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10/27

10:中国、深圳行き

サブロウは中国に渡りました。人質救出のため、命がけの行動です。中国の国内事情、政治的事情なども少し書きました。

 中国、深セン行きの飛行機はまず香港に向かう。岸田には香港に迎えにきてもらった。

香港から橋を渡ればそこは中国だ。わずかな距離であるが橋の向こうとこっちでは町の印象がはっきり違う。香港は西側の整然とした感じ。中国側に入るとちょっと雑然とした雰囲気になる。中国側で目立つのは、いわゆる乞食だ。いたるところに粗末な格好をした乞食が座っている。

 岸田が忠告した。この人たち、実は結構いい生活してるんですよ。いわば職業乞食というか、演技ですよ。恵んじゃダメです。

 前回来た時はそのことは知らなかった。サブロウは半端な小銭を少々恵んでやった覚えがある。

 サブロウが宿泊したのは中規模の近代的なホテルだった。中国でも深センは最も洗練された都市の一つだ。町の見た目はほとんど先進国と変わりない。ホテルの対応も同様だ。

 ホテルのロビーで岸田と計画の確認をした。

 岸田が地図を取り出した。

「画像の公園はここです。ここからだと車で約三十分ですね。明日の昼前から張り込みましょう。おそらく一時までには来ると思います」

「その前に目つぶしの材料を買うんでしたね、このあと雑貨、食料品の店に行きましょう。卵と唐辛子でしたっけ、OKどこでもあります」

「岸田くん日本で言う、(すりこぎ)みたいな物ある?」

「ああ、名前は分からないですが見たことあります。食料品の店で手に入ると思いますよ」

 二人は食料品店に向かった。幸いにも全てのものが一店で揃った。

 これで準備ができる。卵の殻さえ乾燥すれば、すりこぎで二時間ぐらいごろごろやってれば目つぶしは完成だ。ホテルの部屋で問題なくできる。サブロウは安心した。

「先輩、少し時間に余裕があるなら、近くを見学しませんか」

 岸田が誘ってくれた。サブロウは一緒に近所を見学した。

「岸田くん、前回もちょっと不思議だったんだが、全然バイクを見ないんだけど、どうして?」

 サブロウは市内がバイクや自転車だらけなのを予想していたのだが、全く走っていない。その代り電動のバイクが結構目につく。

「市がバイクを禁止しちゃったんです」

「えー、それは大胆だな、さすが共産主義」

「その代り電動バイクはOKとしたんです」

 バイクが少ないからか、町の印象は先進国と、さほど変わらない。漢字の看板がなければ中国と思えない。メインストリートを外れた裏道でも比較的整備されている。この深センだけを見ていると、中国は文化的で平和な国だと思えてしまう。

 二人はホテルに戻った。明日の計画の再確認をしなければならない。

「岸田くん、目的の羊台山森林公園は周囲がどんな環境?」

「そうですね、あの公園は資産家の豪邸があるエリアと工場地帯の境目にあります。私は工場地帯へ頻繁に行くので、あの近辺の地理には詳しいです」

「それは心強い。私の想像だけど、娘さんたちはその豪邸に軟禁されているんじゃないか?」

「たぶんそうでしょう。あの辺の家は庭もすごく広いし、部屋もたくさんありますから。それと、どの家も独自に警備員を雇っています。やはり治安が良くないからです」

「岸田くん、深センって地域は香港に近いから発展したのかな、それとも産業特区みたいな政治的な手法でやったのか、歴史を知ってる?」

「両方だと思います。私が聞いた話では、このあたりは三十年前は本当に何もない地域だったらしいです。共産党の一声で道路ができ、一気に工場地帯になった。その何もない土地に住んでいた人たちが国の補償金で金持ちになったというんです」

「ふーん、それは共産党らしいやり方だね。単純に金渡すから立ち退けという訳ね」

「生涯、補償金がもらえると言われて文句いう人はいませんよ」

「なるほど、都市計画にはそれが手っ取り早い……中国の急激な発展はそれだね」

「ただしそれに汚職が絡むから、金持ちはますます肥え、社会問題は封印されていますから犯罪は増えますね……中国の場合、犯罪が大型なのが特徴です」

「今回の娘さんの軟禁事件、というかこの程度だと中国では犯罪と見なされません。ただの隣人同士のトラブル、というぐらいの認識です。だから多くの場合、解決屋を雇って自分で解決するしかないんです。昔の日本だとヤクザに頼んで解決させるような感じ」

「そうか、君には負担をかけないからさ、……ただ車で動いてくれれば充分。じゃあ、明日よろしく」

 岸田には明日九時に迎えに来てもらうことになった。

 サブロウは明日の準備に取り掛かった。まずは目つぶし粉の制作だ。タマゴの殻を三個分、部屋にあるコーヒーのヒーターで乾かし、すりこぎで曳いた。それに唐辛子と小麦粉を混ぜると目つぶしパウダーの完成だ。

 次に小型のプラスチック容器を改造した発射装置だ。バネが外れると粉がポンッと発射される。これは忍者が使っていた竹製の発射装置のアイデアを再現したものだ。

「ポンッ」、もう一度「ポンッ」、完璧だ。それと天山公園付近の地図。サブロウは目つぶし発射のシミュレーションを何度も繰り返した。

 朝になった。岸田が予定通りやってきた。

「おはようございます、ちょっと早いけど公園に行っちゃいましょう」

 公園にはすぐ到着した。平日の午前なので人はほとんどいない。公園は五百メートルぐらいの円形でかなり広い。岸田の案内で写真の場所を探した。

「たぶん工場寄りの一番奥……写真で見えた建物があれですから、それがこの角度に見える位置というと……あのあたりですね」

 そこは公園の奥、ちょっと段になっていて木が生えている場所だった。公園の中心から見ると木がブラインドになっている。

「この段差の上から撮ったのに間違いない」

 サブロウは確信を持った。

「まだ時間がある……」

 サブロウは立ち位置などを何度も確認した。

 十一時半、そろそろ想定の時刻だ。サブロウは喉がカラカラになった。心臓のドキドキがやたら強い、リラックスしようと肩を動かすと、肩にすごい力が入っているのが分かる。

「ダメだ、岸田くん、ちょっと小便……」

 落ち着かないサブロウは小便を催し、ちょっと木の陰に行き用をたした。

「フーッ、落ち着いた……」人間ってうまく出来てるもんだな……サブロウは肩が軽くなった。

「先輩、来たみたいですよ!」岸田が指を差している。

 銀色のベンツがゆっくりと近づいてきた。

 ベンツは想定通り、木の向こう側に止まった。岸田の車は絶妙に向こうからは見えにくい位置に停めてあった。逆にこちらの岸田からはよく見える。

「男が降りました……女性が二人……続いて男……」

「車にだれか残ってない? いるとまずいんだが……」

 サブロウが念を押した。さらに公園を見回す……近くにはだれもいない。

「だれも残っていないです」

「よし決行!」サブロウがドアを開けた。

 サブロウは近づきながらいくつかの確認をした……娘さん……あの二人に間違いない……監視役一人はベンツに寄りかかって携帯を見ている。もう一人は携帯で写真を撮る準備をしているところ。

「シェーシェー」サブロウは大きな声で地図をヒラつかせながら、写真を撮る方の男に近づいていった。

 サブロウの発音から中国人ではないことに気づいたベンツの男も近づいてきた……もうちょっと……もうちょっと……サブロウは二人が目の前に並ぶようにジェスチャーで引っ張った。

 いまだっ、サブロウは地図を大きく広げて中心を指さした。男たちが中心を凝視した瞬間、「ポンッ」、地図の裏に隠し持っていた装置が粉を吹き上げた。

「ウワッ」目つぶしの直撃をくらった監視役は大きくのけぞった。

「ウワーッ」二人は持っていた携帯を投げ出し、目を押さえてうずくまった。

「いまだっ、二人とも車に乗って」

 サブロウは監視役二人の携帯を拾ってベンツのシート下に隠した。岸田も駆けつけ娘さんたちを誘導した。

「監視員ゴメンネ!」サブロウはひとこと発して車に乗り込んだ。

「監視役に罪はないと思うけど……ボスを恨んでくれ……これで目が見えるようになるのに約一時間、あの場所だと周りにだれもいないから助けにくる人もない。携帯も見つからないから連絡もとれないよね。だから少なくとも約三時間はこの件は伝わらない。その間に国境を越えてしまえばいいんだ。岸田くん国境の橋に急いで!」

「そうだ、忘れていた。二人ともパスポートは持ってる?」

「取り上げられたのは携帯だけです。監視付きだけど外出はできました。その時パスポートは持ってないといけないのでバッグに入ってます」

「よかった完璧だ。これで帰国できるぞ」

 車は猛スピードで国境へ向かった。

「どうでした二人とも。状況が分からなったでしょう?」

「突然男が二人やってきて、すぐ別の場所へ移るというんです。何を聞いてもノーコメントで、私たちもこれはヤバいと話し合ってましたけど。何も情報がないと動きようがないんです。こういうのを軟禁って言うんですね」

「父からメールが入ると、この通り書けって書かされるんです。だからなんとかメッセージを隠して入れたんです」

「それ、気が付きましたよ。SOSのSでしょ」

「ワーッ、良かった。気づいてくれてた」

「それで日本で何が起きてるんですか?」

 サブロウは口が止まった、事件をどこまで話してもよいものか。そんなに大事ではないと説明した岸田への手前もある。

「ちょっとビジネスのトラブルが悪化しただけです。帰ったらお父さんに聞いてください。いまは疲れてるでしょうから、あまり考えないで帰りましょう」

 岸田には国境通過、飛行機に乗るまでお世話になった。

「岸田くん、恩に着るよ……もう、感謝が大きすぎて適当な言葉が思い浮かばないよ」

「先輩、大げさですよ。先輩に営業のコツを教わったから今の自分があるんです。こちらこそありがとうございます」

「帰国したらまた声かけて、最高におごるから。それじゃあ……」

「ピピーン」メールが着信した。

「ムッ、先生からだ」

 サブロウはこれから「うれしい報告」をするところだった……これに返信だな。サブロウは、そのまま返信しようとした。ところがメールの内容がおかしい。

 本文がなく、メッセージ欄に数字の1が並んでいる。

 これ、なんだろう……間違えて押してしまったような……いいや、とりあえず(救出大成功です。詳しくは成田に着いたら)で送ろう。すぐ詳細を聞いてくるはず。

 サブロウはメールを返した。

 飛行機の発進までに先生から電話も返信もない。なにか忙しいんだな。サブロウは疲れて飛行機で熟睡した。

日本に帰ると、全てが予想外の方向に流れてゆきます。

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