付録1 鞠 ※閲覧注意
昆虫や、ややグロテスクなものに抵抗がある方は、ブラウザバックをおすすめします。
【鞠】
ランク F
形態 体高が2M(※1M=成人男性の平均身長)
球体
行動 動かないが、脈動している。
◇◇◇
今回も、気色の悪い依頼だった。
対象は、鞠。鞠と言われる魔物。荒れ地に何個か散らばるように転がっている。
魔物と言っても攻撃してくるわけでもないし、たいした素材が取れるわけでもない。なんの為にいるのかその存在価値を疑われる魔物だが、その鞠のどこに惹かれたのか、ゴーシュは今回はこの鞠のイラストを描くのだと言った。
鞠はその名前の通り、鞠のような見た目だ。
しかし子供が遊ぶ鞠と違うのは、その大きさだ。とてつもなくデカイ。通常サイズで、半径で大人一人分はある。大型のものだとその2倍、3倍の物もあると聞いたことがある。
そして、見た目もなんとも言えない感じだ。遠目には、鞠によく似ている。パステルカラーのようなカラフルで、紐が巻かれたような模様をしているのだが、近づいてよく見てみると紐に見えるそれはこの魔物の血管のようなもので、時折脈打っているのがわかる。
パステルカラーのように見えるのも、生き物の内臓のような質感で、むき出しの脳みそに血管をグルグル巻きつけたらこんな感じなのだろういう質感だった。
近づくだけでも気持ちが悪いのに、ゴーシュはあーだこーだと注文をつけてくる。剣で切ってみろとか、蔦で巻いてみろとか。竹のようなパイプ状の植物を渡されて、刺してみてくれと言われたときには、ゴーシュに刺そうかと思ってしまった。
「気持ち悪っ」
そう言いながらも突き刺すと、中からなにかの液体が出てきた。気持ちの悪いそれを浴びないように間一髪避けながら、
しばらく鞠から液体が出続けるのを見守っていた。
横を見ると一心不乱の様子でゴーシュがその様子をイラストに収めていた。ゴーシュの様子も不気味で仕方がなかった。
「はー」
ため息をついたところで、不意にゴーシュが顔を上げる。鞠の周りの雑草を描き終えたところらしい。絵の上手さだけは素直に感心できる。
「お、とうとう我に返ったか?」
そう言った俺に、ゴーシュは何やら渡してくる。それは今しがたゴーシュが使っていた絵の具だ。一つも我に返っていない。
「なんだ?これは」
「やだな、絵の具だよ」
そういうことを聞いているのではない。なんのつもりで渡してきたのか聞いたのだが、聞きたくもない気がした。嫌な予感がする。
「これであの液体を着色してみてくれない?」
つまり、絵の具をこの鞠という魔物に注入してくれということだ。
(倫理的にどうなんだ?)
そう思ったが、ゴーシュが聞き入れるわけもなく。しかし、俺もやりたくはない。なんとか俺が補助に回ることにして、ゴーシュ自身にやらせることにした。
気持ちの悪い作業を終え、色が薄っすらと絵の具の色に染まったように見える鞠を描くゴーシュを視界の端に捉えながら、遠くを見渡す。
現実逃避をしているとも言えたが、こうして景色をぼうっと眺めるのが俺は好きだった。この世界は居心地が良い。パリッとした風を受けながら、延々と続く荒野を眺めていた。何箇所かで、冒険者が討伐しているのがかすかに見える。
更に遠くでは険しい山々も見える。いずれはそこまで行ってみたいものだ。
「あ」
そんなはるか遠くへ思いを馳せていると、ゴーシュが声を出し、現実に引き戻される。
ゴーシュを見、そしてその目線の先を見る。
鞠に裂け目ができ、そこからひっくり返り、中から何かが出てくる。
いや、出てくるのではない。それ自体が内側から裏返ったようだ。柑橘類の皮を向いたかのような、四つの皮のような部分は、ゆっくりと、しかし確実に、変化を続ける。
やがて、ソレは羽のようなものだと気がついた。
中のわけのわからない部分は、やがて頭部と胸部と胴体となり、脚もしっかりと形をあらわす。
つまり、ソレは蛾だった。でかい、蛾のような魔物。禍々しくも美しいその巨大な蛾は、俺たちが呆然と眺めている間に羽化を無事終え、完全体となって俺たちに影を落としていた。
鞠の時の大きさなど可愛く見えるほどの巨大さで。
「これ……モルフォイだ」
ゴーシュがつぶやいた。
その瞬間俺は総毛立ち、ゴーシュを引っ掴んで一目散で逃げ出した。
◇◇◇
【鞠】
ランク F
形態 体高が2M(※1M=成人男性の平均身長)
球体
行動 動かないが、脈動している。
備考 生態不明のモルフォイの繭だと最近判明した。
(発見者 ゴーシュ)
【モルフォイ】
ランク A
形態 体高10M
羽を広げた横幅20M
行動 毒の鱗粉を撒いて動物を生きたまま捕食する。
備考 通常はピンク、紫、青などの美しい色をしている。 最近、緑のまだらな個体が報告されている。