12:ハリーと共に
ハリー勉の動きは早かった。彼は自分のブログでタワーの危険性を語り始めた。
『☆ハリー、今日のひとこと☆ きょうはちょっと怖い情報がある。みんなも知ってるカジノタワーって見て、なんか感じないか? オレの知ってる技術屋が、あれはバランス悪いって言ってるぞ、バランス悪い物って丈夫じゃないんだ。実はオレもそう思うんだ。何か意見あったら聞きたいな』
ハリーのブログは人気がある。さっそく反応が出た。
『同感です。オレもそう思ってた、脚がゴッツ過ぎるよね、それなのにピカピカなのがダサイ』
『ピカピカの太い長靴履いたみたい、絶対変です』
『東京スーパーツリーより高いけどスマートじゃないよね』
『長靴を見ると、左右の直径が違うよね、あれは設計ミスなの、それともデザイン?』
ハリーの第二弾はもっと強烈だった。
『☆ハリー、今日のひとこと☆ 去年の台風でカジノタワーが全然揺れなかったということが話題になったよね。それってどう思う? 東京スーパーツリーは揺れるよね。揺れない方がいいと思うけど、限界超えると折れちゃうとしたらヤバくない?』
これには反応が一気に増加した。
『同感、東京スーパーツリーは揺れる、だけど五重塔構造だから揺れを逃がすことができる、カジノタワーはガチガチ、パンパンに出来てるだけから、一気に折れるぞ』
『東北大震災で、高層ビルが揺れるけど倒れないというのが証明されたじゃない』
『あれって、知らされてないけど、鉄鋼の大部分はC国とK国製なんだ、国産じゃない。オレのオヤジは鉄鋼製造会社だから、そういうこと知ってる』
『オレは知ってる。タワーの設計はC国だぞ、C国に技術あるのか?』
SNSでは情報は、必ず不安を煽る方向に拡大する。サブロウの狙いは当たった。しかし話題になったあと、必ず跳ね返りが来る。サブロウは危険の証拠を示さなければならないのだ。幸い、深センに行く前にサブロウは山神から、より詳細な説明受け、カードと暗唱番号を受け取っていた。それがあれば山神博士の部屋に無条件で入ることができる。
建築の関係は山神研究所だが、問題の資料はロボット工場の方だ、サブロウは御殿場に飛んだ。
工場に着いた。サブロウの到着を聞いて工場長の今井さんが出てきた。
「こんにちわ、このたびは大変なことになりましたね」サブロウはとりあえず挨拶した。
「先生が亡くなって、今後どうなるのか皆不安ですが、会社としては半年分の仕事は入ってますから、それを継続してます……田中さん、今日は部品の納品ですか?」
「いや、私、先生からロボットのデモの広報みたいな仕事を頼まれていたんです。それで資料が必要なんで」
サブロウは出まかせで答えた。
「あっ、それっていま整備してるこれでのことじゃないですか」
見ると真新しいロボットが並んでいた。
「先生と福田さんはこれの確認に来て、帰る途中事故に会ったんです」
「ああ、それじゃそうかもしれません」
「先生の部屋、探さしてもらいます」
「どうぞどうぞ……あの、ところで田中さんは先生とお知り合いだったんですか?」
「いや、特に深いものはないんですが……」
「そうですか、その部屋は私でも入れない部分なんで、どうしてかなと思いまして」
「でも部屋のカードと暗証があるということは先生と特別な関係という証拠ですから、今後は私どもに断りなく自由に出入りしていただいて構いません」
「すみません、宜しくお願いします」
部屋に入ると、深センに行く前に見た資料がきちんと並べてあった。(カジノタワー問題点整理)、(カジノタワー問題点、広報&実証)、この二部は短時間だが以前に説明を聞いたものだ。
他に二冊、初めて見るファイルがある。(ロボットデモXX)、(ロボットデモ3X)、(ロボットデモ4)、(カジノタワー除去)
おそらくこの(除去)が実力行使に関する資料だな……オレがいま必要なのは(広報&実証)ズバリこれだな。サブロウはさっそく内容に目を通した。
なんとなく覚えているが、内容が詳細過ぎる。これはとても数時間で理解できる代物じゃない、この場所ではムリだ。サブロウは二部を家に持ち帰ることにした。
「今井さん、資料持ち帰らせていただきます」
「ああ、その部屋に入れるということは持ち出しも自由です。遠慮なくどうぞ」
部屋を出るとロボットが勢ぞろいしていて、動き出す前のような雰囲気だ。技術部の山崎さんがスタンバイしている。
「今から動かすんですか?」
「そうですデモ3Xです、デモ3の完成直前に、最終的に問題がないか確認するプログラムなんです。これでOKになると(X)の文字が消えて、正式のプログラムになるわけです。デモ3が何かというとロボット消防士ですね。ロボットが消防士の動きを真似て動きます。 実際に消火器を持って火を消すデモです。人命救助にも応用できます」
「私、大工のデモで感動しちゃったんですが、どんどん進化してるんでしょう」
「あれはデモ1です、デモ3になると複数のロボットが連携して動きますよ」
「じゃあ行きます」
山崎がボタンを押すと数台のロボットが一斉に動き出した。まず二台のロボットが自ら消火器を取りに行き、安全ピンを抜いて消火器を振り回した。消火器がカラになると交換に戻る。待機しているロボットは次の消火器の準備と救助に使う道具を用意している。見事な連携だ、しかも猛烈に速い。五分でデモは終了した。
「いや、すごいの一言ですね……」サブロウはあらためて感心した。
「ちょっと聞きますが、このロボットってどのくらいの重さを運べます?」
「だいたい人間の二倍、約百キロぐらいですね。人型のロボットは便利ですが、逆に構造的に重さに対して不利なんです。何トン、みたいな重さは将来も不可能です」
「プログラムは難しいんでしょ。使うのも……」
「基本プログラムはそりゃ難しいでしょう、だけど使うのはごく簡単、そこが先生と福田さんのすごいとこ。細かいところの動きはロボットが自分で考えるんです。それをどう連携させるかがミソですね」
「山崎さんもプログラムを作るんですか?」
「この分野は分業が徹底していまして、私の専門は機械的なメカニズムが動く部分の製作です。その部分部分が正しく動けばいいんです。プログラムの作業も部品みたいな小さなプログラムが集まって一つのプログラムができるんです。それが全部わかってるのが先生です」
「なるほど、すごいなあ、それでも先生にとっては副業だったんですね……」
「それじゃ、これで帰ります。デモ、面白かったです」
「また、いつでもいらしてください」工場長が笑顔で送ってくれた。
サブロウは家に着くなり、すぐ資料を広げた。二部目の(広報&実証)がいま必要な資料だ。あまりの資料の複雑さに困惑したサブロウは逆引きを思いついた。この手の書類は、最後に結論が書いてあるに決まっている。ならば結論を読んで、それに導く論理を遡って探せばいいはずだ。サブロウは結論と思われるページを開いた。
(A)所見
一、避雷針構造の所見・・・当社原図の通りと確認、故に可
二、上部パイプ構造の組み上げについての所見・・・写真による比較で当社の原図と完全
に一致。故に問題なし。但し、使用部材についてメーカー名が不明なため、強度未確 認。
三、下部特殊環状脚部についての所見・・・抗張力鋼材使用のサブマージ溶接による環状 部材と推定されるが、材料鋼板の板厚過剰につき、熱処理等の不完全が予想される。 故に不可。
四、上部パイプ構造と下部環状脚部の適合性についての所見・・・硬軟構造の接続による 靭性不統一により、対風力の計算が未完成であること、故に対風力未決で不可
五、耐震構造の所見・・・二、三、及び四、により不可
(B)検証
一、済み
二、材料供給ルート不明の故、検証不可
三、既に取り付け済みであることにより、X線、あるいは超音波探傷器による非破壊検査 が妥当、しかし先方が拒否すれば、強制は不可、依って検証不可
四、計算には先方の全図面提出が不可欠、依って検証不可
五、検証不可
サブロウはこの資料を見て愕然とした。このページが間違いなく結論であろう。このページで示された事は避雷針の件を除き、危険性を指摘したとしても、先方が好意で全面的に協力してくれなければ検証は不可能ということだ。もし山神先生が自ら声を大にして警告すればそれも可能だったかもしれない。しかしそれは誘拐によって封じられた。こうなると実力行使以外に打つ手はないということだ。
サブロウは自分にそれが出来るのかと自問すると同時に、胸を突く不安に苛まれた。ハリーが、……
この章からちょっと難しくなります。分かりにくいところは飛ばして読んでください。