自己紹介?
おれはモブだ。
町人Aでも、クラスメイトBでも、国民Cでも、モブ太郎でも、まぁ呼び方は何でもいい。
とにかくモブだ。
モブだ何だ言っている時点で気づかれているだろうが、昨今流行りの異世界転生である。そしてこれまた昨今流行りの乙女ゲームへの異世界転生だ。
異世界転生ではいつ記憶が戻るのか、もしくは最初から持っているのか、ざっくり分類するならばこの二つのパターンだろう。
ちなみにおれは後者であり、産まれながら前世の記憶を引き継いでいた。
時々あるそれ自体も物語りの要素であるパターンも存在するが、おれにそれを証明することはできない。むしろそこまで考えてたら病みそうなので、ここは異世界転生者だと断言しておく。
前世については語る必要はないので割愛するが、乙女ゲーム転生だと気づいた理由を説明しておく必要があるだろう。
まず異世界転生について幾つものパターンがあるように、乙女ゲーム転生も幾つものパターンが存在していることは、異世界転生の物語りを好む者ならば周知の事実だろう。そのためそれについても割愛する。
乙女ゲーム転生に気づいた瞬間だが、これは理解していたという感じだ。
あれ、ここプレイしたことある乙女ゲームじゃね?的な。
意味が解らないと思われるかもしれないが、おれだって混乱した。だからこそ、物語りの要素パターンの可能性まで考えたのだから。
ひとまず、混乱はしていたが理解はしていたため、決定的な物証を探すことにした。
家族に怪しまれないように、ゲームの中で出てきたイベントの公園や図書館について情報を集め、そして確証を得る。
ここが『虹色王子』の世界であることを。
そして、前世でガチハマりした乙女ゲームへの異世界転生だと。
つまり、おれはこの乙女ゲームの内容を完全網羅していると言っても過言ではない。
さて、前置きが長くなってしまったが、この乙女ゲームは『虹色王子』というわりと安直なネーミングセンスの上、ゲーム内容もわりとポピュラーな内容だった。
タイトル通り虹色――つまり七色に喩えられた攻略対象とヒロインの恋物語である。
舞台はありふれた魔法学園であり、ヒロインは平民で貴重な魔法の使い手とこれまたデフォルト設定。
捻りも何もないこの乙女ゲームだが、キャラ原案を担当していた絵師のイラストが神がかっていたことで人気を博していた。
斯くいうおれもその絵師のファンであり、それがきっかけでこのゲームに手をつけた一人である。
まぁ、それはさておき。
デフォルト設定ということで、ヒロインと攻略対象がいるとなれば、必然的に当て馬的存在であり、悪役ともなる人物も登場してくる。
大概の作品で子息や令嬢がそれに該当するように、このゲームでも攻略対象の婚約者たちが当て馬と悪役となり、ヒロインと攻略対象が仲を深めるというわけだ。
ただ通常悪役ともなる人物は一人か二人――もちろん協力するような小物は換算しない――に対し、このゲームでは七人と、色ごとに悪役が変わるところだけは珍しいかもしれない。
ヒロインはたった一人、それだけは不文律。
【赤:暗殺者】 レドル・キラー
【青:王弟】 ブルネット・レーゲン
【緑:魔導師】 グリード・マージ
【黄:皇太子】 イェーガー・レーゲン
【橙:第二王子】 オレーグ・レーゲン
【紫:側近】 パートン・アントゥ
【藍:近衛騎士】 インダルス・プラエトニ
以上が攻略対象と色の割り振りだ。
基本的に貴族社会で平民のヒロインが頑張る世界観のため、悪役となった婚約者たちは貴族社会に則った妨害を展開していく。
ただ【赤:暗殺者】の悪役だけ取ってつけたような町娘であり、このルートは対象自体が攻略最難度なため悪役はオマケみたいな残念な扱いだったのが、わりと印象に残っている。
個人的には【赤:暗殺者】を攻略するにあたり、攻略対象自体悪役みたいな人物なのに悪役を付属させた理由が非常に気になっているのだが、とにかく攻略対象と悪役は七人なのである。
ムダに【赤:暗殺者】の話をしたが別に推しというわけではなく、こいつだけ微妙に例外なんだと知っておいてほしいだけだ。
ハッピーエンドとバッドエンドと各色で楽しめ、スチルがとても綺麗なことで有名になった乙女ゲームであり、ストーリーはそこまで重要視されていなかったのだろう。
何度も言うがおれはモブだ。
『虹色王子』の世界に転生したことに意味があるのか、ないのか、それはおれの知るところではない。
幼い頃は家族に心配かけてはならないと自制していたが、そろそろ脱却していい年頃になった。
何故なら今、おれの目の前にはこれから通う魔法学園がある。
スチル通りキラキラと輝いていることに感動していた。どうやら学園自体に張られた結界が陽に反射し、キラキラと輝いているらしい。
一つ、ゲームのスチルを確認できた。
ゲームの開始画面ではこのキラキラとした学園を背景に、攻略対象とヒロインが配置されていたのだが、現実ではそれは有り得ない。
そんなちょっとしたことにも、いちいち感動してしまう。
異世界転生したらなんて考えたことはなかった。けれど異世界転生して良かったなと思う。これから存分にこの世界を堪能することができるのだ。
時はこのゲームが物語りとして始まる一年前。
物語りはそう、まだ始まってはいなかった。