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6 最強のFランカー

イラスト集を出してそう間もないころ。


いつも通りゴーシュと今後の討伐の打ち合わせをしていた。場所はギルド併設の食堂。


満足のいく出来映えの本を作れたことに気を良くしたゴーシュは、早速続編を作りたいと言い始めた。


今般出したイラスト集はFランクの魔物のみ。つまり次作はEランクの魔物のイラスト集を作りたいということか。そう思った俺は、清々しいながらも少しもの寂しい思いを何故か抱えながら、ゴーシュに別れを告げることにした。


「次はEランクの魔物のイラスト集を作るってことか。それならここで契約は終了だな」


「え、なんで?」


わかってて言い出したのだと思ったのだが、どうやらゴーシュは知らなかったらしい。


「俺はFランクだから、Eランクは基本的には狩れない。レベルが見合わない冒険者とは契約を結べないことになっているから、これでお別れだ」


ゴーシュが知らなかったのは仕方ない。とはいえ、ちょっとヤレヤレ感を出して説明したら、反対にゴーシュがヤレヤレといったきりかえしをしてきた。


「なに言ってるんだよ、シオン。シオンがランクを上げればいいだけの話だよ」


「何言ってるって、それはゴーシュの方だ。ランクを上げるのはそんなに簡単なことじゃない。今日明日で上げられる訳じゃないんだ」


一日と間を置かずに依頼を出してきていたゴーシュだ。俺がランクを上げるまで待てるとは思えない。


「お前はそんなに待てないだろ。ほかを当たれ」


「いやだな、シオン。君ならいつまでも待つよ」


不意打ちを食らってしまう。イケメンみたいなセリフを吐かれたけれども俺にはそのはない。ときめきはないが、野良猫に意外に懐かれていたような嬉しさはあった。


「そうか。まあ待てると言うなら時間を貰えばEランクくらいにはなれるが。他にも冒険者はたくさんいるぞ。本当にいいのか?」


「僕なんかの依頼に答えてくれる酔狂な冒険者は君くらいのものだよ」


上げて落とすとはまさにこのことで、まさか酔狂だと思われているとは思わなかった。しかも、ゴーシュに。


若干ムスッとしてしまっていることを自覚しながらも話を続ける。


「酔狂か」


「酔狂だよ。だいたいの冒険者は僕の話なんか聞かずにすぐ魔物を殺しちゃうし、契約切ってくるし。僕の方もそんなに粗暴なやつなんか願い下げだからよく切ってたし」


俺の不機嫌を気にもとめず、ゴーシュは続ける。


「シオンは合同討伐に参加すればいいんだ。そうすれば加点がたくさんされて、一気にランクが上がるよ」


「あ〜、そんな仕組みもあったような。しかし、よく知ってるな、ゴーシュ」


「うん。シオンはあまり興味なさそうだから、調べておいたんだ。僕がしっかりしなきゃね」


ゴーシュの俺の扱い方に改めて腑に落ちないところがあるが、気遣いには素直に感謝して早速合同討伐を受けることにした。






「おい、お前あのシオンか」


合同討伐に参加し、冒険者たちの集合場所に集まるなりそう声をかけられた。ベテランの雰囲気漂う、珍しく俺よりも背が高くガタイのいい男だ。しかし、あいにくこちらとしては見覚えがない。


「ああ、そうだが。お前は?」

「俺はBランカーのザバックだ」

「そうか。悪いが聞かない名だな。なんで俺のことを知ってるんだ?」

「有名だからな。永遠のFランカーだってな」


予期せぬ言葉に俺は思わず片眉を上げてしまった。


「なんだ、自分では知らないのか? 有名だぞ」

「聞いたことはあるが、そこまで知れ渡っているとは思わなかった」

「なにせ入口でよく見かけるからな」


いつも最浅部にいたので悪目立ちしていたようだ。


「それにしては武器えものはりっぱだな。佇まいも悪くない」


今回の武器えものは半月刀だ。魔物に合わせて武器を持ち変えるため意外といろいろな武器を使い慣れている。下級の魔物は武器の練習にうってつけなので、一日中相手にしているだけでも手に馴染む。そうやって俺は割合多めな武器をマスターしていた。


「どうも」


佇まいも褒められたので悪い気はしない。端的に礼を言う。話しやすそうな相手だったので、ついでに色々と聞いてみることにした。


「今日のクエストはどんな感じなんだ? 合同討伐は初参加なんだ」


「そうか、初参加か。バディは決めてないか?」


バディというのは、合同討伐におけるペア制度だ。ランクがごちゃまぜなので、上位ランクと下位ランクをペアにすることでリスクを避ける狙いがある。


「まだだ」

「組まないか?」

「助かる」


バディは重要だ。初参加でもそれくらいはわかる。生死を左右することもある。ザバックも体幹がしっかりとしていて動きに隙がない。それに俺のことを知っているが馬鹿にしている風もない。


こうして俺はザバックとバディを組むことになった。





「おい! そっちに行ったぞ」


右翼に展開した冒険者たちがそう叫ぶ。

今回の標的はファイヤードラゴンだ。普段のゴーシュとのクエストでは全くお目にかからない、上位ランクのエリアに出没する魔物。


その迫力に全身が粟立つが、不思議と恐怖は感じない。


思わず口の端で笑ったのをザバックが見ていたのか、眉をしかめる。


諸注意はザバックから聞いていたが、思っていたよりも()()()()()()()()な雰囲気だった。


上位ランカーがドラゴンのケツを追う。俺の後ろでは慌てた下位ランカーが逃げ、そいつらのバティが叱りつけている声がする。隣ではザバックが何かを言っている。


しかし、久しぶりの真っ当な相手にテンションが上がってしまって、まいったことに聞く気にならない。


ドラゴンが、俺の斜め後ろで逃げようとしている冒険者に狙いを定めているのを把握しながら、半月刀を構える。


そして、ドラゴンが真横を通り過ぎる直前、半月刀を、空高く()()()()()


「なっ…!」


横でザバックが驚いているような気もするが気にしない。


中級クラスの魔物を前に丸腰になるのはもちろん自殺行為だ。


俺は腰に差した短刀を引き抜く。目の前のドラゴンは半月刀に気をとられ上を向いている。そう、上を向いているんだ。


「喉ががら空きだぜ……!」


俺はそう吠えながら、ドラゴンの分厚い皮と皮の隙間の柔らかな喉笛をかき切った。


魔物でも動脈の位置は(こいつの場合)普通の動物とそう変わらないようで、かき切った部分から血のような液体が噴き出して、体に掛かりそうになる。


一瞬そのまま浴びてもいいかと思ったが、酸性やら毒性だと危ない。すんでのところでマントで顔を覆う。


そこで唐突に腕を掴まれて後ろに引っ張られた。


「何やってるんだ」


ザバックだ。怒っている


「悪い、ザバック。上級者ならもう少しスマートに倒せたのか」


謝ったが、許してくれなさそうだ。どうしよう。まあいいか。


「それで? ザバック。次の魔物はどこにいるんだ?」

「……これでおしまいだ」

「え? 俺失格だった? 退場か?」


怒りながらも呆れた顔で首を振るザバック。意外と器用なやつだ。


「今回の討伐依頼は、このファイヤードラゴン一体だ」

「? どういうことだ」


なぜ一体だけなのに、合同討伐なんだ。わけがわからず今度はこちらが腹が立ってきた。


周りの奴らもなんだかざわついている。


「だから、今回の討伐依頼は、()()()()ファイヤードラゴンを狩ることだったんだ」


「……意外とギルドも保守的なんだな」






結果的にやはりこの一体を倒しただけで討伐は終わりだったようで、合同メンバーたちは引き上げることになった。町に戻り、本日の討伐メンバーで打ち上げという名の反省会が行われた。なぜか、しれっとゴーシュも参加している。


「ああ、あれはドラゴンが上方にある獲物を狙う習性を応用してだな」

「何だ、ソレは」

「あれ、知られてないのか?」


俺がファイヤードラゴンを仕留めたとき、一体何をしていたのか聞かれたので簡潔に答えた。


(ああ、長期戦にするために編み出した苦肉の策がうまくいっただけで、一般的ではなかったな)俺は頭の中でそう呟きながら、何が一般的で何がそうでないのか判断できないなと思った。


「うまく行かなかったときはどうするつもりだったんだ?」

ザバックの隣の冒険者がそう尋ねてくる。


「その時はその時だ。あんなに人がいるんだしなんとかなるだろ」

あまり考えていなかったので、適当に答えておいた。


その他にも色々、俺が知っている魔物や魔獣の生態について聞かれたので、いくつか話をした。


目のつく位置が上の場合は、自分より上にいる獲物を取る傾向にある。哺乳類でも捕食者は目が前についていて、横についてるやつは草食動物に多い。そんな感じによく観察すると討伐対象の行動パターンがより根本的に理解できるようになると話したら、感心したようなあきれたような声をあげられた。


どうやらこの世界では魔物を研究する風習はあまりないようだ。討伐方法は当然研究されているが、それは対処療法的だ。生命の根本を考える東洋医学と生体反応を対処療法的に考える西洋医学との違いというか。


「魔物の観察と言うならゴーシュの右に出るものはいない。おかしいくらい魔物に執着しているからな」


俺がそう言うとゴーシュが反論してきた。


「シオンの方が頭がおかしいよ!」


手を振ってそう言ったかと思うと、ゴーシュが熱弁を始める。


「シオンはね、ずっと一定のリズムで攻撃をし続けることができるんだ。普通はできない。そりゃ短時間はできると思うよ? でも、朝から晩まで一日中、お願いしたらやってくれるんだ。それに、魔物を操っているんじゃないかというくらい魔物の動きを熟知している。僕がお願いしたとおりに、シオンは魔物を動かせるんだ。シオンの指示に従うように鎌虫が手を上げたりとかね。探究心もすごい」


突然のゴーシュの熱弁に周りの冒険者は若干引きつつも、内容には興味があるのか、離れた席の奴らまで話をやめてこちらを見ていた。


「たとえ他に僕なんかに付き合ってくれる冒険者がいるとしても、普通の冒険者なら僕もそんなに執着しなかった。シオンだから続けられたんだ。そしてシオンの、その生身で突っ込んでいく戦闘法が僕にはとても美しく見えたんだ」


「生身?」


ゴーシュが恍惚とした表情で遠くを見つめる。魔物を見つめる目と同じだ。その発言が疑問なのか、ザバックが首を傾げている。


「そう。シオンは魔法を使わないからね」


「え?」


「え?」


ゴーシュの返事にザバックが何故か驚くので、俺も思わず声を上げてしまった。


「お前魔法使ってないの?」


通常は身体強化に回復、攻撃魔法に防御魔法。当たり前のように使うのだという。ちなみに俺は使わないのではなく使えない。こっちの奴らが子供の頃から習うものを、大人になってから文字も読めないやつが使いこなせるわけがない。


「やっぱりシオンの方が頭がおかしい」


ザバックがそう言い、周りの奴らもうなずき、俺を除いて満場一致でそう判定された。






イラスト集が発行されてしばらくが過ぎた頃。内容がFランカー向けだったこともあり、初月の売上はイマイチだった。


しかし、そのFランカーからは入門書としてどの本よりも詳しく書いてあると評判になり、一定の売上は維持していた。


更にそのFランカーがランクを上げ、Eランク、Dランクとなっていくにつれ、その本を買っていなかった諸先輩方との知識の違いが徐々に明るみになっていった。


その本はやけに詳しすぎたのだ。細部にこだわったイラスト。朝昼晩を追った一日の時間に伴う生態の変化。嫌がる攻撃方法やレア種の強制発生方法。などなどがFランクフィールドで出会えるあらゆる生体を対象に描写されていた。


その特別な入門書から学んで冒険者業を始めた者とそうでない者の違いが徐々に出始めた頃、上位ランカー達にもじわじわとその本の存在が知れ渡り始め、『たまには初心に返ってやるか』などとあれやこれや言い訳をしつつベテラン冒険者達も購入していくようになった。


こうして数年かけて本が有名になると同時に、とある人物も有名になっていった。それはどの魔物のイラストにもともに描かれている、冒険者のイラスト。一括ひとくくりの赤い長髪をなびかせた、骨太な人物。


この冒険者はこの本のおかげ(せい)で業界一の有名人となった。


そしてこの冒険者はこう呼ばれることになる。


――最弱ランカーにして最強の冒険者、シオン。と。

最後まで読んで下さりありがとうございます。


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[気になる点]  マジか!?  短いだろうと読み出しましたが、本編が6話で終了ですか……。  読みやすい文章。なかなかの構想。悪くないテンポ。  充分10万〜20万文字に耐えられるだけのものなのに……
[良い点]  はじめまして。  弱い魔物も倒すより、倒さない方が大変ということが、美術家とバディを組むことによって違和感なく物語に組み込むことができていて、いい発想だと思いました。おもしろかったです…
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