実行についてはRD4Xにて確認が必要である。RBの配置についてはR1とR2、は下部、R3とR4が上部とする。R3はSKSの後、EAを出し、R4はSKSの後LBを最上階に搬送する』
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「うわっ……」、全く何のことかわからない。用語が専門的過ぎて分からない上に、略語が多すぎる。サブロウは頭を抱えた。
次に、(準備)とは、この作業の準備なのだが……。
三、準備ーーーーーーーーーーーー
『MDの器具は消火器と類似していることから、偽装が可能。事前にCCに搬送しておく。当日までにRD4Xは完全にRD4昇華されていなければならない。RBについては製作を済ませておくが、事前に安全性の確認はできない。R4との暗唱番号は不定とし、実行日決定後、数字(2149)に当日の日付を数字として加えたものをRD4に書き込む』
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これが(準備か)暗証番号だけは実行日さえ分かれば推測できるようだが……。
四、実行ーーーーーーーーーーーー
(実行)……実行といっても、この計画はこれからスタートするのか、もうスタートされているのか、それすら分からない。先生はすでに亡くなっているのだから、いまからスタートは出来ない……自分がこの書類を解読してスタートさせるのか……遠い話だ。