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5 魔獣イラストレーター

今回の依頼も、最初は『勘弁してくれよ』と思ったのだが、蓋を開けてみればハントドッグと同様、楽しい依頼となった。


依頼の場所は魔物ボールと同じエリア。魔物ボールがいたところよりかは少し先の、渓谷の一部が隆起して赤茶けた岩山となっている場所だった。


討伐相手はフライドラゴン。夢に見たドラゴン相手だ。出発前からテンションが上がる。


このドラゴン、鱗がきれいなため鱗の採集がよく冒険者ギルドに依頼として出されている。その鱗の採集も、ドラゴンが留守のうちに済ませられるのでFランクの中でも簡易クエストに分類されている。


そう。採集ならFランクなのだ。しかし、そこはゴーシュの依頼。その内容は、『間近で捕食シーンを見たい』。


(自分が捕食されてしまえ)とは言えないので、心の中にだけ留めて、さっそくクエストを開始する。






マニョーサ渓谷の隣、マニョーソ渓谷。そこは陸地と陸地の間にそれなりの距離があり、フライドラゴンたちが何頭か飛び交っていた。


俺とゴーシュは渓谷の壁の突き出た部分をつたって、中腹あたりまで降り立つ。ゴーシュはさっさと画版を構えて座り心地の良さそうな岩の上に陣取る。そして俺は、ウォーラーという壁を這うトカゲを適当に捕まえて、渓谷に投げ込む。するとフライドラゴンが目ざとくそれを見つけて、どこからともなく滑空してトカゲを捉えに来る。


その捕食の様子をゴーシュに見せるために何度もトカゲを投げるのだが、中々まあまあ怖い怖い。いかんせん、このドラゴン目つきが鋭い。その小さな頭の前方についた銀色の両の目で、確実に獲物の姿を捉えて岸壁から滑空してくるフライドラゴン。


その銀の目がやや濁って見えるのは、複眼と言う蠅の目と同様の構造のためだ。昆虫ならそういうものかと思えるが、それが鳥に似たドラゴンについていると途端におぞましいものに思えるものだった。


さらに、近くを通ったときには、ゴーっという唸り声のような風の音がするし、間違えて自分が獲物と認識されないようにマントで身を隠しつつ岸壁沿いに控えているのはなかなか肝が冷えた。


しかも、何度もフライドラゴンに餌をやっているうちに、学習してきたのか徐々に近場を滑空してくるようになるし、数も増えてきた。


こいつらはハントドッグのように群れでは暮らさず、せいぜい(つがいで子育てするのみと言われているので、コミュニケーションを取るだとかは期待できない。その無機質な瞳に若干の恐れをいだきつつ、トカゲを投げ込み続ける。


ちなみにトカゲは岩陰に気持ち悪いくらい無数にいる。


「ゴーシュ。そろそろ危ない。遠くにいる奴らを描け」


しかし、キャッチする瞬間を間近で見て描きたいらしい。俺の要望はいつも通り無視された。







これもいつも通りに、日の出から日の入りまでずっとトカゲをフライドラゴンに与え続けていたら予期せぬことが起きた。


ドラゴンのうち一頭が俺の近くの小さな岩に降り立ち、お行儀よく待っている。そして俺が岸壁の隙に手を伸ばし、トカゲを捕まえて渓谷に放り投げるのをきちんと待ち、俺が放ったトカゲを捉えてから先程までいた小さな岩に戻り、そこでトカゲを貪り食い始める。


このドラゴンがやや大柄なためか、ほかのドラゴンたちは近寄ってこなかった。そして何回かトカゲを同じようにして与えたところ、満足したのかそいつは帰っていった。


その後もこの地を通るたびに、決して人に慣れることはないというドラゴンが、俺に近寄ってくるようになった。気分は近所のカラスを手懐けたときのようだ。なんだか嬉しい。


後々わかったのだが、ここにはフライドラゴンともウォーラーとも違う、獣タイプの魔物がいる。そいつが俺と同じような行動をするのを目撃した。


フライドラゴンは自分では取りにくい岩の隙間からその獣魔物にトカゲをとりだしてもらう。獣魔物は固くて自分では食べるのが困難なウォーラーをフライドラゴンに噛み砕いてもらい、残飯を食べる。つまり、群れでは暮らさないが、共生関係を築く性質があるのだ。


俺とその獣の魔物が同一視されているのは若干複雑な思いだが、貴重な体験ができた。これもゴーシュの無茶振りのおかげだ。たまには感謝しよう。







今回は単に餌やりをしただけで、何の獲得物もなかったので、正直にギルドにそう報告する。受付嬢ももう慣れたもので、笑って処理をしてくれる。


このギルドの支部と言うのは、どこにでもあるわけではない。この世界では魔物が原因不明で発生する地域が存在するそうだ。その魔物の発生した地域をぐるりと囲むように冒険者ギルドの各支部が作られている。


この地域以外は至って平穏な暮らしを送っているそうで、ここは普通の人間なら足を踏み入れようとはしない地域なのだそうだ。異世界こちらに来てしばらく知らなかった。


俺のように冒険者業に安定を見出しているものはまず、いないらしい。


この世界では、一攫千金を夢見て冒険者業にとびこむ。安定したいなら地元で他の職を選ぶ。


俺はこの世界に地元がない。身元不明な者でも雇ってもらう必要があった。そして冒険者という職業に漠然とした憧れがあった。だから冒険者でありながら安定を求めるというレアな存在になったのだ。


「シオンさんが来てくれると塩漬けになっている依頼が消化されてとても助かります!」


相変わらずかわいい受付嬢が以前そう言っていた。


嬢の言うとおり、俺は割と長期放置依頼をこなすのが好きだ。今では、ゴーシュが創作活動に熱中して依頼をしてこなくなる期間の、ほんの僅かな時間でしかできないが。


なんとなく、ボードの端に残った依頼だとか、掃き残したゴミだとか、そういった物をきれいにしたい習性がある。そう言ったら、受付嬢は『真面目な性格なんですね』と笑っていた。






ゴーシュの依頼で、めずらしく狩場ではなく町中での護衛依頼がきた。


俺は基本狩場にいるので、町はギルドとアパートと武器屋以外あまり行ったことがない。町中の護衛は厳密には業務範囲外なのだが、好奇心が先に立ち、依頼を受けることにした。


来たこともないような道。入ろうとも思わない店。大通りから小路をぬい、ゴーシュはどんどん薄暗い怪しげな場所に入っていく。俺はそれを必死で追いかける。俺の方が足が速いはずなのに、この小路に入った途端ゴーシュの足がやたらと速くなった。護衛が必要なほどの危険区域ではあるが、理由はおそらくそれではない。おそらく目的の店に早く行きたいのだろう。


そして何店か小路の脇に店がある場所に出た。小さな看板や、僅かな雑貨が並べられていることでようやく店かとわかる程度の小さな店だった。


そこではゴーシュが気味の悪い絵の具を買っている。気味が悪くても、買っていると言うことは売っている奴がいるのであり、売っている奴がいるということはゴーシュ以外にも買っているやつがいるということだ。


俺の知らない世界がそこにはあった。


気付くとゴーシュは美術家仲間と話をしていた。俺も隣にいるのでなんとなしにその話を聞いていた。ゴーシュの本業は魔物のイラストレーターではなく、魔獣のイラストレーターらしい。魔獣専門の美術家と言ってもジャンルが多岐にわたっていて、話し相手の美術家とあーでもないこーでもないと持論を語り合っていた。


俺は興味がないからあまり区別していないが、魔物の中で下位ランクのものは昆虫タイプが多く、次は両生類、そして獣タイプ…と、本来の動物たちの生態系と似た強さの分布となっているらしい。唯一の例外は爬虫類で、ドラゴンが最強なのだそうだ。


哺乳類より爬虫類が上。そこは現代の生物分布から考えると違和感がある。しかし白亜紀あたりのことを考えると爬虫類が最強だった時代もあるわけで、ドラゴンが最強なのも妥当かと思えた。


そして獣タイプ未満のものを魔物、以上のものを魔獣と称しているそうだ。今は勉強のために下位ランクの昆虫を描いているが、将来的に魔獣を描きたいらしい。ゴーシュはそんな未来像を熱く語っていた。


元の世界にもいたが、美術家というやつはどこか頭のネジが外れているように思える。そしてその存在は不安定で頼りなげに見えるが、こちらが思っているよりも芯がしっかりとしている。普段はどこにでもいるような見た目をしているのに、話し始めると思いがけない熱量を持ち、俺の知りえない独自の世界観を生きているのを教えてくれる。


だから俺は、美術家やら芸術家やらという人種が割と好きなのだ。






「そういえばシオンは他の冒険者に悪口を言われてもあまり気にしてないよね」

「悪口?」

「気づいてすらいない」


絵の具の買い出しからの帰り道。ゴーシュはやれやれといった感じで頭をふった。


「永遠のFランカーとか。最弱のランカーとか」


そんなことかと思い至る。


「ああ。言われたな」

「気にならないの?」

「いや? べつに?」


特に気にせず俺がそういうものだから、ゴーシュは納得できないような顔をした。


「僕もさ、結構いろいろと言われてきたんだ」

「だろうな」

「ひどいな〜」


一旦足を止めてゴーシュを見下ろす。


「相手の言っていることが真実ならああなるほどと思うし、間違っているならふ〜んとしかおもわない」


永遠のFランカーというのも、なろほど確かにずっとFランクだと思うし、面白い表現だと思う。べつに永遠にこのランクにいるつもりもないので、それを言った相手の予想はおそらく外れるだろう。その程度の感想だ。


「お前は何を言われるんだ?」

「僕のやっていることは時間の無駄だって言われる」

「そんな評価気にしなければいい」


俺も幼い頃は図体がでかく目立ってたので、色々とからかわれたこともあるし、気にしていた時期もあった。しかし、彼らの言葉は実害がない。気にするのも馬鹿らしくなり、特に気にしないことに決めたら、楽になったものだ。


「でも…」


ゴーシュもまだ思い悩んでる時期にあるらしい。こんなメチャクチャなやつでも、以外に可愛いところがあるのかと、なんだかおかしかった。だからか、気まぐれに助言してみることにした。


「その相手の評価を、お前が評価しなければいいだけだ」


何も相手の言葉をすべて正当なものだと思う必要はないんだ。俺はそう考えている。


「じゃあ、好きな言葉だけを評価すればいいんだね」


俺は首を振る。


「自分の成長につながる言葉を評価すればいい」


甘言でも、苦言でも、自分の糧になればいい。いい人も悪い人も俺の成長の糧だ。そう考えて生きてきた。


「そっか……なんだか自信が持てた、と言うわけではないけど、そんな考え方もいいかもね」


ゴーシュはすこし晴れやかな顔になり、今までうつむき加減だったがこちらを見上げてきた。


「ありがとうシオン。でも君って結構説教臭いんだね!」


そう言われて思わずむせた。






そして、イラスト集がとうとう発行された。はじめこそ、その緻密さと大胆さを兼ね備えた独特の絵柄の表紙で話題を呼んだが、いかんせん内容がFランカー向け。


初月の売上はイマイチだった。

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