4 決して最弱ではないFランカー
ゴーシュの依頼をこなしていると、不思議なことがよく起こる。
今回は獣型の魔物との戦闘を依頼された。
そいつは、本来は群れで暮らしているハントドッグという、まさに犬に似た魔物なのだが、その時はたまたまはぐれていたのか一頭のみがFランクエリアでウロウロしていた。ちなみにハントドッグはDランクの魔物だ。
ゴーシュが目を輝かせて、『描きたい!』と言うので、それに付き合って、本日の依頼外なのだが応じることにした。
◇
Dランクの魔物を相手にするのは骨が折れた。いつもは、ゴーシュの無茶振りに対応しながらも余裕を持って魔物の相手ができていたのだが、今回はその余裕がなかった。
ぎりぎりのところで攻撃を交わし、しかしぎりぎりのところで攻撃をして、ゴーシュがお絵かきをする間をもたせる。とどめを刺してはいけないどころか、体表に血がつくのもゴーシュのお気に召さないようで、打ち身だけで相手の動きを封じなければならない。
しばらくそのように寸止めのような攻防(魔物の方は本気だが)を続けていると、魔物との不思議な共闘意識が芽生えてくるような錯覚に陥る。
魔物の方も、こちらが決して決定打を打ってくることはないと徐々に気が付き始めたのか、それとも疲れからか、手加減をしているような雰囲気を出し始める。
相手が群れで暮らす生き物だからなのだろうか? なんだか目を合わせているとコミュニケーションが取れるような気がしてきた。つぶらな瞳もかわいい。
段々お互いに小休止を挟むようになる。目は切らずに、しかし武器を下ろして少し呼吸を整える。そしてまた戦闘開始だ。面白いことにこの小休止も、目を合わせて気持ちを汲み取り、お互いの同意のもと休憩をとっているような気さえする。
このハントドッグと出会ったのは朝一番だった。そして気がついたらいつの間にか陽が地平線に沈み込む夕方になっていた。
流石に長丁場だったのでとうとう俺も戦うのに飽き、当然十分に間合いを取り警戒を取りつつだが、本格的に腰を下ろして休憩を取ることにした。すると驚いたことに、ハントドッグも逃げればいいものを少し距離をおいた場所に伏せて休憩を取り始めた。
この魔物(ゴーシュ曰く魔獣)と一日戦っていてわかったが、こいつは決して知能指数は低くない。だから俺に襲いかかっても勝てるわけがないこともしっかり認識しているようだ。だからこそこの隙に逃げればいいものを、ちゃんとお行儀よく伏せをして待っていた。
ひと呼吸おいて俺が立ち上がると、待ってましたとばかりにこいつも立ち上がる。心なしか何本かあるしっぽもパタパタと振っているように見える。
「さあ、遊びを再開しようか」
そう言って、避けるのに失敗すると致命傷になりかねないハントドッグの攻撃をぎりぎりで躱しつつ、陽が完全に沈むまで命がけの遊びに興じていた。
ちなみに夜肌寒くなってきてから自然解散の流れとなり俺は町に、ハントドッグは塒に帰って行ったが、このあともこの近くを通るたびにしっぽを振ったハントドッグがしばしば襲ってくるようになったのだった。
◇
ハントドッグとの戦闘を終えた帰り道のこと。ふと気がつくと、同じくFランカーらしい新人の冒険者たち何人かが、近くで討伐を行っていた。
討伐相手は蟻のような魔物。いつもは数匹で群れているこいつらは、初心者でもすぐ倒せるような相手だ。しかし、その三人組はより数の多い数十匹の蟻の魔物に取り囲まれていた。
これもまた初心者が陥りやすい状況だ。数匹の規模であれば蹴散らせば済むのだが、十匹をこえると途端に難易度が上がる。数が多くなると自然と群れの中の一匹の性質が変わり、リーダーに変化する。そのリーダーを見抜けるかが、この魔物の攻略ポイントだ。
前にいた世界でも、魚なんかが状況に応じてメスになったりオスになったりすることがあると聞いたことがある。こちらの世界でも似たことがあるのかと、自然の神秘に驚いた。
ちなみに俺は俺で帰り道で再び鎌虫と邂逅したので、ハントドッグとの戦いの後ではあるが、余力を使って適当に相手をしているところだった。しばらく横目にその初心者たちの様子を見ていたが、悪循環に陥っているようで、なかなか決着をつけられないでいるようだ。
手ほどきをする仲間もいないようだ。少し可哀想になってきたので、手助けをすることにした。やりすぎない程度に、蟻のリーダーのみさっさと討伐してやる。
手元の槍を槍投げのようにして投げてみたのだが、うまいことあたったようだ。気分がいい。
元々いた世界でも体を動かすことが好きだったので、格闘やら槍投げやら面白そうなスポーツに色々と取り組んでいた。その成果がこんな形で生かされるとは思ってもいなかった。
念の為槍の行き着いた先を確認してみる。
様子はよく見えるが声が届かない程度の距離なので、とりあえず手を上げて挨拶をする。相手も手を上げて挨拶をしてくれたので、とりあえず余計な手出しをして怒ってしまったというようなことはなさそうだった。
助ける、助けない。ここらへんのさじ加減はなかなか難しい。今回はこれで良かったようでほっとした。
幸い俺はこのランクの魔物とずっと戦っていたおかげで、ここらへんに出る魔物の性質を熟知している。これから先Fランクにずっといることになっても、今回のように、新人にやりすぎにならない程度に手助けをしていく。そういう風に過ごせば、俺のこんな生活も悪くない、そう思えそうな気がした。
◇◇◇
シオンに助けられたFランカー三人組は、最近冒険者に登録した駆け出しの若者だった。若いので体力はあるものの、経験が浅いので行き当たりばったりの戦闘スタイルだ。
今回も楽そうに見えたクエストだった。しかし目的の魔物を問題なく倒したあと、アンティモという蟻の魔物に襲われた。存在は知っていたものの下調べ不足だったのか、思うように行かず三人はあっという間に取り囲まれてしまった。
最初は流石に初級ランクの魔物相手なので、三人もいればどうにかなると余裕があった。しかし、状況は徐々に思わしくない方向に向かっているぞ、と三人とも薄々気が付き始めた。
命の危険を感じ始めたとき、不意に指笛の音が聞こえた。音のした方へ振り向いた瞬間、風斬り音と共に槍が目の前を通り過ぎる。そしてアンティモのうち一体をその槍が貫く。
「「「……」」」
その場の三人とも無言になった。
アンティモのリーダーと思われる一体は完全に動きを止め、そして彼らの生態に従って群れのトップを無くしたアンティモたちは蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げていった。
一瞬にして状況を解決してしまった突然の出来事に、三人は驚愕して声も出なかったのだ。
やがて一人が再起動したかのように話し出す。
「あの人、シオンだよね」
その声に応じてあとの二人も話し始める。
「ああ。最弱のFランカー」
「ここらでよく見かける」
シオンの噂は聞いていた。最浅部にいることが多いので、見かけることもあった。いつも雑魚魔物と朝から晩まで戦っているイメージだ。
「お前あんなところから槍、投げられるか? 投げて刺さるか?」
「しかも、蟻の急所はそんなに広くない」
「槍は弓矢じゃない。投げるものじゃない」
そう言いながら、アリを貫いた槍を見る。丈夫で重そうだ。霞むほどの距離から投げるものではない。シオンは目がいいのでよく見えていたが、若手三人からは朧気に手を振ってる人がいるようにしか見えなかった。
とりあえず、助かったので手を振り返す。
「あの距離からなんでこいつがリーダーってわかったんだよ……」
「先輩に聞いた話では裏返さないとわからないって」
「裏なんか見えねーじゃねえか、あそこから」
三人が驚嘆と尊敬と少々の悔しさ混じりでそうぼやく。ちなみにアンティモと戦いなれているシオンは、動きの些細な違いを見抜ける。さながら動物園の飼育係が群れの個体の個性を把握しているかのように。
「あの人、最弱のFランカーじゃないよね」
「こんなところに居ちゃいけない人だ」
「ああ。決して弱くはないFランカーだな」