↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

ズタボロの思い出だったのに……

掲載日:2024/04/28

「ねぇ、アドリエンヌ様。いつものお話をして下さらない?」

「そうよぉ。アドリエンヌ様の思い出話がないと盛り上がらないわぁ。ぷふふっ、くすくす」


 ある公爵家でのお茶会にて、令嬢達が私を横目で見る。

 話したくない。嫌。でも話さないといけない空気になっている。

 私、ジョアシャン男爵令嬢であるアドリエンヌは格上の令嬢達の踏み台だ。

 滑稽な思い出話をして楽しませるしかこの場を切り抜ける術はない。


「え、えっと……これからするのは、私がまだ五歳の頃、好きだった男の子から派手に振られた話です……。朝、早起きして摘んできた花束を渡して“好き”と告白したら、その花束を地面に捨てられて、踏まれて、“お前なんて大嫌いだ”と罵られました……。しかもその男の子は友達を呼んで、私に泥団子を浴びせたんです……。私はその体験がトラウマになって、今でも男性が苦手です……」


 そう語った途端、笑い声が弾けた。


「うふふふ! そぉんな酷い目に遭うなんて信じられないわぁ!」

「私なんて生まれてこのかた殿方には優しくされたことしかありませんのに!」

「聞いて聞いて! 私は自分から告白なんてしたことなんて無くって――」

「わたくしの話も聞いて! 殿方は皆“可愛いよ、愛しいよ”って――」


 令嬢は誰しも私のズタボロの思い出話を引き合いにして、自慢話を繰り広げる。どちらを向いても、男性とは優しいものよねぇ、男性とは自分を大切にしてくれるものよねぇ、とニヤニヤ笑っている。

 もう嫌だ。この場から立ち去りたい。

 この話をすると、男性は“そんな態度を取られる女性なの?”と低く見積もってくるし、女性は“そんな態度を取られるなんて女として出来損ない”と見下してくる。私にとっては男性も女性も怖い存在だ。今までは格下の男爵令嬢だからと思い我慢してきたけれど、もう我慢できない。しかしこのお茶会は王家の血を引く公爵様が主催したもので、無断退出しようものなら我が男爵家ごと非難されてしまう。


「そんな酷い男の子がいるかな? もしかして何か失礼なことをした?」

「まさかその男の子の敵の家の紋章に使われている花を摘んでいったとか?」


 お茶会に参加している男性陣は苦笑しつつ、私に非があるのではと探りを入れる。記憶の中では、何も失礼なことをしていないし、母に聞いてその男の子の家の紋章の花を摘んでいったのだけど、男性が苦手な私は何も答えられない。ただ口をパクパクするだけだ。

 やがて私の妙な反応を見た男性陣は顔を見合わせて、首を横に振った。


 多分、私は老嬢になるだろう。誰とも恋愛できなくて、誰とも結婚できなくて、皆の笑いものになるだけの人生なのだ。そう思ったら、涙が滲んできた。涙は予想以上に溢れて、ボロボロと溢れたとき、鏡が見えた。


「え……?」


 鏡だと思った。しかしそれは男性だった。


「えっと……あの……なぜ泣いていらっしゃるのですか……?」


 目の前の遠くの席に、美しい男性が座っていた。彼はキラキラと輝く金色の瞳から涙をボロボロ零し、泣いている。その顔が、恐ろしく整っている。美男子だ。紛うことなき美形だ。

 その見た目があまりにお人形みたいで、男性恐怖症なのに口を開いてしまったが、私の声は震えていないだろうか。


「申し訳ありません、アドリエンヌ様」


 美男子は一礼すると、涙を拭わないまま質問した。


「アドリエンヌ様の姓はジョアシャンではありませんか?」

「え、ええ……そうですが……」

「やはり、そうですか」


 それだけ聞くと、美青年は無言のまま頷いた。お茶会がシンと静まり返り、誰もが美男子の動向を見守っている。よく見ると、美男子は誰よりも仕立ての良い服を身に着けて輝いている。しかし一度も目にしたことのない面子だ。誰なのだろう。

 美男子は困惑する私を見据え、言う。


「アドリエンヌ様、あなたのお母様は我が国において公爵の地位にあります。自由を愛する性格から、我が国での地位を捨ててこの国で生きていると聞きましたが、まさか男爵の地位を得ているとは――」

「え……? 私の母があなたの国で公爵……? 確かに、嫌々男爵になっていましたが……」


 ざわっとお茶会の場が波打った。令嬢と令息の口から“ありえない”や“そんな馬鹿な”と声が上がる。

 しかし美男子は動じることなく、話を続ける。


「お母様はアドリエンヌ様が五歳の時に、我が国を出ていってしまったので、大変探しました」

「探した……? なぜ探していたのです……?」

「それはあなたの思い出話に端を発します。実は、あなたとその酷い行いをした男の子は許嫁同士だったのです。しかし貴族の暮らしを窮屈に感じたあなたのお母様が国を出ていったため、その男の子は長い間、あなたを探し続けることになったのです」

「許嫁……?」


 その時、ガタンと椅子が倒れた。

 お茶会の主催である公爵令嬢が青ざめて立っている。

 何かを言おうとしているが、切れ切れにしか聞こえない。


「あ、あなた様は……まさかこれが目的で……ああ、嘘でしょう……!?」


 公爵令嬢がそう叫ぶが、美男子は無視して私を見た。


「ひとつ、言い訳をさせて下さい」

「はい……?」

「思い出話の男の子は、極度の照れ屋だったと」

「え……?」

「あまりに可愛い許嫁に“好き”と言われて、気が動転し、真逆の行動を取る愚かな子供だったと言い訳させてほしいのです。本当は許嫁が大好きで大好きで可愛くて可愛くてしょうがなかったのに、混乱して酷いことをしてしまったのです。それだけ、どうか信じて下さい」


 そこまで言われて、私は絶句する。

 まさか。この人は、まさか。


「あ、あなたは誰なのですか……?」


 私がそう言うと、美男子は席を立ち、恭しく膝まづいた。


「俺の名はリシャール・シリル・フィリベイユ。隣国、フィリベイユ国の第一王子です。そしてあなたは我が国のジョアシャン公爵令嬢であり、俺の許婚です。どうか俺の過去の行いを許して下さいませんか……? そして俺と結婚して下さいませんか……?」


 お茶会が静まり返り、彼の正体を知っていたであろう公爵令嬢が卒倒した。私はただ震えながら、過去の最悪のカードが未来の最強のカードに変化するのを感じていた。


(終)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。