11:事故???
成田に着いた。サブロウはさっそく山神に電話を入れた。しかし電話に出ない。メールにも返信が入っていない。おかしいな……結果を心待ちにしているはずだ。サブロウは福田にも電話を入れた。なぜか福田も出ない。そうしていると福田の娘、美樹が血相を変えて走ってきた。
「携帯がないから固定電話で家に電話したの、そしたらお母さんが……」美樹が泣き出した。「お父さんが事故で亡くなったって……」それ以上は言葉にならなかった。
美樹の電話を待って自宅に電話をした山神の孫、亜希がこちらを見て呆然と立っている。
これは……サブロウはその一瞬で察しがついた。
山神研究所だ、サブロウは研究所に電話を入れた。
「田中サブロウといいますが、先生に何かありましたか?」サブロウはダイレクトに聞いた。
「ああ、お世話になっております。山神は事故で亡くなりました」
「すみません、どこで、どんな事故ですか?」
「私も詳しくは分からないんですが、昨日福田さんと御殿場の工場へ行った帰りに東名高速の大井松田付近でガードレールを超えて深い谷に落ちまして、ほぼ即死だったようです」
「あの、相手は誰ですか、事故なら相手がいますよね!」
サブロウが大声になって尋ねた。
「それが相手がいないか、いても逃走したようなんです。警察が調べていますけど、目撃者がいないらしいです」
……自爆事故のはずがない。福田さんはいつも安全運転だ。やられた……ヒットマンだ。人質解放の情報が届いて、暗殺が即座に実行されたと見るしかない……恐ろしい。サブロウは電話を切った。
サブロウは何も考えられなくなった。家に着くまでの間、全く何も考えていない。ただ茫然として抜け殻のように動いた。
家の入口で、また陽子に出会った。
「ようっ、お帰り! いい娘いた?」
陽子が威勢よく声をかけた。
サブロウは目も合わせず全く無言で家に入っていった。
こいつ、絶対おかしいぞ……陽子はサブロウの異変に気付いた。こんなサブロウを今まで一度も見たことがない。中国でなんかあったな……しかも相当深刻だ……これは放っておけないぞ。陽子は探りを入れることにした。
玄関から声をかけた「サブロウ、入るぞ」……返事がない。もう一度叫んだ「入っていい?」ちょっと間をおいて返事がきた。「どうぞ……」
陽子は、おそるおそるサブロウの部屋を覗いた。サブロウは椅子に掛けて天井を見ていた。
「どうしたのよ、あんた変だよ?」
陽子がダイレクトに言うと、
「うーんそうかな? ……」何か、はっきりしない返答だ。陽子はちょっとおふざけに振ってみた。「メチャいい娘に振られたんじゃないの、もうちょっとだったとか?」
「うるせー、そんなんじゃねーよ」サブロウが怒った。
「じゃあ何なのよ、私に言えないレベルの事?」
「そおっ……言わない!」
「分かったよ……私帰る。勝手に悩んでなよ。せっかく心配してやってるのに」
陽子はムカついて足音をドンドンと立てて帰った。
「陽子には言わない……」サブロウは小さくつぶやいた。
サブロウ天井を見ながら考えた……「これでこの大問題を知っているのは自分だけだ。先生の危惧していた通りになってしまった。で、オレはどうすればいいんだ……オレにできることは何だ……公表する? ……できるけど誰が信じる……全然無理だ、何の説得力もない。ああっ……やっぱりオレは無力だ。大惨事が起きる確かな情報があるのに。」
がっくりうなだれたサブロウが、ふっと頭を上げた。人質救出を申し出たとき、万が一の可能性も追ってみるとオレは言った。気負って言ってしまった事だが、いま思うと確かに万が一の事だった。でもそれは運よく、本当に運よく成功した。たまたま誘拐の現場が深センで、そこに知り合いの岸田がいた――たまたま岸田が写真の場所を知っていた。こんな幸運の連続って本当にあるんだな。だとしたら、また万が一を追うしかない。運が尽きてないことを祈るしかないな……サブロウはさらに一つの可能性を追うことにした。
山神の葬儀は壮大に行われた。サブロウは陽子と一緒に参列した。大学教授や企業の社長クラスが続々と列を作った。人質さえ取られなければ、先生が声を上げれば、この問題は解決できたはずだ。しかし娘さんの誘拐、軟禁は事件にさえなっていない。全てヤツらの思う壺だ。……この参列者の中にヤツらが平然と加わっている。そう思うとサブロウはいたたまれなかった。
サブロウには芸名ハリー勉という友人がいた。本名は隼士勉、中学の同級生だ。彼は歌手として一定の地位を築いている。サブロウは悩んだ末、彼に問題の一部を明らかにすることにした。
サブロウはハリーのコンサートの翌々日、彼を訪ねた。この日なら疲れが抜けているはずだ。それでもハリーは昼まで寝ていた。
「こんにちわ、ハリーいるか?」
サブロウの声でハリーが眠そうに出てきた。「おうっ、サブロウ、入りなよ」
「さっき起きたばかりだよ、何か食う?」
「おうっ、お土産にシウマイな、持ってきたから一緒に食おう」
「なに、気が利くじゃん、お前らしくない」
二人で三人分のシウマイを一気に食べた。
「よーし満腹、話って何?」
ハリーがタバコを吸いながら椅子にふんぞり返った。
「あのさ、おまえと真面目な話ってしたことないけど、かなり深刻な話なんだ」
「なんだよ……お前だから金でも女でもないよな、何よ?」
「驚くと思うけどいいかな?」
「なんだよ、もったいぶってんじゃねーよ、驚かねーよ」
ハリーが少しイラついて叫んだ。
「人が死ぬ話……」
ハリーがガバッと起き上がった。
「えっ、おまえ、ほんとにそんな話持ってきたのか?」
「ほんと……」
「おいっ、お前じゃなかったらケリ倒すところだぞ、」
ハリーがサブロウのエリをつかんで睨んだ。
「やっとマジになったな。説明する」
サブロウが話し始めた。
「カジノタワー……あれが倒壊する」
「倒壊? ……あれがか?」
「えーっ、変なヤツっていっぱい知ってるけど、お前がそんなこと言うって、どう考えたらいいんだ?」
「だから、それが事実だっていうことを説明に来たんだよ」
ハリーが黙り込んだ…………三分間無言だった。
「説明してよ……」
やっとハリーが口をひらいた。
「オレの仕事で知り合った山神博士、その人が予言したんだ。構造学の権威だよ。ビルでも橋でも設計しちゃう。特に特殊なものが専門だ。その人が先日殺されたんだ」
「山神? たしかに最近テレビでやってたな。でもあれ、事故だろ?」
「ちがう、暗殺だよ」
「暗殺って、お前がどうしてそれを知ってんだ。根拠はあるのかよ?」
「もっと話すと分かってくるよ、続けるよ」
「オレは陽子とロボットのデモを見に行って知り合ったんだ。先生は知り合いというよりお客さんの一人だったんだ」
「それで話が合ってロボットの研究所へ二人一緒に誘われたんだ。先生が目をつけたのは陽子だけどな……オレはおまけ」
「陽子はタワーの構造がおかしいのを一目で見抜いたんだ。先生は感動してオレと陽子にセットで説明したかったらしいが、ちょうど陽子は仕事で行けなかった」
「その時の先生の説明によると、あのタワーの脚部に欠陥があって、風速四十メートル以上の風が当たると必ず町側に倒れると言うんだ」
「タワーが倒れたらどうなるか、同時多発テロ以上の惨事になる。先生はそれを止めようと危険を公表することにしたんだ」
「ところがそれを公表されると困るタワーの関係者、主に中国資本だな、それが先生の口封じに孫娘たちを誘拐したんだ、オレは娘さんを救出に深センに行ってきた。救出して日本に帰ってきたら先生が事故で亡くなったという、これが事故の訳ないだろ」
ハリーはサブロウの話を黙ってずっと聞いていた。
「話は分かった、ウソではなさそうだ。それでオレにどうしろって?」
「先生は実力行使の準備をしていた。内容は分からない。オレにできることなんかほとんどないんだが、先生の希望は、もし実力行使に失敗したら、オレにこの件を世間に公表してほしいということなんだ。いま、まさにそこの段階にいる。先生が暗殺されたということは実力行使に失敗したということと同義だな」
「だからどうしろと?」ハリーが真剣になった。
「この事実をアーティストハリー風に世間に知らしめてほしい……たのむ、オレには発言力がない。オレが騒いでも、ただ笑われるだけだ」
「悪いが一つ守ってほしいことがある。陽子を巻き込まないでほしい。あいつが本当の事を知ったら命がけで動く」
「サブロウ、はっきり言って心配はある。確認したいこともある。だけど事は急を要する訳だろ、お前がそこまで言うなら協力する」
ハリーはタバコをもみ消しながらニヤッとして親指を立てた。
「ハリー、ありがとう感謝するよ……」
サブロウは深く頭を下げた。
「バーカ、みずくせーっていうんだよ。男同志だ、それ以上言うな」